企業法務コラム
働き方改革関連法のひとつとして、年10日以上年次有給休暇が付与される労働者を対象に、有給休暇の取得が義務付けられました。
それに伴い、年次有給休暇管理簿の作成も義務付けられています。
本コラムでは、年次有給休暇の取得義務と、年次有給休暇管理簿を作成・保管するうえで知っておくべき基礎知識について、弁護士が詳しく解説します。
ここ数年で一気に進んだ働き方改革の一環で、労働基準法が改正されました。
それに伴い2019年4月から、雇用者に年10日以上の年次有給休暇が付与される労働者に対して、年5日以上年次有給休暇を取得させることが義務付けられました。
もともと、年次有給休暇の制度自体は存在し、ある程度利用されていました。
この記事をご覧の方の中にも、実際に年次有給休暇を利用して仕事を休んだ方も多いのではないでしょうか。
しかし、日本の企業風土では、「休まずに働くほうがいい」とか、「労働時間が長いほうが会社に貢献している」、といった昔ながらの考え方が抜けない面もありました。
そのために、
ということがまだまだ珍しくありません。
しかし、今後の日本はますます少子高齢化に進んでいくと思われます。
それに伴い、生産年齢人口は大きく減少し、働き方も多様になっていくと見込まれています。
そうした大きな社会の変化に対応するために、労働者の意欲や能力を十分に発揮できる環境をつくっていこうという思いのもとで定められたのが、新しい年次有給休暇の制度なのです。
つまり、労働者に十分に休みを取ってもらって心身の健康を維持してもらい、それによって生産性の向上を図ること、つまり、労働者と企業が持続的に共存していくことを目的として、年次有給休暇の取得が義務付けられたわけです。
そして、この制度をしっかりと活用するために、労働基準法施行規則第24条の7で、年次有給休暇管理簿の作成も法定の義務として明文化されました。
それぞれについて詳しくみていきましょう。
問題社員のトラブルから、
まず、管理対象者という言葉から理解していきます。
年次休暇取得の管理対象者とは、一言でいえば、従業員のうち、年次有給休暇の取得義務が発生する従業員のことです。
言い換えれば、従業員全員が年次有給休暇取得義務の対象になるわけではないのです。
誰が管理対象者に該当するかは、次の項で説明します。
なお、管理対象者かどうかの区別には、正規雇用なのか非正規雇用なのかという違いは関係ありません。また、管理監督する側か管理監督される側かという違いも関係ありません。
つまり、従業員の立場とは関係なく、法律で定められた所定の条件を満たす労働者が全て管理対象者となるのです。
管理対象者の条件は、法律で細かく規定されています。
具体的に列挙すると、概ね以下のとおりとなります。
まず、正社員や契約社員は、入社して6か月が経過した時点で、年10日の年次有給休暇を取得する権利が発生します。つまり、管理対象者に該当するわけです。
ただし、それまでの出勤率が8割以上でなければなりません。
入社後6か月までの間に、欠勤が2割を超えている人は管理対象者にはならないということです。
この制度は、休まずに働き過ぎることを防止する目的がありますから、入社後6か月以内に2割を超える欠勤があれば対象にならない点は納得できます。
そして、その後、労働者が実際に取得した年次有給休暇取得日数(いわゆる「消化日数」)が5日未満であれば、雇用者が年次有給休暇取得日を指定する義務が生じる対象になります。契約社員も、正社員と同じ条件で管理対象者となります。
パート社員の場合は、一週間の勤務時間数が分かれ目です(労働基準法39条3項、労働基準法施行規則第24条の3)。
以下で、勤務時間ごとに解説します。
① 勤務時間が週30時間以上の場合
まず、勤務時間が週30時間以上のパート社員については、正社員や契約社員と全く同じ、つまり、入社して6か月が経過し、それまでの出勤率が8割以上であれば、年に10日の年次有給休暇が取得できるようになります。
② 勤務時間が週30時間未満で週4日出勤の場合
一方、勤務時間が週30時間未満のパート社員は出勤日数によって、扱いが異なります。週4日出勤の場合は、以下の条件を満たすと管理対象者となります。
③ 勤務時間が週30時間未満で週3日出勤の場合
他方、勤務時間が週30時間未満の人のうち、週3日しか出勤がない人は、以下の条件を満たすと管理対象者となります。
④ 勤務時間が30時間未満で週2日以下出勤の場合
そして、勤務時間が30時間未満で、かつ、週2日以下の出勤という人は、年次有給休暇の権利が最大年7日までのため、年次有給休暇取得制度の管理対象者とはなりません。
管理対象者とは、あくまで、年に取得できる年次有給休暇の日数が10日以上の人だけを指すからです。
問題社員のトラブルから、
では、管理対象の内容となる、年次有給休暇の取得義務とは具体的にはどのようなものでしょうか。
この点について、「とにかく年次有給休暇を全部消化させる義務だ」ととらえている経営者も多いようです。しかし、実際には異なります。
1年につき10日以上の年次有給休暇が付与された時に、1年以内に取得義務が生じるのは、そのうちの5日間だけです。
ポイントは、年次有給休暇自体は10日の権利がありますが、取得義務が生じるのは10日間ではなく、5日間だということです。
その後は、基準日から1年ごと、つまり毎年3月1日に、新たに年次有給休暇が付与され、そのうち、5日間について、取得義務が発生するという仕組みです。
したがって、Aさんが3月1日から1年以内に全く年次有給休暇を取得していない場合、会社はAさんに5日間の年次有給休暇を取得させる義務があるのです。
なお、Aさんが2日間の年次有給休暇を取得していれば、残りの3日間を取得させて、合わせて5日になるようにしなければなりません。
全社的に起算日を合わせるために入社2年目以降の社員への付与日を統一する場合など、入社した年と翌年で年次有給休暇の付与日が異なるため、5日の指定義務がかかる1年間の期間に重複が生じる場合、重複が生じるそれぞれの期間を通じた期間(前の期間の始期から後の期間の終期までの期間)の長さに応じた日数(比例按分した日数)を当該期間に取得させることも認められます。
年次有給休暇の取得義務付けは、年次有給休暇が10日以上ある人を対象としています。
したがって、会社の規定で、入社から6か月後よりも早く年次有給休暇を10日以上付与された場合には、10日を付与された日がその人にとっての「基準日」となります。
本件のようなケースでは、付与日数の合計が10日に達した日から1年以内に5日の年次有給休暇を取得させなければなりません。
なお、付与日数の合計が10日に達した日以前に、一部前倒しで付与した年次有給休暇について労働者が自ら請求・取得していた場合は、その取得した日数分を5日から控除することになります。
なお、管理対象者ではないからといって、年次有給休暇を取得することができないわけではありません。また、管理対象者に比べて年次有給休暇を取得する優先順位が下がるわけでもありません。
年次有給休暇は、法律で定められた労働者の重要な権利ですので、管理対象者であろうがなかろうが、きちんと申請して年次有給休暇を取得することができます。
会社側としても、管理対象者と同様に年次有給休暇の取得を推進するほうが望ましいでしょう。
問題社員のトラブルから、
年次有給休暇管理簿とは、文字どおり、労働者の年次有給休暇を管理するための帳簿のことです。このたびの労働基準法改正に伴い、年次有給休暇が10日以上発生する労働者を雇用するすべての会社に作成が義務付けられています。
根拠となる規定は労働基準法施行規則第24条の7です。年次有給休暇を取得するように義務付けられたとしても、誰がいつ取得したのかをきちんと把握しなければ、取得させるように手続きを進めることができません。
年次有給休暇制度自体は、改正前から存在していますが、以前は、前年からの繰り越し日数を含めた年次有給休暇の残りの日数を数えるだけの管理方法が一般的でした。これでは、正確な管理が難しく、年次有給休暇取得率はなかなか上がりませんでした。今回の改正はこの実態を踏まえたものです。
つまり、あくまで、年次有給休暇を実際に労働者に取得してもらわなければ法改正の意味がありません。そのために、会社にきちんと帳簿をつけさせてひとりひとりの年次有給休暇取得を管理するところまで義務付けたのです。
次に、年次有給休暇管理簿に記載すべき事項について、ご説明します。
① 基準日
「基準日」とは、その労働者に10日の年次有給休暇を取得する権利が発生した日のことです。年次有給休暇の取得は、基準日から起算して1年以内という期限で考えます。したがって、いつからその1年が始まっているのかを明確にしておく必要があります。
そのため、計算の始まりの日となる「基準日」を明確に管理簿に記載することが義務付けられているのです。なお、会社が、独自の規定で10日の年次有給休暇を早めに付与してもかまいません。
その場合、法定の基準日(たとえば、フルタイム正社員の場合、入社して6か月が経った日)ではなく、実際にその労働者が10日以上の年次有給休暇を付与された日を、基準日として記載します。
そして、その日から1年以内に5日の年次有給休暇を取得させなければなりません。
② 日数
日数とは、労働者が実際に取得した年次有給休暇の日数のことです。
労働者が自分で申請をしたものか、会社側からの指定で取得させたものかは関係ありません。基準日からの1年間に労働者が消化したすべての年次有給休暇の日数を記載します。
また、取得期間が半日以上1日未満である場合、半日分だけを取得したものとして記載することになっています。
③ 時季
時季とは、実際に労働者が、年次有給休暇を取得した具体的な日付を指します。
たとえば「5月20日」「10月1日」などのように、具体的な日付で記載する方法が一般的です。また、何日かまとめて年次有給休暇を取得した場合には「3月12日から3月15日」といった期間で記載する方法をとっても構いません。
実際に、その労働者がいつ休んだのか、後から分かるようにしておけばよいわけです。
問題社員のトラブルから、
年次有給休暇管理簿は、保管期間が定められています。
作ってもすぐに捨ててしまっては、後からいつ誰に年次有給休暇を取得させたか分からなくなります。
また、年次有給休暇は計画的に取得を促すこともできますので、経営の観点からも管理簿を活用して業務と労働者の最適な働き方のバランスを見ることが望ましいのです。
法律では、年次有給休暇を与えた期間(基準日から1年間)とその後3年間にわたって保存し続ける義務があります(労働基準法施行規則第24条の7)。
年次有給休暇管理簿は法律上の重要書類とまでは指定されていません。
したがって、その作成や保管を怠ったとしても、そのこと自体に対する罰則は規定されていません。
しかし、年次有給休暇管理簿がなければ複雑な年次有給休暇取得制度をきちんと守れるかどうかは疑問と言わざるを得ません。
そして、仮に、労働基準監督署による調査が入ったときに、年次有給休暇を取得させたことを雇用者側が説明・立証するためには、年次有給休暇管理簿が有用です。
そして、労働基準監督署に対して、雇用者側が年次有給休暇を取得させたことをきちんと説明できなければ、以下のような罰則を受ける可能性があります。
具体的な罰則の条件と罰則内容は以下のとおりです。
つまり、上記のような違反をすると、最大6か月の懲役または30万円の罰金が科される可能性があるというわけです。
実際にどの程度の規制がなされるのかは、これからの運用次第でまだはっきりとはしていません。しかし、法律の規定としては、厳しい罰則が科される可能性があります。
雇用者としては、年次有給休暇管理簿をしっかりと活用して、労働者ひとりひとりについて取得漏れが起きないように十分に対策をとっていくべきでしょう。
問題社員のトラブルから、
年次有給休暇管理簿の保管や管理方法については、細かい指定はありません。
したがって、紙でも、パソコン上のデータやクラウドシステムを用いた管理方法でも問題はありません。
また、重要書類である労働者名簿や賃金台帳とあわせて作成したり管理したりすることも認められています(労働基準法施行規則第55条の2)。
いずれにしても、労働者の年次有給休暇の取得を実際に推進することが年次有給休暇帳作成の目的です。
会社の規模や実態に応じて、使いやすいものを用意して、管理対象者や基準日等がよく分かるように作っていくことが重要です。
問題社員のトラブルから、
この記事では、働き方改革による法改正で義務付けられた年次有給休暇管理簿の作成について、詳しく解説しました。
年次有給休暇管理簿は、賃金台帳や労働者名簿などと比べると、なじみが薄く軽く扱われやすい書類です。また、年次有給休暇の管理自体が面倒だという経営者もおられるでしょう。
しかし、今回の法改正は、年次有給休暇を取得させる義務について強い方針をとっており、義務違反に対しては刑事罰もある規定となっています。
また、年次有給休暇の制度は、働き方そのものや生産性といった経営の本質にも直結する大切な問題です。制度についてよく理解したうえで、適切な対応をとることが雇用者にも労働者にも良い環境をつくっていくことになるのです。
べリーベスト法律事務所では、労働問題や、紛争になる前の制度設計についても、様々な対応をさせていただいております。それぞれの会社の実情に沿って、丁寧なご説明やご提案を心がけております。
年次有給休暇制度はもちろん、労働問題について理解したい、または、制度設計にご不安のある方は、ぜひ一度ベリーベスト法律事務所にご相談ください。
多くの企業では、労働者の採用時に試用期間を設けています。試用期間は、企業が労働者の能力・適性を見極めるための期間ですが、元々の期間だけでは本採用をするかどうか判断できないこともあります。そのような場…
労働基準法は、労働条件に関する最低限の基準を定めた法律です。労働者を雇用する企業としては、労働基準法が定めるさまざまなルールをしっかりと押さえておかなければ、罰則などのペナルティーを受けるおそれがあ…
会社には、人事権があります。そのため、従業員の配置転換や昇格・降格などの人事を自由に行うことが可能です。しかし、気に入らない従業員がいるからといって、正当な理由もないのに配置転換や降格などを行うと、…
お問い合わせ・資料請求