企業法務コラム
会社の役員の役職を決めるにあたってどのような名称にすればよいかで悩んでいる方もいるかもしれません。“会社の役員”と聞いて思い浮かぶ名称は、取締役、執行役員、執行役など、さまざまです。ぞれぞれ、どのような違いがあるのかよくわからず、困惑してしまうこともあるでしょう。
たとえば、執行役員とは、取締役の意思決定に従って会社の業務を執行する役員のことをいいます。しかし、会社法上の役員ではありません。
このように、会社の役員として認識されている名称は、法律で明確に定義されているものと、そうでないものとがあるため混乱が生じてしまうのです。
今回は、取締役と執行役員の違いや執行役員の導入手続などについてベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
取締役と執行役員とはどのような違いがあるのでしょうか。以下では、それらの違いについて説明します。
取締役とは、会社の業務執行に関する意思決定を行う役員のことをいいます。取締役は、会社法によって定められている役員であり、株式会社では必ず設置しなければならない機関のひとつです(会社法326条1項)。
執行役員とは、取締役の代わりに会社の業務を執行する役員のことをいいます。執行役員は、取締役に業務が集中してしまい迅速な業務執行に関する意思決定ができないという事態を回避するために、取締役が決定した方針に基づき、会社の業務を行うために設けられた役職です。
執行役員は、取締役のように会社法上の定義がある役職ではありませんので、執行役員という役職を設けるかどうかは各企業の裁量に委ねられています。常務執行役員やCEO、COOなどという役職も聞いたことがある方もいるかもしれませんが、それらも執行役員と同様に法律上の定義がある役職ではありません。
執行役員は、役員という名称ですが、取締役などの役員とは異なり、会社との間で雇用契約を締結している従業員であることが多いです。取締役と執行役員とは、会社に雇われているか否かという点で大きな違いがあります。
会社法上の役員とは、株主総会で選任された取締役、監査役、会計参与を指します。しかし、法人税法上の役員は、法人の所得計算にあたっての実効性を確保するという目的から、会社法上の役員よりも広い範囲の役員を含むものになります。具体的には、以下の範囲の役員が法人税法上の役員に含まれることになります。
① 通常の役員
取締役、執行役、監査役、会計参与、理事、監事および清算人
② 通常のみなし役員
法人の使用人以外の者でその法人の経営に従事している者
③ 同族会社のみなし役員
同族会社の使用人のうち、特定株主などに該当する者で、その会社の経営に従事している者
「取締役」、「執行役員」に類似したものとして「執行役」というものがあります。執行役と取締役・執行役員とはどのような違いがあるのでしょうか。
執行役とは、指名委員会等設置会社において業務執行及び取締役会から委任された業務執行の決定を行う役員のことをいいます(会社法402条1項、418条)。委員会設置会社を導入する場合には、指名委員会、監査委員会、報酬委員会という3つの委員会を置かなければなりません。そして、指名委員会等設置会社においては、取締役は、業務執行を行わず、取締役に代わって業務執行を担う役員として執行役が置かれます。
指名委員会等設置会社を導入する目的としては、業務執行者に対する監督機能を強化とともに、機動的な会社経営を可能にすることにあります。会社の規模が拡大してくると役員の数が増加し、取締役が取り扱う事項が増え、迅速な意思決定が困難になります。また、代表取締役と取締役が部下と上司の関係にあるなどして適切な監視ができないなどの問題があります。
そこで、経営と監督とを制度上分離し、前者は基本的に執行役に任せ、執行役の業務執行に対する取締役の監督機能を強化したものが指名委員会等設置会社です。
執行役と執行役員は、ともに会社の業務執行を担うという役割がある点で共通しますが、執行役は、会社法で定められた機関であるのに対して、執行役員は、会社法上の定めがない従業員であるという違いがあります。
また、前述のとおり、指名委員会等設置会社では、取締役には、業務執行の権限はなく、取締役は経営の監督を行います。このように、指名委員会等設置会社においては、執行役が業務執行を担当し、取締役は、経営の監督を行うという役割の違いがあります。
執行役員制度を導入することによってどのようなメリットとデメリットがあるのでしょうか。
執行役員制度を導入することによって以下のようなメリットがあります。
① 取締役の負担の軽減
会社の規模が拡大してくると、取締役が扱うことになる事項が増えてきます。そのような状態で業務執行と意思決定の双方を取締役が担うことになると取締役としては相当な負担となります。執行役員制度を導入することによって、取締役は、経営に関する重要な意思決定に専念することができますので、取締役の負担を軽減することができます。
また、執行役員に業務執行を委ねることによって、取締役は、執行役員の業務執行を監督することができますので、取締役の監督機能を強化することにもつながります。
② 迅速な意思決定の実現
組織が大きくなってくると、現場の従業員と取締役との距離ができてしまい、現場の従業員の声を聴きながら臨機応変に対応することが難しくなります。しかし、執行役員は、一般的に業務執行に関する権限を持つ従業員ですので、現場の従業員の声を聴きながら、その声を実際の業務執行に反映させることが可能になります。
現場の声が取締役に届くまでに時間がかかってしまうと重要なビジネスチャンスを逃してしまうおそれもありますが、執行役員を導入することによって、迅速な意思決定を実現することが可能になります。
③ 優秀な人材の確保
取締役のポストは、会社ごとに数が決められていますので、たとえ優秀な人材がいたとしても、取締役のポストが空かなければ任命することができません。しかし、執行役員は、会社法上の機関ではありませんので、企業が定款変更などの手続きを経ずに取締役会決議等で設置することができるものです。そのため、優秀な人材がいる場合には、執行役員のポストに任命して、必要な経験を積ませたり、活躍する場を提供することによって、後任の育成にもつながるといえます。
執行役員制度を導入することによって以下のようなデメリットがあります。
① 立場が不明確
執行役員制度は、会社法上の制度ではないため、「役員」という名称が付いているにもかかわらず、実際には、単なる従業員にすぎないという場合もあります。取締役と執行役員との権限の違いが不明確になってしまうと現場の従業員に混乱が生じることがあります。
そのため、執行役員制度を導入するにあたっては、役職の形骸化や現場の従業員の混乱を避けるために執行役員の権限を明確にする必要があるといえます。
② 組織の複雑化
執行役員制度を導入することによって、取締役とは別のポストが生まれることになります。執行役員のポストを増やしすぎると、執行役員の意思決定や執行役員同士の連携が複雑化することになり、迅速な業務執行を阻害してしまうことがあります。
また、権限が分化していくと取締役が意思決定するに際しても、各執行役員の意見を聞き、連携を取りながら進めていかなければならなくなるため、迅速な意思決定を阻害してしまうこともあります。
執行役員制度の導入を検討している場合には、以下のようなプロセスを踏んで進めていくとよいでしょう。
① 契約形態
執行役員の契約形態としては、雇用型と委任型の2つに分けられます。雇用型の場合には、通常は会社に雇用されている従業員の中から執行役員にふさわしい人材を選任することになります。他方、委任型の場合には、取締役と同様に会社と委任関係にありますので、独立性や専門性が求められ、比較的業務の裁量が広いという特徴があります。
② 任期
執行役員の任期は、企業によってさまざまです。1年という企業もあれば、任期を定めていないところもあります。どのような任期にするかについては、各企業の実情を踏まえて決めていくとよいでしょう。
ただし、雇用型の場合には、就業規則が適用されますので、定年制が採用されている企業では、定年によって従業員としての地位だけでなく執行役員としての地位も失うことになります。
③ 勤怠管理
雇用型の場合には、他の従業員と同様に勤怠管理を行う必要があります。執行役員に選任したからといって、直ちに管理監督者性が認められるわけではありませんので、残業代の支払いについては注意が必要です。
委任型の場合には、労働基準法の適用はありませんので、勤怠管理の必要はありません。
ただし、実態が従業員と変わらない場合には、委任契約を締結している場合でも労働基準法が適用される場合もありますので、注意が必要です。
④ 給与
雇用型の場合には、執行役員に対する報酬については、他の従業員と同様に給与として支給されます。執行役員として業務執行に従事することになりますので、他の従業員よりも高額な給与を支給されるのが一般的です。
委任型の場合には、給与ではなく役員報酬として支給されるのが一般的です。
⑤ 社内規定の整備
雇用型の場合には、執行役員であっても他の従業員と同様に労働基準法や就業規則が適用されます。そのため、執行役員規定を作成する場合には、労働基準法を踏まえた内容で作成する必要があります。
執行役員は、取締役や執行役のような会社法上の機関ではありませんので、選任にあたって、必ずしも会社法上の制約を受けるわけではありません。しかし、執行役員は、業務執行を担当する役員ですので、「重要な使用人」として取締役会決議が必要となる場合が多いでしょう(会社法362条4項3号)。
執行役員制度については、法律上の制限はなく、企業の裁量で自由に導入することができます。
しかし、執行役員制度の導入にあたっては、上記のように決めなければならない事項が多く存在しますので、適切な規定を整備しなければ、企業と就任した執行役員との間でトラブルが生じてしまうことがあります。また、執行役員制度を導入しようと考えている企業では、どのような制度設計にするかで迷うことも多いと思います。そのような場合には、専門家である弁護士に相談をすることをおすすめします。
弁護士に相談をすることによって、執行役員制度の設計から各種規定の整備まで適切に進めていくことができます。制度を導入したものの形骸化してしまったということのないように、専門家に相談をしながら進めていくことが重要です。
執行役員制度を導入することによって、迅速な意思決定が可能になるなどのメリットがあります。執行役員制度を導入する際には、契約形態などの取り決めや社内規定の整備が必要になってきます。執行役員の権限を明確にしておかなければ、ポストの形骸化につながり、執行役員制度のメリットを享受することができませんので注意しましょう。
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