企業法務コラム
令和3年3月18日、知財高裁において、音楽教室運営事業者と日本音楽著作権協会(以下JASRAC)の間の訴訟の控訴審判決が出ました。
ニュースなどで、JASRACという名前を耳にされた方も多いと思います。
以下では、訴訟になった経緯や、第一審判決を含め簡単に解説していきます。なお、末尾に判決の詳細な要約をつけておりますので、もしご興味があればご参照ください。
JASRACは、著作権者から著作権の管理を委託され、著作権者にかわって第三者に使用許諾を与えたり、使用料を徴収する団体です。
JASRACは、平成23年にフィットネスクラブ、平成24年にカルチャーセンター、平成27年にダンス教授所、平成28年にカラオケ教室における演奏利用の管理を開始してきました。そして、今般、音楽教室についても管理を開始しようとしました。
ヤマハ等が開催している音楽教室では、生徒が興味を持つ楽曲を練習させることで、広く生徒を獲得しようとしていました。JASRACは、これらの楽曲の演奏について、平成29年2月9日頃、ヤマハに対し、平成30年1月1日から「使用料徴収」を開始する予定である旨通知しました。加えて、平成29年6月7日、文化庁長官に対し、音楽教室における演奏についての使用料規定の新設等に係る変更の届け出を提出したのです。
これに対抗する形で、ヤマハなどの音楽教室の運営を行う約250の法人・個人が原告となり、音楽教室での管理楽曲の演奏について使用料の徴収に応じる義務がないことを確認する訴訟が提起されました。
著作権法22条は、「著作者は、その著作物を、公衆に直接(中略)聞かせることを目的として(中略)演奏する権利を専有する。」として演奏権を定めています。
今回の訴訟は、
以上2点が主要な争点となりました。本判決では、実際に楽器を鳴らす人が教師である場合と生徒である場合について分けて述べられています。
①教師による演奏行為
●演奏主体
判決は、演奏の主体は音楽教室事業者である、としました。なお、実際に演奏を行っているのは、教室にいる教師なのに、演奏の主体が音楽教室事業者であるというのは変だと思われる方も多いでしょう。
しかし、本判決は、演奏主体について、「単に個々の演奏行為を物理的・自然的に観察するのみではなく、音楽教室事業の実態を踏まえ、その社会的、経済的側面からの観察も含めて総合的に判断されるべきである」、と述べて、演奏の主体は教師を雇用している音楽教室事業者であると認定しました。
一言で言えば、音楽教室が教師を雇ってやらせているという認定です。ただ、この点について言えば、音楽教室の月謝が教師ではなく教室に払われることと考え併せれば妥当ともいえるかもしれません。
●公衆
「公衆」とは、不特定または多数の者のことであると判示しました。そして、音楽教室の生徒は、「公衆」にあたるとしました。その理由は、生徒は、音楽教室事業者に対して、受講の申し込みをすれば、誰でもレッスンを受けられる。生徒の個人的特性には何も着目されていないので「不特定」と言えるとしました。
●小括
以上より、本判決では、教師の演奏行為は、音楽教室事業者が主体となって公衆である生徒に直接聞かせることを目的としてなされるということになり、よって演奏権を侵害するものと判示しました。
②生徒による演奏行為
●演奏主体
生徒は、演奏技術の教授を受けるためにレッスンに参加しているのであって、音楽教室事業者に演奏を行う義務を負っているわけではないので、生徒の演奏行為の主体は、当該生徒であると認定されました。
●公衆
生徒の演奏行為は、教師の指導を仰ぐためになされているのであり、他の生徒や自分自身に向けているわけではない。そして、教師は生徒との関係では、「特定」の者にあたるので、「公衆」にはあたらない、と判示しました。
●小括
そのため、本判決は、生徒の演奏行為は、演奏権を侵害しないとしました。
なお、第一審判決は、生徒のした演奏の主体も音楽教室事業者であると判示し、生徒は他の生徒又は演奏している自分自身に対し、「直接聞かせることを目的」として演奏をしていると判示していましたので、知財高裁判決はこの点が違うことになります。
いかがでしたでしょうか。長らく争われてきた音楽教室での著作権管理について、ようやく、控訴審判決が出ました。
控訴審判決では、生徒の演奏行為については、演奏権侵害にあたらないとの判断が出され、原告全面敗訴の第一審と比較して知財高裁が社会的にバランスをとろうとした態度もうかがわれます。
背景には、著作権を強く保護すると、「そもそも著作物を利用することを避けようとする傾向が生まれてしまう」、「新たな創造が生まれない」などの、音楽家を中心とした批判的な意見が多かったこと、第一審では、「生徒が公衆である演奏している自分自身に聞かせる目的で演奏している」などという文理的に無理のあるような解釈がなされたことなどが、あるのかもしれません。
他方で、生徒が演奏するのは適法で、教師が見本を演奏することは違法というのは一般人から見ると奇異に映る部分もあるかもしれません。
また、そもそも完成された演奏ではなく、練習中のものに対して使用料を聴取することや、単に見本を見せるだけのコンサートを開くわけでもない演奏にお金を取ることが妥当なのかということ。
さらに言えば文化的な価値を継承する観点から見て、私企業によるものといえども教育的・公益的なもので違法とするべきではないのではないか、著作権を委託する音楽家の方からしてもこれが本当に望む結論なのか等、 この紛争に関してはさまざまな議論を巻き起こしています。
われわれ法律家の立場からは、通常、知財高裁の判決は知的財産権に関し、かなり権威のある判断であるとの感覚があり、そのために今回の判断にも注目していたのですが、この結論は少々中途半端であるようにも思えます。
もし最高裁への上告があれば、さらに異なった判断が出る可能性があり、そのため今回の判決がどのように社会的に影響を及ぼすのかについての言及は避けたいと思います。ただ、皆さまには今回の判決についてぜひ知っていただき、その意味や著作権制度の意義、現行の著作権法の改正の要否等、われわれと共に考えていたけたら幸いです。
第1 争点
第2 判決内容
1 東京地裁判決(令和2年2月28日)の内容
原判決は、確認の利益を認めた(争点1)上で、①音楽教室事業者である原告らは、音楽著作物である被告管理楽曲の利用主体である、②教室内にいる生徒は「公衆」である、③教師は、著作権法22条にいう「公衆」である生徒に対し、生徒は、「公衆」である他の生徒または演奏している自分自身に対し、「直接(中略)聞かせることを目的」として演奏をしている(争点2・3)、④2小節以内の演奏であっても音楽著作物の利用であるとし(争点4)、⑤原告らの、演奏権の消尽(争点5)、実質的違法阻却事由(争点6)及び権利濫用(争点7)の主張をいずれも排斥し、被告の原告らに対する著作権侵害に基づく損害賠償請求権及び不当利得返還請求権のいずれの存在も認めて、原告らの請求をいずれも棄却した。
2 知財高裁判決の内容
(1)原判決をおおむね是認した内容
1著作権集中管理団体の功罪をめぐる論争について 知的財産法政策学研究 Vol.51(2018)
知財高裁は、上記争点のうち、争点1・4・5・6・7について、おおむね原判決を是認した。
(2)争点2・3についての判示内容
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