企業法務コラム
ある程度の規模の会社にとって、従業員の人事異動は付き物です。
しかし、家族の事情、新しい人間関係が不安、住み慣れた土地や職場を離れたくないなどの理由から、なかには会社からの転勤命令を拒否する従業員がいるかもしれません。
業務施策や人繰りなどの都合から従業員に転勤を命じても、個別の事情を理由として拒否する従業員……。転勤命令と転勤拒否というように会社と従業員との利害が真っ向から対立している場合、会社はどのようにすべきなのでしょうか。そもそも、会社に対する従業員の転勤拒否など、理由はどうであれ認められるものなのでしょうか。
本コラムでは、転勤拒否の姿勢をみせている従業員に対し、会社がとることのできる対応および注意点について、法的な根拠を交えながら弁護士が解説します。
会社の転勤命令権限や従業員の転勤拒否が認められるか否かは、就業規則の内容次第です。たとえば、就業規則に、「会社は、業務の都合により従業員に転勤や配置転換を命じる場合がある」というような記載があれば、会社は従業員に対して転勤命令権限があるといえるでしょう。
就業規則に転勤に関する規定が定められているのであれば、従業員はその会社で働くうえで、会社から転勤を命じられることがあり得ることを承知していることになります。したがって、正当な理由を欠いた従業員の転勤拒否は、就業規則上認められないことになります。
また、入社時の雇用契約書や労働契約書、労働条件通知書などに、「会社は転勤を命じることがある」旨の条項があれば、なお望ましいと考えられます。
問題社員のトラブルから、
就業規則で転勤に関する規定を定めていたとしても、以下のような場合は、従業員の転勤拒否が認められる可能性が高くなります。
労働基準法施行規則第5条では、会社が労働者に明示すべき労働条件のひとつとして、「就業の場所」を定めています。この労働者の定義について、正社員、パートなど雇用形態は関係ありません。
入社時の労働契約で、「勤務先は○✖市内に限定」、「本人の同意なく転居を伴う人事異動を行わないものとする」などと明記している従業員は、一般的に、「地域限定従業員」や「エリア職」などとよばれています。このような従業員の転勤拒否には、労働契約を根拠とした正当性があり、むしろ会社側の労働契約違反とされる可能性があります。
なお、入社時の雇用契約書や労働条件通知書などに、「勤務先は○○支店」など特定の事業所や地域を明記していることを根拠として、転勤拒否をする従業員がいるかもしれません。しかし、労働条件通知書における就業の場所の記載は、平成11年1月29日基発第45号において、「雇い入れ直後の就業の場所を明示すれば足りる」とされています。したがって、労働条件通知書などに特定の勤務地が記載されていたことだけを根拠とする従業員の転勤拒否は、根拠としての妥当性を欠いているといえるでしょう。
就業規則に、会社の転勤命令権限が明記されており、かつ雇用契約書や労働条件通知書などに、「就業場所を限定する」、「異動に転居を伴わない」ということが客観的に明記されていないかぎり、基本的に、従業員の転勤拒否は無理があると考えられるのです。
就業規則などで、会社に転勤命令権限があることが確認できても、その行使が無制限に認められるとはかぎりません。 判例によりますと、以下のような転勤命令は、会社による「権利の濫用」に該当する可能性があります。
たとえば、人事権をもっている人と折り合いが悪い従業員、会社を内部告発した従業員に対して、業務上の必要性がないにもかかわらず、転居を余儀なくされるような遠方への転勤命令、あるいは従業員のキャリアなどを考慮すると、明らかに理不尽と考えられる部署への転勤命令は、会社の報復人事とみなされる可能性があります。このような転勤命令に対して、従業員が証拠とともに、「会社による権利濫用」として転勤拒否の意思を示した場合、転勤命令が無効となるだけではなく、会社が損害賠償等の責任を負うリスクが生じることにもなりかねません。
問題社員のトラブルから、
転勤とは、従業員にとって非常にセンシティブなテーマです。会社が合理的だと考えて安直に転勤命令を出したとしても、それが従業員に、「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」と捉えられ、転勤拒否という問題につながることがあります。
そのような理由による転勤拒否が社内で続くと、人的資源の有効活用ができないだけではなく、不当な人事が行われているといった風評が発生してしまうリスク、さらには優秀な従業員が退職してしまうというようなリスクが生じることにもなりかねません。このようなリスクを防ぐためには、転勤拒否をする従業員に対し、会社として以下のような対応を丁寧に行い、転勤命令に納得してもらうことが重要です。
会社が従業員に転勤を命じる以上、それには理由があるはずです。転勤拒否の意思を示している従業員には、会社が転勤を命令する理由を丁寧に説明してください。
本人のキャリア形成のため、適材適所に従業員を配置するため、注力するエリアに人員を増やしたいため、このような前向きな理由はもちろんのこと、事業縮小やリストラを余儀なくされているためなどといった後ろ向きな理由についても同様です。従業員が転勤拒否をしていたとしても、会社の説明により、転勤命令を前向きに受け止めることで、転勤命令を受け入れ、人事異動が円滑に進むことが期待できます。
会社の転勤命令に理由があるように、従業員の転勤拒否にも、何らかの理由があるでしょう。特に、転勤拒否の理由が、「子どもの養育のため」、「親に介護が必要」などのように、従業員の家族事情にある場合は、注意が必要です。育児休業、介護休業等育児または家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(育児介護休業法)第26条では、転勤命令を出す会社に対して、「当該労働者の子の養育または家族の介護の状況に配慮しなければならない」と定めています。
したがって、従業員が家族の事情を理由に転勤拒否をしている場合、まずは従業員から話をよく聞いたうえで事情を把握し、転勤拒否を認めるか否かを慎重に検討してください。この過程を省略して、従業員の転勤拒否を認めなかった場合、育児介護休業法に定める調停などにおいて、「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる転勤命令」とされ、従業員の転勤拒否が認められる可能性があります。
また、辞令を出してから転勤拒否をされないためには、定期的な自己申告などで、可能なかぎり普段から従業員の個別事情を把握しておくことをおすすめします。
従業員の転勤拒否は、転居を伴う転勤命令に対して多いようです。転居は、生活環境が変わることはもちろんのこと、経済面で従業員に負担が生じることが理由のひとつと考えられます。
経済的な理由による転勤拒否を防ぐためには、従業員が経済面の負担を懸念しなくてすむように、配慮を行うことが重要です。
会社としては、支出増になりますが、引っ越し費用はもちろんのこと、転居先の家賃の一部または全部を会社が負担、あるいは寒冷地手当てのように、勤務地特有のコストを負担することが考えられるでしょう。
問題社員のトラブルから、
会社には、必要に応じて従業員を解雇できる「解雇権」が認められています。
ただし、解雇は、労働契約法などで、厳しい基準が定められています。解雇は、いくら手を尽くしても、会社の存続そのものが危ぶまれるときや、注意、指導を何度も試みても、改善の見込みなしと判断された従業員に対する「最終手段」なのです。これを逸脱した解雇は、労働契約法第16条に定める「解雇権の濫用」とされ、解雇そのものが無効になります。
では、この解雇権は、転勤拒否する従業員に対しては有効なのでしょうか。
過去の判例によりますと、会社に転勤命令権があり、かつ転勤命令が有効であれば、転勤拒否を理由とした解雇は可能と考えられます。別の言い方をしますと、転勤拒否が無効な転勤命令に対するものであれば、転勤拒否を理由とした解雇はできないのです。
たとえば、雇用契約で地域限定社員とされている社員に対する転勤命令は無効ですから、その地域限定社員による転勤拒否は当然に有効です。この有効な転勤拒否に対して、会社は解雇権を行使することはできないのです。
ただし、従業員の転勤拒否が有効な転勤命令に対して示されたものであっても、それを理由として、直ちに当該従業員を解雇することはおすすめできません。会社が、先述した転勤に応じてもらえるよう従業員に丁寧な対応を尽くしていない状態での解雇は、解雇権の濫用とみなされる可能性があります。転勤拒否を理由とした解雇は、急ぐべきではありません。
問題社員のトラブルから、
会社を設立した当初、就業規則や労働契約書に転勤に関する規定を設けていなかったこともあるかと思います。ところが、会社が大きくなり、従業員に転勤を命令しなくてはならなくなると、転勤命令を有効なものとするために、就業規則や労働(雇用)契約書の見直しや整備が必要になります。
就業規則や労働(雇用)契約書に記載されている労働条件は、すでに会社と労働者との間で合意に基づき成立したものですから、これを会社の都合で勝手に変更することはできません。労働契約法第8条から第10条の規定により、就業規則や労働(雇用)契約の変更は、会社と従業員が合意することが必要です。
従業員からの合意を得るためには、転勤に関する規定を設ける理由や背景を丁寧に説明してください。また、転勤に関する規定を設けることで、今後転勤を命じる可能性が出てくる従業員には、転勤拒否を防ぐために、処遇面などで配慮するなど、信頼関係の構築に務めることも重要です。
問題社員のトラブルから、
従業員の転勤拒否は、円滑な人事運営の妨げになることはもちろんのこと、無効な転勤命令や転勤拒否に対する拙速な解雇のように、会社としての対応を誤ると、会社が法的リスクを抱え込むことになりかねません。
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