1. 事件の発端
当社は、ソフトウェアの開発・保守を営む会社で、私は、当社の総務人事を担当しています。
当社の従業員であるXさんは、プログラマーとして半年程前に当社に入社したのですが、入社して3カ月経過した頃から、業務中に奇声を発したり、おかしな行動をとったりし始め、ついには、会社を無断欠勤し、連絡がつかないまま1ヵ月以上欠勤していたことから、当社として、やむを得ず、Xさんに無断欠勤を理由とした懲戒解雇通知を送付しました。
ところが、懲戒解雇通知を送付した約1週間後、労働組合と称するABCユニオンというところから当社宛に書面がファックスされてきました。
そこには、
①Xさんがうつ病になってしまい、その原因は職場でのパワハラであること
②パワハラが原因でXさんは当社に連絡すらできなかったのであるから、Xさんの欠勤は無断欠勤ではなく、懲戒解雇理由は無い
③当社に対して懲戒解雇撤回及び復職並びに慰謝料300万円の支払いを請求する
④この件について、当社とABCユニオンとで、ABCユニオンの組合事務所での団体交渉を求める
などの要求事項が記載されていました。
2. 相談
当社では、このようなファックスを受け取るのは初めてだったことから、社内騒然となりました。ABCユニオンという名前もはじめて聞くので、そんな得体の知れない団体との交渉に応じると付け込まれて要求がエスカレートするから断固として拒絶すべきではないかという意見もありました。
しかしながら、念のためインターネットで検索してみると、ABCユニオンは、いわゆる合同労組の1つで、誰でも入れる企業外の労働組合らしいことが判明しました。また、企業外の労働組合からの団体交渉に正当な理由がなく応じない場合でも、不当労働行為として労働組合法違反と判断される可能性があるというような説明も見つけました。
そこで、当社だけで判断するのは危険だと考え、この説明をホームページに掲載していたベリーベスト法律事務所に電話をし、事情を説明して、相談に行くこととなりました。
電話で対応した担当弁護士から、ABCユニオンから送られてきた書類、本件に関係する書類、Xさんが会社に来なくなるまでの経緯を箇条書きにしたメモを持ってきてほしいとの話がありました。
3. 打合せ
事務所に行き、関係資料を見せた上で、担当弁護士に相談したところ、担当弁護士からは、本件については、ABCユニオンが求める団体交渉に応ずる必要があると考えられること、但し、ABCユニオンの要求事項を全て受け入れなければならないわけではなく、当社が把握している事実関係や考え方を整理した上で、ABCユニオンと交渉していけば良いのではないかとのアドバイスを頂きました。
当社で事実関係を確認した結果、職場内でのパワハラなどは無く、Xさんは当社に入社する以前からうつ病にり患しており、うつ病の原因は当社の業務とは関係のないXさんご自身のご病気や私生活上の悩みが原因である可能性が高いことが判明しましたので慰謝料請求は拒否することとしました。
また、会社に欠勤の連絡すらできないほどのうつ病であれば、当社での業務に耐えられない健康状態であると考えざるを得ないですから、懲戒解雇を撤回し普通解雇とすることは検討の余地はあるが、復職は拒否することとしました。
そして、当社は、担当弁護士のアドバイスの元、ユニオンへの回答の仕方について検討するとともに、団体交渉の日時や場所・出席者の決め方などについてもどのように対応して行ったら良いか、また、団体交渉の当日に、どのような対応をしたら良いかなどのアドバイスも頂きました。
団体交渉には、Xさんの直接の上司と総務人事の私が出席することとし、団体交渉の場所は、会社外の貸会議室で使用時間を決めて行うこととなりました。
4. 第1回団体交渉
当社は、第1回目の団体交渉で、当社で事実確認をしたところ、職場内でのパワハラなどは無く、Xさんは当社に入社する以前からうつ病にり患しており、うつ病の原因は当社の業務とは関係のないXさんご自身のご病気や私生活上の悩みが原因である可能性が高いと考えられること、Xさんが欠勤の連絡ができなかった理由がうつ病であるとしても、そのような状況ならば、当社での業務に耐えられない健康状態と考えざるを得ないから、懲戒解雇を撤回し普通解雇とすることは検討の余地はあるが、復職を認めることはできないし、慰謝料の支払いに応じることもできないと回答しました。
そして、ABCユニオンが要求を続けるならば、パワハラがあったことを示す客観的な資料の提出や、パワハラが原因でうつ病になったことや会社での業務には耐えられる健康状態であることを示す医師の診断書などを提出して欲しいと求めました。
しかし、ABCユニオンの執行委員長と名乗る者は、従前の要求を繰り返し訴え続けるばかりで、当社がABCユニオンの要求に応じる様子がないことが分かると、「誠実に交渉をしていない」、「労災で病気になった者の解雇が禁止されていることを知らないのか」、「弱い者いじめをした挙げ具に使い捨てか」、「出るところ出たらこんな金額の賠償金じゃすまされない」などと大声を出して怒鳴りはじめました。
それでも、担当弁護士にアドバイス頂いた通り、相手の態度に屈することなく、当社の主張を覆すことはしませんでした。あらかじめ、担当弁護士から交渉担当者がこのような態度に出てくる可能性もあることを教えてもらっていたので、毅然と対応することができました。
この日は、そのようなやり取りが続いたまま、会議室の使用時間が経過したため、結局双方平行線のまま、交渉は終了しました。
5. 第2回団体交渉
その後、ABCユニオンから、再度、団体交渉の申入れがあり、団体交渉を行いました。第1回目の団体交渉でユニオンの執行委員長がかなり激しい言葉で怒鳴り続け、お互いの主張も平行線のまま決裂してしまったような状況でもありましたので、第2回目の団体交渉の際には、担当弁護士にも同席して頂くことにしました。
ABCユニオンは、当社が第1回目の団体交渉で提出を求めた資料等を出さないまま、従前通りの要求に固執していました。
担当弁護士からも、第1回目の団体交渉で当社が求めた資料等が出されない状況であれば、当社としては、Xさんの無断欠勤がうつ病によるものかも確認できないから現在の状況では懲戒解雇の撤回も困難であること、Xさんがうつ病であったとしても、当社でのパワハラの事実は無くXさんは当社に入社する以前からうつ病にり患しており、うつ病の原因は当社の業務とは関係のないXさんご自身のご病気や私生活上の悩みが原因である可能性が高いと考えられるから、慰謝料の支払いに応じることはできないこと、欠勤の連絡すらできないほどの状況ならば、当社での業務に耐えられない健康状態と考えざるを得ないから、復職を認めることもできないと説明して頂きました。
また、XさんやABCユニオンが裁判所や労働委員会など公的機関への法的措置を取るならば、当社として、主張するべきことは主張していき、公的機関の公正な判断を仰ぐ所存である旨も説明して頂きました。
ABCユニオンの執行委員長は、担当弁護士の説明に対しても、相変わらず、パワハラだ、不当解雇だと言い、ABCユニオンと懇意にしている弁護士に相談し、法的措置を検討すると言い、この日の団体交渉は終了しましたが、印象としては、第1回目の団体交渉で私たちが説明したときよりも、やや勢いが弱くなったように見えました。
6. 第3回団体交渉(解決)
ABCユニオンから、再度の団体交渉の申入れがあり、担当弁護士とともに交渉に応じました。
ABCユニオンの執行委員長の話によれば、ABCユニオンとしても、Xさんの今後のために、本件について早期解決したいと考えているので、これまでの要求事項を再検討し、Xさんの再就職のため、Xさんの懲戒解雇を撤回し、本件解決時に自己都合退職するという扱いにしてもらうことはできないかとのことでした。
そこで、担当弁護士とも相談し、Xさんの無断欠勤前の挙動がおかしかった時期に、もう少し踏み込んで事実確認することで、Xさんの病状に気付く余地もあったかもしれないことから、その確認ができないまま懲戒解雇としてしまったことはやや乱暴な対応だったと解される可能性も考慮し、早期解決のため、ABCユニオン側の要求を受け入れることとし、Xさんと当社とで、Xさんには、本件解決時に当社を自己都合退職して頂くこと、この件について、今後Xさんは当社や当社の関係者に何らの請求や申立などをしない旨を約した合意書を締結し、解決することとしました。