企業法務コラム
経営難・後継者不足・イグジットによる利益の獲得など、さまざまな目的からM&Aを検討する際、一つの選択肢となるのが「事業譲渡」という方法です。
事業承継の手法には多種多様なものがある中で、実際に採用する手続きを選択する場合は、各手続きの流れやメリット・デメリットを十分理解・比較したうえで判断することが大切です。
この記事では、事業譲渡を行うべきケース、手続きの流れやメリット・デメリットなどについて、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
事業譲渡とは、会社が営む事業の全部または一部を、他の会社に対して売却することをいいます(会社法第467条第1項)。
事業譲渡の特徴は、工場設備や在庫などの会社が所有する個々の有形資産だけでなく、従業員などの人材、取引先との関係、ノウハウなど、事業に関連する法律関係や無形資産などを一括して売却する点にあります。
そのため、事業譲渡の取引は複雑かつ大規模になるケースも少なくなく、事前に慎重な検討と契約交渉を必要とします。
なお事業譲渡は、その取引としての重要性に鑑み、原則として株主総会特別決議を経ることが必要です(譲渡する資産の帳簿価額が総資産額の5分の1以下である場合を除く)(会社法第309条第2項第11号)。
事業譲渡はさまざまな目的で行われますが、特に事業譲渡を行うことが望まれるケースとして、代表的なものは以下のとおりです。
企業が複数の事業を営んでいる場合、各部門の採算性がバラバラであるケースはよくあります。
特に、好調な部門と不採算部門が混在している場合には、不採算部門から生じる赤字を補填するために会社のキャッシュが使われてしまい、好調な部門への設備投資等を満足に行えないケースも少なくありません。
このようなケースでは、事業譲渡によって好調な部門と不採算部門を切り離して、好調な事業をさらに伸ばし、不調な事業は整理・清算する態勢を整えるのが望ましいでしょう。
企業の資金繰りが苦しい場合、事業譲渡によりビジネスをスリム化し、同時に譲渡対価としてのキャッシュを獲得することは、有力な解決策になり得ます。
苦境に陥った場合に廃業をしてしまうと、従業員の雇用も失われてしまいますし、経営者としての信用にも傷がついてしまいかねません。
そこで、廃業を避けるために、生き残りをかけた最後の施策として、事業譲渡を選択するケースがあります。
多くの中小企業において後継者不足が問題となる中、体力のある既存企業に事業を売却することで、苦労して築き上げてきた事業を存続させることも有力な選択肢となります。
この場合、既存企業に事業を買ってもらうという形で、事業譲渡が選択されるケースは少なくありません。
数あるM&A手法の中で事業譲渡を選択した場合、売り手・買い手の双方にとって、それぞれ以下のようなメリット・デメリットがあります。
事業譲渡と同様に、買い手に対して売り手の事業を承継するM&A手法としては、主に「会社分割」と「株式譲渡」があります。
これら2つの手続きと「事業譲渡」の間には、どのような違いがあるのでしょうか。
会社分割は、会社を2つに切り離し、そのうち片方を他の会社に吸収させるM&A手法です。
既存の企業に対して会社の一部を吸収させる「吸収分割」と、新会社に対して会社の一部を引き継がせる「新設分割」の2パターンが存在します。
会社分割の場合、既存の契約関係は売り手から買い手へ「当然承継」されます。
つまり、事業譲渡とは異なり、契約の承継に関して相手方の個別承諾を取得する必要がない点が、会社分割の特徴です。
その反面、会社分割の場合、事業譲渡に比べて非常に厳格な手続きが会社法において定められています。
株式譲渡は、売り手の保有する対象会社の株式を買い手が購入し、対象会社の経営権を移転させるM&A手法です。
株式譲渡の場合、必然的に対象会社全体を「買う」ことになるため、事業譲渡のように特定の事業だけを選んで購入することはできません。
その一方で、株式譲渡の場合、基本的には株式譲渡契約の締結・実行のみで取引が完結するため、手続きがシンプルというメリットがあります。
譲渡企業(売り手)から見た場合における、事業譲渡の一般的な流れ・手順は、以下のとおりです。
① 譲受人候補を複数選定
M&A仲介会社などを通じて、事業譲渡に関心を示す譲受人候補企業を複数リストアップしておきます。
② NDAを締結して情報交換
譲受人候補となった企業と秘密保持契約(NDA)を締結し、対象会社の状態や、大まかな売却条件の希望などについて情報交換を行います。
③ 譲受人候補を1社に絞って基本合意書を締結
売り手企業にとって好ましい条件を提示する譲受人候補企業があれば、その企業に譲受人候補を絞り、基本合意書を締結します。
基本合意書では、最終契約の締結に向けた独占交渉権を、譲受人候補企業に対して与えるのが一般的です。
④ デューデリジェンスへの協力
譲受人候補企業が実施するデューデリジェンスに、質問回答・実地調査・マネジメントインタビューなどを通じて協力します。
⑤ 事業譲渡に関する株主総会決議
事業譲渡に必要な機関決定として、株主総会の特別決議を行います。
⑥ 事業譲渡契約の締結・実行
売り手・買い手双方が合意した条件によって、事業譲渡の最終契約を締結し、契約で規定された事業譲渡日において取引を実行します。
契約内容は、基本合意書を締結する前後のタイミングから、契約交渉によって具体的に詰めていくことになります。
最後に、事業譲渡を行う際の主な注意点について解説します。
事業譲渡の取引を成功に導くためにも、手続きの細部まで気を配りましょう。
事業譲渡では、対象事業に関する契約を売り手(譲渡会社)から買い手(譲受会社)に引き継ぐ必要があります。
しかし、事業譲渡は「当然承継」ではないため、売り手と買い手の合意だけで契約を承継することはできず、相手方の個別承諾を得ることが必要です。
もし個別承諾を得られない場合、一部の契約が売り手企業のもとに残ってしまい、事業譲渡の目的を達成できないおそれがあります。
そのため、事業譲渡を行う際には、事前に取引先や従業員の承諾を得ておくことが大切です。
債務超過の企業が事業譲渡を行う場合、資産の譲渡が民法上の「詐害行為」に該当するとして、債権者から事業譲渡の取り消しを請求されてしまう可能性があります(民法第424条第1項)。
詐害行為取消権の主張を封じるためには、事業譲渡の対価を客観的かつ適切に設定することが重要です。
そのため、譲渡対価設定の前提となる企業価値の評価を、専門家に相談しながら適切に実施しましょう。
事業譲渡に伴い、従業員の一部を解雇する場合には、労働契約法上の「解雇権濫用の法理」(労働契約法第16条)に注意する必要があります。
経営不振を理由とする「整理解雇」の場合、裁判実務上、以下の4つの要件を満たすことが必要です。
① 人員整理の必要性
高度の経営危機により、解雇の差し迫った必要性が認められなければなりません。
② 解雇回避努力義務の履行
役員報酬の削減・新規採用の抑制・希望退職者の募集・配置転換・出向など、解雇の代替手段を十分に講じたと評価できることが必要です。
③ 被解雇者選定の合理性
合理的な選定基準を定めたうえで、その基準を公正に適用して被解雇者を選定する必要があります。
④ 解雇手続きの妥当性
労働者側に対する説明・協議・納得のプロセスを十分に経ていることが求められます。
事業譲渡に伴い従業員を解雇できるかどうかわからない場合には、一度弁護士にご相談のうえ、慎重な検討を行うことをおすすめします。
事業譲渡は大規模かつ複雑な取引になるため、準備段階から慎重に検討を進めることが大切です。
また、M&Aには他にもさまざまな手法が存在するので、自社のニーズに合った手法を適切に選択することも重要になります。
ベリーベスト法律事務所では、M&A専門チームにより、クライアント企業の状況に合わせて、手続き選択から契約交渉・事業譲渡の実行に至るまで、事業譲渡の手続き全般をサポートします。
事業譲渡を含むM&Aに関しては多数の実績がありますので、経験を生かしたハイレベルのサポートをご提供いたします。
事業譲渡によるM&Aをご検討中の企業経営者・担当者の方は、ぜひ一度ベリーベスト法律事務所にご相談ください
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