企業法務コラム
従業員を採用する際、雇用主は法令の定めに従い「労働条件」を明示しなければなりません。適正な労働条件の提示を怠った場合には、雇用主に法的制裁が科される可能性もあるため注意が必要です。
2019年4月施行の法改正により、従来の書面交付に加えて、所定の要件を充たせば電子メール等による労働条件の明示も認められるようになりましたので、改正法の正確な理解を踏まえて適切に活用しましょう。
今回は、新たに認められた電子メール等による明示方法も含め、労働契約締結時の労働条件の明示に関するルールについて、弁護士が解説します。
労働契約は、労使当事者間の合意のみによって成立する諾成・不要式契約です。
そこで、法は、労働条件を巡る紛争を防止し労働者の保護を図るため、雇用主に対して、従業員の募集段階から労働契約成立後の勤務に至る状況に応じて、次のような労働条件の明示義務等を課しています。
本稿では、前記雇用主の労働条件の明示義務等のうち、2019年4月施行の法改正によって明示方法の点で変更があった、労働契約締結の際の明示義務(労働基準法15条1項)に焦点を当て、以下解説します。
労働基準法15条1項は、「使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない」と定め、雇用主に対し、所定の労働条件を明示することを義務付けています。
労働契約締結の際の労働条件の明示は、正社員(期間の定めのない従業員)の雇入れだけではなく、契約社員(有期労働契約の従業員)やパート従業員の雇入れ、有期労働契約に際しても必要となります。
万一、労働契約締結の際の明示義務(労働基準法15条1項)に違反した場合には、雇用主は、法的制裁を受けるおそれもありますので、正確な知識と十分な注意が必要です。
問題社員のトラブルから、
労働契約締結に際して、雇用主が雇い入れようとする従業員に対して明示すべき事項について確認しておきましょう。
労働条件の明示事項は、まず、常に明示を要する事項(絶対的明示事項)と、当該事項に関する定めがあれば明示を要する事項(相対的明示事項)に大別できます(労働基準法施行規則5条1項柱書参照)。
さらに、明示方法について、書面等による明示を要する事項と、口頭で告げてもかまわない事項の区別があります(労働基準法施行規則5条3項4項参照)。
次の事項について、雇用主は、労働契約の締結に際して、従業員に対し、常に明示する必要があります(労働基準法施行規則5条1項1号ないし4号)
パートタイム従業員の場合は、前記(1)の各事項に加えて、次の事項についても常に明示する必要があるので、注意が必要です(パート労働法6条1項、同法施行規則2条1項)。
次の事項について定めがある場合、雇用主は、労働契約の締結に際して、従業員に対し、明示する必要があります(労働基準法施行規則5条1項4号の2ないし11号)。
問題社員のトラブルから、
労働条件の明示方法は、明示する事項の重要性等に応じて、次のとおり規律されています。
絶対的明示事項(パート従業員に関する特則に掲げられた事項を含む)について、雇用主は、労働契約の締結に際して、書面交付の方法により明示する必要があります(労働基準法施行規則5条3項4項、パート労働法6条1項参照)。
ただし、前記の書面交付による明示のルールには、次の2つの例外があります。
ひとつは、絶対的明示事項のうち、昇給に関する事項については、書面交付の方法により明示することを要しません(労働基準法施行規則5条3項)。
これは、昇給に関する基準等は人事上の秘密性の高い事項であることに加えて、将来的な事項で不確定要素も強いことなどが理由と考えられます。
もうひとつは、所定の要件を充たせば、書面交付の他、電子メール等による明示が2019年4月施行の法改正により可能となっています。電子メール等による明示が認められるための要件については、後記4で詳しく説明します。
絶対的明示事項を除いて、労働条件の明示方法について特段の規定はなく、口頭でもよいとされています。
もっとも、労働条件を巡る紛争の防止という労働条件明示の趣旨を踏まえれば、労働者に理解できる程度に示すことは必要です。
書面の交付により労働条件を明示する際の具体的な方法については、自由な方法でよいとされています。そこで、雇用主において、適法性を確保しつつ、合理的な明示方法を検討することになります。
この点、例えば、明示すべき事項の内容が膨大な量となる場合などには、実務上、交付書面の作成方法や交付方法に工夫が必要となるときがあります。
このような場合、当該労働者に適用する部分を明確にして就業規則を労働契約の締結の際に交付するなどの方法によって、記載の分量を節減する工夫をすることなども考えられます(平成11年1月29日基発45号参照)。
その他、交付書面の記載方法や交付方法に関する具体的な工夫につきましては、貴社のご事情を踏まえて、労働法務に知見のある弁護士にご相談いただくことをお勧めします。
問題社員のトラブルから、
これまで絶対的明示事項の明示方法は、書面の交付に限られていたところ、2019年4月施行の法改正によって、次の明示方法が認められました(労働基準法施行規則5条4項)。
なお、パート労働者に対してのみは、既にファクシミリ及び電子メールによる労働条件の明示が認められていたことから(パート労働法施行規則2条2項)、2019年4月施行の法改正は、対象となる従業員の範囲に関する制限を撤廃した形となります。
2019年4月施行の法改正により新たに認められた明示方法を利用するためには、次の要件を充たす必要があります。
問題社員のトラブルから、
労働条件の明示義務に違反した場合、雇用主は、次のような制裁を受ける可能性があります。
労働条件の明示義務に関して、労働基準法違反については「30万円以下の罰金」(労働基準法120条)、パート労働法違反については「10万円以下の過料」(パート労働法31条)が定められています。
労働条件の明示義務を怠る場合、従業員が労働基準監督署に通報し、労働基準監督官から指導、勧告を受ける可能性があります。
この他、明示した労働条件が事実と相違する場合には、当該従業員について、即時解除権(労働基準法15条2項)や帰郷旅費請求権(労働基準法15条3項)が発生することがあります。
インターネットが普及した現代にあって、悪質な労働法規違反の事実が広く知られることとなれば、採用活動に悪影響を与えるばかりではなく、レピュテーションの悪化により本業に支障がでるおそれさえ想定され得るところです。
「たかが労働条件の明示」と思われるかも知れませんが、近年では中小企業にも高いコンプライアンス意識が求められる時代ですので、軽く考えてはなりません。
問題社員のトラブルから、
適正な労働条件の明示を確保することは、労働条件を巡る紛争を防止するため、労使双方にとって極めて重要です。
他方、明示方法には実務上の工夫が必要となるほか、近時法改正もなされています。そのため、労働法務の専任担当者を確保することが困難な中小企業の皆様方には、なかなか対応が難しくなっているといえるのではないでしょうか。
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