企業法務コラム
M&Aをするにあたっては、売る方も買う方もその企業の価値を正確に把握することが重要です。M&Aでは、売買価格を決定するのがもっとも重要なミッションだからです。上場している企業であれば株価があるのでわかりやすいものの、非上場企業の場合、企業価値を把握するのは容易ではありません。
特に潜在的なリスクがあった場合には、企業価値が大きく毀損(きそん)することもあるので、デューデリジェンスが欠かせません。特に、法務DD(デューデリジェンス)は、企業の存続にかかわる重大なリスクが潜んでいる場合もあります。
そこで、今回は、M&Aのプロセスの中でいつ、どのくらいの期間をかけて法務DD(デューデリジェンス)は実施されるのか、また、その目的や内容などについて弁護士が解説します。
DD(デューデリジェンス)とは、M&Aにかかる調査のことで、M&Aを実行する前に対象会社の状況を確認するプロセスになります。法務DDは、買収対象会社の株主関係、組織の現状、関連会社、資産などを確認し、法令順守状況や訴訟などにリスクがないかどうかを調査する手続きです。
法務DDの目的は、M&Aを実施するにあたり、対象会社に法的なリスクはないかを洗い出すことです。法務DDは、基本的に買い手側の企業が買収対象会社に対して行います。買収対象企業に看過できない法的リスクがある場合には、M&A自体が中止になることもあります。また、価格を決定するに際して、法的なリスクを勘案して価格交渉をすることもあります。
法務DDは、最終合意をするかどうかの判断要素になる重要なものです。法務DDの結果、リスクが高いと判断されれば、最終合意に至らないことになるからです。最終合意に至る場合でも、価格を決めるに際し、重要な役割を担います。
① 契約に関する事項
契約の内容を見ることによって、その会社がどのような債権(権利)を持っていて、どのような債務(義務)を負っているかがわかるので、必ず法務DDで確認します。契約の種類としては、売買契約、取引基本契約、業務委託契約、ライセンス契約、賃貸借契約、リース契約などがあります。ただ、全ての契約が書面化されているとは限らないので、書面化されていない契約関係についても、確認することになります。
契約書があるものについては、M&A実施後も効力が維持されるのか確認する必要があります。また、不利な条項はないか、違法な内容は含まれていないかなども確認していきます。特に、契約の一方当事者の支配権を有する者に変更が生じた場合には、他方当事者が契約を解除する権利を取得したり、事前に他方当事者に支配権の変更について通知する義務を課したりする条項(COC条項:Change of Control条項)がないか確認することが重要です。
COC条項があると、M&A実施後、重要な契約が解除されたり、不利な条件を押しつけられたりする可能性があるからです。
② 資産・負債に関する事項
企業価値を計る上で、資産がどれ位あるのかは重要な要素なので、資産の状況を確認する必要があります。確認すべき資産としては、不動産・動産(リース、賃貸も含む)・知的財産権・金融資産・システムなどがあります。
資産について所有権を有しているのであれば、それほど神経質になる必要はありませんが、担保が付いている場合や、リースや賃貸の場合には、M&A実施後も継続して使用できるのか確認する必要があります。
不動産であれば、不動産登記簿謄本から所有権の帰属と担保の状況を確認します。動産については、占有状態の確認、固定資産台帳の記載の確認を行います。さらに譲渡担保などがないかヒアリングを行います。
特許などの知的財産権は、特許(登録)証および特許登録原簿を確認し、登録者に間違いがないか、実施権者がいるかどうか、質権が設定されているかなどを確認します。
負債については、借入金の額、買掛金や未払い金の状況などを確認する必要があります。また、簿外債務がある場合もあるので、ヒアリングなどで明らかにする必要があります。
③ 法令順守(許認可)に関する事項
各種法律を順守しているか、許認可等を適切に取得しているかは重要な要素なので、必ず確認します。業務に関する法令を順守しているかどうかはもちろん、一般的な会社法や税法、労働関係法令についても確認する必要があります。
M&A実施後に法令違反の事実が発覚すれば、企業価値は大きく損なわれるため、法務DDの中でも重要な位置づけにあります。外部に対してはしっかりしていても、内部に関してはルーズで、残業代が未払いなどというケースもあります。最近では、個人情報保護法や下請法等も確認の際に注意を要します。
許認可については、M&A実施後においても、許認可が承継可能なのか確認しておく必要があります。許認可が承継できない場合には、再取得の準備が必要になります。再取得には一定の時間が掛かることがあるため、事業を途切れることなく継続するためにはM&A後すぐに申請できるようにしておく必要があります。
④ 紛争・訴訟に関する事項
対象会社が紛争を抱えていたり、すでに訴訟係属中という場合、その内容によっては大きなリスクになるので、確認しておくことが必要になります。訴訟の場合であれば、請求額がいくらなのか、勝敗の見込みはどうかなど、確認します。
なお、現在係争中ものだけでなく、過去に裁判になっている場合には、その内容も確認しておく必要があります。商品やサービスが問題で訴訟に発展しているような場合、今後も同様の訴えが提起される可能性があるからです。
⑤ 株主の状況に関する事項
株式譲渡により株を取得して企業を買収する場合、真の株主は誰なのか確認する必要があります。対象会社の株主構成や株主の状況を把握し、少数株主がどのようになっているかを把握しておくことは重要です。
万が一、後になって売り主が真実の株主ではないと判明した場合には、多額の費用が無駄になってしまうので、早い段階で確認しておくことが求められます。できるだけ、少数株主にもM&Aの実施を納得してもらえるよう進めることが重要です。敵対的少数株主が存在することで、スムーズにM&Aの手続きが進まないこともあるからです。
⑥ 労務に関する事項
企業にとって、人材は重要な資産であるため、従業員の理解なくしてM&Aは成功しません。M&Aによって雇用は引き継がれますが、従業員が辞めると言い出せばそれを阻止することはできません。そのため、労務に関する事項もできるだけ把握しておくことが大切です。また、長時間労働や未払い残業代があると、労働者とトラブルになるため、法務DDによってそのようなことがないか確認しておくことが必要になります。
⑦ 環境問題について
M&Aにおいて、対象会社の不動産を承継した場合に、その土地が土壌汚染されている場合、その浄化に必要な費用は買収した会社が負担することになります。また、工場などで、環境を害するような物質を流出させたような場合にも責任が生じます。したがって、法務DDの段階でそのような汚染がないかしっかりと確認する必要があります。
M&Aのスケジュールとしては、次のような流れが一般的です。
DD(デューデリジェンス)は、基本合意後、最終合意の締結前の時期に行われます。ここでは法務DD以外のDDも行われます。このタイミングで行われる理由は、基本合意前には資料を入手することができないからです。また、最終合意の後に調査しても意味をなさないため、必然的にこのタイミングになります。
M&Aにかかる期間は、企業規模により異なりますが、およそ6か月から1年位かかります。その中で、法務DDにかかる期間は、1か月~2か月程度です。売り手側からすると業務をしながらの情報提供となるので、長いと感じるでしょうが、買い手側(DDする側)からすると短いと感じるでしょう。
何も問題がなければ、これ位の期間で調査はできますが、資料の提供に時間がかかったりするとこれより伸びることになります。そのため、余裕を持ったスケジュールを組んでおくことが重要です。
法務DDは、法律の知識はある程度必要になりますが、誰が行わなければならないという決まりはありません。買収に慣れている企業では、買収側の社員が行うという場合もあります。
しかし、法律の専門家の方が安心ということから、法律事務所または弁護士法人に依頼するのが一般的です。ただ、M&Aは専門性が高いので、どの法律事務所でも対応できるというものではありません。弁護士にも得意分野があるので、企業法務やM&Aを専門とする弁護士でなければ法務DDをすることは難しいといえます。
法務DDを弁護士が行うことのメリットは、DDを行う上で気づいた問題点について法的な観点から適切なアドバイスを行えるという点です。訴訟対応になった場合の訴訟費用や損害賠償額の算定など、専門性の高いアドバイスを受けることができます。
法務DDでチェックする項目は、これまでも述べてきた通りですが、まとめると、以下のとおりです。
これらを確認する上で注意すべき点は、提出された資料が全てではないということを認識して調査をすることです。売り手側企業はできるだけ高く買い取ってもらいたいという意思が働くため、自社に不利な資料は基本的に提出しません。それを踏まえて質問するなどして、資料を提出してもらうことが重要です。
法務DD以外の主なデューデリジェンスとしては、①事業DD、②財務DD、③税務DD、④人事DDなどがあります。
事業DDというのは、商品やサービス、それらの事業に関する営業やマーケティングがどうなっているかを把握するものです。財務DDは、財務諸表から、過去の業績推移、収益性、投資状況などの分析をします。税務DDは、法人税の未払い、将来的に発生する税務リスクがないかを調査します。人事DDは、人員数、人件費、人事制度、人事システム、労使関係などを調査します。
デューデリジェンス後は、その調査結果を踏まえ、M&Aを中止するのか、交渉を続けるのかの決定を行います。問題点がある場合でもリスクが小さいと判断した場合にはM&Aを実行することがありますし、契約条項に問題が発生した場合には、損失を補償する旨の条項を付け加えるという方法もあります。
また、法的リスクを踏まえて、買い取り価格の交渉の材料にも使います。リスクが高い場合には、値段を下げる交渉を行います。
今回は、M&Aにおける法務デューデリジェンスについて解説してきました。M&Aは非常に専門性が高く、高度な知識とスキルが求められます。弁護士といっても専門分野はさまざまなので、離婚を専門としている弁護士にM&Aの案件を依頼してもうまくはいかないでしょう。
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