企業法務コラム
一定規模以上の企業や事業者に対しては、障がい者を雇用する義務が課せられています。この割合を「法定雇用率」といいますが、令和3年3月1日から法定雇用率が引き上げられました。
また、厚生労働省が発表した、令和2年の障害者雇用状況の集計結果によると、民間企業の実雇用率は前年比1万7683人増と、過去最高の増加となっており、障がい者を雇用する企業は、今後ますます増加すると予測されます。
一方で、企業の中には、雇用後のコミュニケーショントラブルや職場環境の整備などの課題が浮き彫りになってくることもあります。今回は、障がい者の雇用トラブルを回避するために企業がすべきことなどについてベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
障がい者の雇用に関しては、「障害者雇用促進法」によって規定されています。
まずは、障害者雇用促進法と何か、その概要について説明します。
障害者雇用促進法とは、障がい者の職業の安定を図ることを目的として、障がい者雇用の促進のための措置や職業リハビリテーションの措置などが定められた法律です。
障害者雇用促進法の背景には、ノーマライゼーションの理念が存在しています。
ノーマライゼーションの理念とは、障害の有無に関わらず、すべての国民が相互に人格と個性を尊重し合いながら、共に生活する社会を実現しようというものです。
このノーマライゼーションの理念を職業生活で実践することを目的とした法律が、障害者雇用促進法なのです。
問題社員のトラブルから、
平成28年4月1日に改正障害者雇用促進法が施行されました。
これによって、以下のように雇用分野において障がい者に対する差別の禁止や合理的な配慮の提供が義務付けられるようになりました。
改正障害者雇用促進法では、雇用分野における障がい者の差別的取り扱いが禁止されています。
具体的には、募集・採用、配置、昇進、賃金、教育訓練などさまざまな局面で、障がい者であることを理由に排除すること、障がい者に不利な条件を設けること、障がいのない人を優先することを禁止しています。
改正障害者雇用促進法では、障がい者に対する合理的配慮の提供が義務付けられています。
合理的配慮とは、以下の措置のことをいいます。
改正障害者雇用促進法では、障がい者からの相談に対応することができる体制の整備が義務付けられています。
企業としては、相談窓口を設置したり、障がい者に対する不利益取り扱いを禁止する内容を就業規則などで規定するなどの措置が求められます。
また、障がい者から苦情があった場合には、企業が自主的に解決することが努力義務とされています。
問題社員のトラブルから、
企業が障がい者に対して上記の措置や配慮を怠った場合には、以下のようなリスクを負う可能性があります。
障がい者に対する不当な差別的な取り扱いがあった場合には、差別を受けた従業員は、都道府県労働局に設置されている窓口に通報することが可能です。
通報があった場合には、労働局長から企業に対して指導・勧告がなされます。
企業によって賃金や待遇などの差別を受けた従業員から賃金支払請求訴訟や地位確認請求訴訟を提起されるリスクがあります。
差別的取り扱いが裁判によって立証された場合には、多額の金銭を支払わなければならないリスクがあります。
また、事件が報道された場合には、企業の信用低下などの不利益もあるでしょう。
問題社員のトラブルから、
障がい者を雇用する際には、以下のようなトラブルが生じることがあります。
企業には、このようなトラブル事例を踏まえて対策を講じることが求められます。
障がい者は、それぞれの障がいに応じて異なる障がい特性があります。
たとえば、精神障がいのある方であれば、言葉遣いの変化などに繊細に反応してしまったり、責任感の強さから何度も確認をしようとすることがあります。
このような障がい特性を他の従業員が十分に理解していない場合には、障がい者とのコミュニケーションを面倒に感じ、差別やいじめに発展することもあります。
障がいのある労働者と障がいのない労働者のいずれも能力的には昇進の条件を満たしているにもかかわらず、
といったことは、不合理な差別的取り扱いにあたります。
障がい者を雇用するにあたっては、職場環境の整備などが求められます。
たとえば、身体に障がいのある方に対しては、机やいすの高さを調節することによって作業を可能にする工夫が必要になりますし、知的障がいのある方に対しては、図などを活用した業務マニュアルを作成するなどして作業手順を分かりやすく示すことが必要になります。
障がい者に対する必要な配慮を欠いた場合には、疎外感を受けた障がい者が退職に追い込まれることもあります。
問題社員のトラブルから、
障がい者雇用におけるトラブルが裁判に発展したケースとしては、以下のようなものが挙げられます。
概要
首都圏で展開するスーパーに勤務していた知的障がいのある男性が、パート従業員の女性指導係から差別的発言を受けて退職に追い込まれたとして、スーパーと女性従業員に対して損害賠償を求めて訴訟提起をしました。
裁判の結果
裁判所は、原告の男性が女性指導係から「仕事ぶりが幼稚園児以下」、「ばかでもできる」などの暴言を受けていたことを認定して、損害賠償として22万円の支払いを命じました。
しかし、原告の「障がい者の働きやすい環境を整えなかったために退職を余儀なくされた」との就労環境整備義務違反の主張に対しては、「適性を考慮して就労時間や配置を決めており、必要な措置を講じなかったとはいえない」として退けられました。
その後、控訴審で和解が成立し、和解条項には、「障害の特性に合った業務や職場環境を用意し、配属先従業員に指導方法や対応を教育することが要請されていたが、十分ではない点があった」との文言が盛り込まれることになりました。
(東京地裁:平成29年11月30日)
概要
原告は、椎間板ヘルニアの手術による後遺症として排泄障がいなどの身体障がいが残存することになりました。
原告は、バス会社にバスの運転手として勤務していましたが、朝の排便に長時間を要することなどから、勤務シフトにおいて以下のような必要な配慮をすることを会社と合意して、職場に復帰しました。
その後、バス事業は、事業承継によって別会社に承継され原告も転籍しましたが、承継後の会社は原告に対して上記の勤務配慮を行わないこととしました。
そこで、原告は、勤務配慮がなされた内容以外の勤務シフトに従って勤務する義務がないことの確認と慰謝料を求めて訴訟の提起を行いました。
裁判の結果
裁判所は、障がいに応じた勤務配慮を行うことが労働契約における労働条件であったと認め、会社側が障がいに応じた勤務配慮を行わないことは公序良俗に反して無効と判断しました。
(神戸地裁:平成26年4月22日)
問題社員のトラブルから、
企業が障がい者を雇用する際には、トラブルを回避するために以下の6つのポイントを押さえておくことが重要です。
障がい者に対する差別的取り扱いが禁止されているといっても、ほとんどの従業員は、障害者雇用促進法の内容や基本方針を知らないのではないでしょうか。
雇用管理者など人事労務に関与する一部の方だけが理解していても、その他の労働者に周知・啓発がなされていなければ、障がい者差別を排除することはできません。
そのため、人事労務と現場の意識の乖離(かいり)を防ぐための障害者雇用促進法の基本方針の啓蒙や適切な指導を行うことが必要になります。
どのような行為をした場合に障がい者差別に該当するのかや障がい者に対してどのような合理的配慮を行う必要があるのかを理解するためには、具体的な事例をもとに説明することが必要です。
抽象的に差別が禁止されていると説明されても、なかなか理解ができませんので、社員研修や社内報などで差別の具体的事例を挙げながら、差別的取り扱いをした場合のリスクについて企業全体で共有することが重要です。
障がい者に対する差別的取り扱いが問題となるのは、募集・採用、配置、昇進など雇用管理の場面が多いといえます。
そのため、企業においては、雇用管理などの一連の労務管理活動において障がい者に対する差別的取り扱いがなされないように必要な体制を整備することが求められます。
障がい者に対する差別的取り扱いの禁止や合理的な配慮を行うことについて、客観的に明確にするために、就業規則、パンフレット、社内報、社内ホームページなどで規定することが必要になります。
どのような差別が禁止されるのかを明確にしておくことによって、トラブルが生じることを回避することができるだけでなく、実際にトラブルが生じた場合にも規定に従って迅速に対処することができます。
企業としては、労働者に対して障がい者に対する差別的取り扱いを禁止する旨の周知を徹底することも重要ですが、実際に差別的取り扱いがなされた場合に早期発見して、対処することも必要になります。
そのためには、障がい者差別に関する相談窓口を設置して、障がい者からの相談を受け付ける体制の確立が必要になります。
ジョブコーチ(職場適応援助者)制度とは、障がい者の職場適応を図ることを目的として、障がいのある人に付き添って支援をしたり、会社側に障がい特性に配慮した雇用管理に関する支援をしたりする制度です。
障がい者との関わり方や社内啓発でお悩みの企業は、ジョブコーチ制度を利用することによって解決することができるかもしれません。
ジョブコーチ制度を利用しようと考えている企業は、障がい者職業センターやハローワークに相談をしてみるとよいでしょう。
問題社員のトラブルから、
障がい者雇用を進めるにあたって、トラブル対策、社内の規定整備をお考えの企業は、まずは弁護士に相談することをおすすめします。
障害者雇用促進法の改正や障がい者の社会進出の増加などによって、企業の社会的義務として障がい者を積極的に雇用することが求められています。
しかし、いざ障がい者を雇用しても、現場ではどのような点に留意しながら進めていけばよいか戸惑うケースも少なくありません。
障がい特性に配慮することなく、雇用をしてしまうと、早期退職となってしまったり、思わぬトラブルに発展するおそれもあります。
雇用トラブルの実績が豊富な弁護士に依頼すれば、以下のようなさまざまなサポートを受けることが可能です。
問題社員のトラブルから、
障がい者を雇用するにあたっては、差別的取り扱いの禁止や障がい者の障がい特性に応じた合理的な配慮が求められます。
障がい者の社会進出が進んできたこともあり、今後、障がい者雇用の社内規定整備やトラブル対策、紛争の未然防止は、企業にとってますます重要となります。
障がい者雇用をお考えの企業は、労働問題の実績豊富なベリーベスト法律事務所にぜひご相談ください。
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