企業法務コラム
少し古いデータですが、「労働政策研究・研修機構「従業員関係の枠組みと採用・退職に関する実態調査」(平成16年)」によると、試用期間を定めている企業の割合は73.2%であり、そのうち、3か月程度よりも短く設定している企業は86.5%になっています。
つまり、7割以上の企業で試用期間を定めているわけです。しかも、期間としては8割以上の会社で3か月よりも短いということなので、比較的短期間ということになります。
ただ、試用期間中に遅刻や欠勤を繰り返すという社員もいます。そのような場合に試用期間を延長することは許されるのでしょうか。そこで、本コラムでは試用期間延長が認められる条件や本採用を拒否する場合の注意点などについて解説していきます。
試用期間とは、企業が採用した人物が業務に適しているかどうかを本採用前に確認する期間です。
大手企業などでは、正式な部署への配置に先立ち適正があるかどうかを見極める期間という位置づけになっています。
試用期間の長さについては、法律上の制限はありませんが、一般的に3か月から6か月程度なので、それを越える期間を設定した場合、公序良俗違反として無効とされる可能性があります(名古屋地判S59.3.23労判439号64頁(ブラザー工業事件))。
試用期間というと、この期間中は自由に本採用を拒否できると思っている方も少なくありません。しかし、試用期間中の雇用契約は「解約権留保付労働契約」と考えられています。
そして、「本採用拒否」とは、一般的な意味での採用拒否とは全く意味が異なり、労働契約の成立後に留保されていた解約権を行使して労働契約を終了させること、つまり解雇に該当します。
そのため、本採用拒否には、通常の解雇と同様に、「客観的に合理的で社会通念上相当である」ことが必要になり、労働者の能力を・適性を確認するという試用期間の目的との関係で、通常の解雇よりも多少広い範囲で認められているに過ぎません(最大判昭48・12・12民集27巻11号1536頁(三菱樹脂事件))。
試用期間というのは、お試し期間ということではなく、正式に雇用の契約が成立しており基本的には採用するけれども、予想できない位に問題を起こすような方の場合に本採用はしないというものなのです。
問題社員のトラブルから、
試用期間というのは、あらかじめ期間が定められているものなので、それを自由に変更されては労働者の権利が害されるように思いますが、結論から言うと試用期間を延長することは違法ではありません。
ただし、労働者の同意なく試用期間を延長するためには、以下の4点に注意をする必要があります。
以下で、具体的に解説します。
試用期間の延長のためには、就業規則に、試用期間の延長がありうることを定める必要があります(東京地決昭63・12・5労民集39巻6号658頁、東京地判令2・9・28労働判例ジャーナル105号2頁(明治機械事件))。
就業規則に試用期間の延長の定めを設けていない場合でも、本採用の拒否が可能なときであれば、延長を認める裁判例もありますが(東京地判昭60・11・20労判464号(雅叙園観光事件))、トラブル回避のため試用期間の延長があることも就業規則に明示することが安全です。
労働者として不適格であると認められ、本採用を拒否することができるという場合には、即座に本採用を拒否するのではなく、本人のその後の態度次第によっては本採用してもよいと考えて、試用期間を延長することは、労働者の利益になるともいえるため、合理的な理由が認められます。
また、試用期間満了時に、不適格として断定することまでは出来ない場合であっても、適格性に疑問があって、本採用がためらわれる相当な事由があり、なお選考の期間を必要とするときには、合理的な理由が認められます(大阪高判昭45・7・10(大阪読売新聞試用者解雇事件))。
延長だからといって、何度も使用期間の延長を繰り返したり、不当に長い期間にすることは労働者を不安定な地位におくことになってしまいますので、社会通念上、妥当な期間にしなければなりません。
延長期間を定めなかった場合には、延長が無効と判断される可能性もあり(東京地判昭60・11・20労判464号(雅叙園観光事件))、少なくとも、相当な期間内に短縮されるでしょう(長野地諏訪支部判昭48・5・31判タ298号320頁(上原製作所事件))。
また、延長は、元の試用期間と合わせて、概ね1年以内とするべきでしょう。
なお、再度の延長が可能である旨の規定が就業規則上存在しない場合に、複数回の延長は、労働者の立場を不安定にするものであるとして、再度の延長を無効とした裁判例も存在するため、再度の延長には注意が必要です(神戸地判平30・7・20労経速2359号16頁(F社事件))。
試用期間を延長する場合は、試用期間満了前に告知する必要があります(長野地諏訪支部判昭48・5・31判タ298号320頁(上原製作所事件))。
どのような場合に試用期間の延長がなされるのでしょうか。
たとえば、システム開発のための社員を中途採用したところ、プログラムの作成が全くできないなど、当初期待していた業務ができない場合、もう少し時間を掛けて様子をみたいということがあります。そのような場合には試用期間の延長が認められるでしょう。
また、新入社員などで、一部の新入社員だけが著しく業務遂行能力に劣ることが判明したような場合に、本人の将来のためにももう少し様子を見て配置可能な部署を探すなどが考えられます。
社会人として無断欠勤や無断遅刻は論外ですが、学生気分が抜けず遅刻を繰り返すという社員もいます。
このような場合、本人にこのままでは不採用になると告げることになりますが、本人が反省し、心を入れ替えると誓ったような場合には、試用期間の延長をして、本当に反省しているかを確認するということが必要になるでしょう。十分に本人と話し合った上で、判断をする必要があります。
勤務時間内はもちろん、勤務時間外でも、飲酒運転による人身事故のように重大な犯罪を行った場合には、会社の信用を害することになりますので、基本的に本採用はされないことになります。
これに対し、法律違反の程度が本採用の拒否が必要となるほど重大とまではいえない場合には、試用期間を延長することで、再び法律違反をしなければ本採用するという運用をすることが考えられます。
ただし、勤務時間外の軽微な法律違反であって、会社の信用や秩序などに何らの影響も与えない場合には、そもそも延長することはできません。
経歴詐称は懲戒事由であって、本採用後であっても発覚した場合には解雇となることがありますが、試用期間中に経歴詐称が発覚した場合には、本人に事情を聞いて、その内容が業務に直接関係のないことであれば、経歴詐称があっても採用できるかどうかを見極めるということで試用期間を延長することがあります。
上司の指示に従わない、あるいは他の社員と協調性がないような場合、業務効率が落ちてしまいますので、本採用することは難しくなりますが、本人が対応を改める姿勢を示しているのであれば、試用期間を延長して、勤務態度や協調性について確認するということは有効だと言えます。
試用期間というと「お試し期間だから残業は許されないのではないか」と思われる方もいるかもしれませんが、試用期間中であっても社員であることに変わりはないので、「36協定」があることが前提になりますが、残業させることはできます。
その際、残業に関する取り扱いは、正社員と同じなので、法定労働時間を越えた分については割増賃金を支払う必要があります。
また、残業の上限時間は、1か月45時間、1年間360時間になります。
試用期間中については、残業代を支払わないという合意は、労働基準法上違法となるので、そのような合意は無効となります。必ず残業代を支払いましょう。
その他、試用期間中も休日出勤を命じることができます。
この場合も休日出勤に対しては割増賃金を支払う必要があります。
これまでも説明してきたとおり、試用期間中であっても社員であることに変わりはなく、試用期間中に留保された解約権を行使することも、試用期間満了時の本採用拒否も、いずれも解雇にあたります。
通常の解雇をする場合、30日前に解雇予告をするか、30日分の解雇予告手当を支払う必要があるため、本採用拒否の場合も同様に、解雇予告が必要です。
ただし、試用期間開始から14日以内であれば、解雇予告は不要になります(労働基準法第21条)。
本採用拒否については、通常の解雇に比べると若干緩やかに認められるものの、判例の見解によれば、「客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合」に限り許されることになります。
また、試用期間中に留保された解約を行使する場合には、適性判断のための期間が残っていることから、試用期間満了時の本採用拒否と比べて、高度の合理性と相当性が必要と考えられます(東京高判平21・9・15労判991号153頁(ニュース証券事件))。
試用期間延長の具体例で挙げた、
などで、試用期間の延長では改善が見込めない場合や内容的に悪質で企業の信用を毀損するような場合には、本採用をしないことが認められると考えられます。
なお、試用期間を延長した場合に、延長の原因となった事実のみに基づいて解雇(本採用拒否)をすることは出来ないとした裁判例(大阪高判昭45・7・10(大阪読売新聞試用者解雇事件))が存在するため、延長の原因となった理由に基づいて本採用の拒否をするときには注意が必要です。
なお、本採用をしないという場合、社員の態様だけでなく、試用期間中に企業が採用するための努力を尽くしたにもかかわらず改善の見込みがないということが重要になります。
そのため、たとえば、
などの対応が必要になります。
今年は、新型コロナウイルスによって営業自粛などがなされ、企業業績が大きく落ち込んだというところも多くあります。企業としては、正社員は残して、試用期間中の社員は本採用しないということにしたいと考えるところもあるようです。
しかし、このような経営上の理由による本採用拒否は、労働者の適性を判断するという試用期間の目的と何ら関連性がありません。そのため、試用期間中であったとしても、整理解雇4要件に基づいて本採用拒否の適法性が厳格に判断されます。
ただし、解雇対象者の人選基準の設定にあたって、勤続期間や勤務成績を考慮すると、試用期間中の労働者が解雇対象者に含まれる可能性は高いですが、そのような人選基準が合理性を欠くとまではいえないでしょう。
また、試用期間中の社員が新型コロナウイルスに感染したとしても、それを理由に本採用を拒否することは許されません。
感染症に罹患することと労働者の適正は何の関係もないからです。
特に業務上で新型コロナウイルスに感染したような場合には、療養期間はもちろん、療養期間後30日間は解雇することが禁止されています(労働基準法第19条)。
ただし、新型コロナウイルスによる療養で試用期間に労働できなかった場合には、その適正を判断できないので試用期間を延長することの正当理由にはなるでしょう。
問題社員のトラブルから、
今回は、試用期間の延長の可否、試用期間中の残業、本採用の拒否について解説してきました。
基本的に、試用期間中であっても他の社員と変わらないということを理解する必要があります。試用期間だから本採用をしなくてもよいと思い本採用を拒否すると労働基準監督署に通報されたり、不当解雇として訴えられたりする可能性があります。
試用期間の延長や本採用の拒否を検討している場合には、弁護士などに相談することをおすすめします。
ベリーベスト法律事務所では、労働法について経験豊富な弁護士が在籍しておりますので、試用期間の延長や本採用の拒否について訴えられないか心配という場合には、ぜひご連絡ください。
会社には、人事権があります。そのため、従業員の配置転換や昇格・降格などの人事を自由に行うことが可能です。しかし、気に入らない従業員がいるからといって、正当な理由もないのに配置転換や降格などを行うと、…
時間外労働とは、法定労働時間を超過して労働することです。労働者に時間外労働をさせる場合は、36協定を締結しなければなりません。また、時間外労働には割増賃金が発生する点にも注意が必要です。弁護士のサポ…
服務規律とは、会社の秩序を守るために従業員が守るべきルールです。服務規律の作成は、法律上の義務ではありません。しかし、服務規律を定めておくことでコンプライアンス意識の向上やトラブルの防止などのメリッ…
お問い合わせ・資料請求