従業員は、その賃金を得ることで生活をしていますが、自身やその家族の病気や失業により、住宅ローンや医療費、教育費の支払いが滞って、従業員の生活が一時的に不安定となることがあります。
従業員貸付制度は、このような従業員の経済不安への支援策として有効な制度といえます。その一方で、従業員貸付制度は、その運用を誤ると、返済の場面における労使トラブルや、貸付金の回収不能といったリスクが伴います。
本記事では、従業員貸付制度を導入している企業さまへ、労使紛争を未然に防ぐための制度の見直しポイントから、回収時のトラブルへの対応策等を、ベリーベスト法律事務所の弁護士が詳しく解説いたします。
従業員貸付制度とは、企業が従業員に対して生活資金や教育資金、住宅資金などを貸し付ける社内制度をいいます。近年では、景気不安や物価の上昇等の影響から、企業にセーフティーネットとしての役割も期待できるこの従業員貸付制度のニーズは、より一層高まっているといえます。
もっとも、従業員貸付制度を円滑に運用するためには、就業規則や従業員貸付金規程を整備し、制度の目的、対象となる従業員の範囲、貸し付けの条件(金額の上限、金利の有無、返済期間、返済方法、担保や保証人の必要性など)、貸し付け申請手続き、審査の基準などを明確に定め、関連法規を遵守しつつ、福利厚生等の実効性を確保できるよう、慎重に制度設計を行う必要があります。
すでに制度を導入している企業においても、社会情勢や運用実態と規程内容が適合しているか、定期的な点検と見直しを行うことが、トラブルや回収不能リスクの防止の観点からは望ましいといえます。
問題社員のトラブルから、
会社と従業員との間の金銭貸し付けにあたっては、労働基準法上の制限はなく、利息制限法による制限の範囲内であれば、利息を課しても法的には問題ありません。しかし、元本額に応じた上限を超える利率を定めた場合、超過部分の利息合意は無効となります(利息制限法第1条)。
従業員貸付制度は福利厚生の一環として採用されるため、利息については無利息、または一般的なローン金利と比較して低い水準に設定されることが多いでしょう。もっとも、無利息での貸し付けは、本来発生したはずの適正利率との差額が経済的利益とみなされ、従業員の所得(会社の益金)として所得税の課税対象となるリスクがあります。そのようなリスクを折り込んで無利息での貸し付けを行うか、低額の利率で貸し付けるかを検討する必要があります。
貸付金の返済が滞った場合に備え、遅延損害金に関する定めを設けることも可能です。遅延損害金の利率を高い水準に設定することで、従業員にとっては返済しなければ高率の遅延損害金が発生し続けるという心理的な圧力となり、早期の任意弁済を促す効果が期待できます。しかし、この場合も、利息制限法により遅延損害金の上限が定められており、超過する部分は無効となることに注意してください(利息制限法4条)。
利息制限法上の元本の額と利率、遅延損害金率それぞれの上限をまとめると、以下のとおりとなります。
| 元本の額 | 利率の上限 | 遅延損害金率の上限 |
|---|---|---|
| 10万円未満 | 年20% | 年29.2% |
| 10万円以上100万円未満 | 年18% | 年26.28% |
| 100万円以上 | 年15% | 年21.9% |
従業員貸付制度による貸付金の返済方法としては、賃金からの天引きによる方法が簡便です。賃金からの天引きとは、従業員に対する賃金の支払時に、使用者が従業員に支払うべき賃金から一定金額を控除することをいいます。
たとえば、賃金として50万円を支払う際に、同時にその従業員に対して5万円の貸付金の返済を請求するとして、賃金から5万円を控除して45万円を支払うといった具合です。
しかし、賃金からの天引きで貸付金を回収する場合、
に留意してください。
従業員に対する貸付金を賃金からの天引きによって回収するには、賃金控除に関する労使協定を締結することが推奨されます。
・労働基準法24条1項について
労働基準法24条1項は、「賃金」は「その全額を支払わなければならない」として賃金全額払いの原則を定めています。ここにいう「賃金」とは、労働の対象として使用者が労働者に支払うものすべてを指し、賞与や退職金も「賃金」に該当します。
したがって、給与や退職金等の支払いの際に、そこから一定額を控除(相殺)して支払うことは、この原則に反することになります。
例外として許されるのは、
に限られます。
しかし、従業員貸付制度による貸付金の返済債務による相殺は、法令に別段の定めがある場合(上記①)にも、調整的相殺の場合(上記②)にも当たりません。
・合意相殺について
そうすると、会社が適法に天引きを行うには、賃金控除に関する労使協定を締結する(上記③)か、合意による相殺の方法(上記④)によるしかありません。
もっとも、判例上、合意による相殺(上記④)が認められるためには、相殺に関する労働者の同意が「労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する」ことが必要とされています(最高裁判所平成2年11月26日第二小法廷判決民集第44巻8号1085頁)。しかしながら、この要件を満たしているか否かの判断は難しく、労使間でその解釈に争いが生じるリスクは高いといえます。
したがって、労務管理上は、従業員に対する貸付金を賃金からの天引きによって回収するには、賃金控除に関する労使協定(上記③)によるべきでしょう。なお、労使協定には、賃金から控除する項目として「貸付返済金」と特定しておく必要があります。そもそも有効な賃金控除協定が存在するか、当該協定には控除項目として「貸付返済金」と特定された記載が存するかどうかを確認してください。
貸付金を賃金から天引きする場合、民法510条との関係も問題となります。同条は「債権が差し押さえを禁じたものであるときは、その債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない」と規定しています。
そして、民事執行法上、給与・退職金等は、その支払期に支払いを受けるべき金額の4分の3に相当する部分の差し押さえが禁止されています(民事執行法152条1項2号、同条2項)。そのため、使用者は、賃金や退職金の額の4分の3に相当する部分については一方的に相殺することができません。
もっとも、民法510条は任意規定であり、当事者の合意によりその適用を排除することは可能です。そこで、貸付金を賃金から相殺するにあたり、相殺しようとする貸付金の金額が、賃金額の4分の3に相当する部分に及ぶ場合には、従業員との間でたとえば、「民法510条の規定にかかわらず、賃金の額の4分の3に相当する部分についても相殺することに同意する」等の明確な同意を得ておく必要があります。また、同意があったことを明確にするため、同意書を作成のうえ、従業員本人の署名押印を得ておくことが重要です。
従業員からの返済が滞ってしまった場合、どのように対応していくべきか、その流れを確認していきましょう。
従業員からの返済が滞ってしまった場合、まず行うべきは状況確認と従業員からのヒアリングです。すなわち、当該従業員について、契約内容、現在の貸付残高、支払時期、滞納額、過去履歴を正確に把握する必要があります。
そのうえで、返済が遅れている理由や当該従業員の生活状況(生計を一にする家族の経済状況、病気、債務の状況等)、返済意思等を聴取し、今後の返済について協議することが重要です。
なお、連帯保証人がいる場合には状況を説明し、従業員への説得について協力を要請したり、返済を求めたりすることも肝要です。
従業員に返済意思があるものの、計画通りの返済が困難なような場合、返済計画の見直し(いわゆるリスケジュール)を検討します。状況によっては、返済方法の見直し(分割払いの回数を増やす、一時的に返済を猶予するなど)を協議しましょう。安易な猶予ではなく、返済実現に向けた具体的な計画と履行を促します。
交渉の際の留意点としては、従業員への対応の仕方を誤ると、パワーハラスメント(パワハラ)であると主張されるリスクも存在するため、常に冷静かつ丁寧な対応を心がける必要があります。また、協議・交渉をする際は、複数名で対応し、その様子を客観的に記録すること(たとえば、同意を得たうえで録音をする等)や、秘密にも配慮し、協議が長時間に及ぶときは複数回に分けるなどの対応をすることが、後日のトラブル防止のためには有効です。
従業員との交渉の結果、新たな返済計画について合意できた場合は、合意書を作成し、双方が署名押印して保管します。
話し合いでの解決が困難な場合や、従業員に返済意思がない場合は、最終的には法的な手続きによる債権回収を検討せざるを得ないこともあります。
たとえば、内容証明郵便による催告書を送付し、支払いを強く要求することで心理的に任意弁済を強く促す効果が期待できます。
催告書を送付しても解決しない場合は、支払督促の申し立て、民事訴訟の提起など、法的な手続きを行います。そして、確定判決や支払督促等を債務名義として、従業員の財産(預貯金、不動産、給与等)を対象に強制執行をすることになります。
なお、債権回収について対応が遅れると、他の債権者から差し押さえられてしまい財産が逸失したり、消滅時効が成立したりして、請求できなくなるおそれもあるため、迅速な行動が重要です。
返済遅延等の状況に至った場合には、速やかに弁護士に相談することが推奨されます。弁護士は、従業員貸付制度に関する規程や契約書の内容を法的な観点から分析し、具体的事案に応じた効果的・効率的な債権回収戦略を提案・実行することが可能です。
たとえば、交渉段階では毅然と交渉をしつつも、パワハラ等の不適切な対応となってしまうリスクを回避することも期待できます。
弁護士に依頼すべきタイミングとしては、制度の導入時はもちろん、制度の見直し時にも、現行制度のレビューを依頼することで、問題点、改善点の指摘・提案が可能となります。
とりわけ返済遅延等の具体的なトラブル問題が生じた際には、制度を見直すため、弁護士に問題解決の依頼と共に現行制度に関するレビューを依頼することが望ましいです。
問題社員のトラブルから、
従業員貸付制度は、適切に運用されれば従業員の福利厚生に大きく貢献する制度である一方、返済トラブルが発生した場合、その対応を誤ると企業にとって大きな負担となる可能性があります。
ベリーベスト法律事務所では、労務問題、債権回収に詳しい弁護士が、制度の設計、改定段階でのアドバイス、賃金控除協定、相殺同意書の作成、返済が滞った売掛金の債権回収まで、さまざまなサポートを提供いたします。
従業員貸付制度についてお悩みの場合は、ぜひ一度ベリーベスト法律事務所にご相談ください。
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