労働時間が長くなるほど健康に害を及ぼすリスクが高まることは、広く知られています。厚生労働省も、時間外労働が一定の時間数を超えると、業務と発症との関連性が強いと認められるとして「過労死ライン」を定め、公表しています。
企業としては、従業員を過労死から守るために過労死ラインを守ることが重要です。ただし、時間外労働の時間数が過労死ラインに達しない場合でも、過重な労働による健康障害のリスクがあることにも注意しなければなりません。
そこで今回は、過労死ラインに当たる労働時間数や、過労死ラインを超えていない場合でも注意すべきこと、時間外労働を減らす方法などについてわかりやすく解説します。
過労死ラインとは、時間外労働によって健康障害や死亡のリスクが高まると考えられる時間数の目安のことです。
厚生労働省は、過労死等に関する労災認定基準において、以下の目安を掲げています。
このうち、上2つの基準は特に危険性が高いものとして一般的に知られていることもあり、「月100時間」や「月80時間」が過労死ラインといわれることが多いです。
ここでは、厚生労働省が示した目安について、さらに具体的に解説します。
厚生労働省は、労働時間が疲労の蓄積をもたらすもっとも重要な要因と考えられることから、1か月間におおむね100時間を超える時間外労働があった場合には、業務と健康障害や死亡との関連性が強いとしています。
月100時間の時間外労働というと、1か月の出勤日数が22日として、休日出勤がないとすると、毎日4~5時間の残業をすることになります。このような状態が1か月続くと、
過労死等のリスクが大きいということです。
2~6か月平均で月80時間を超える時間外労働があった場合も、業務と健康障害や死亡との関連性が強いとされています。
ここでいう「2~6か月」とは、発症前の2か月、3か月、4か月、5か月、6か月のことを指します。このすべての期間において、時間外労働が1か月平均で80時間を超えると、過労死等のリスクが大きいということになります。
1か月当たりの時間外労働が45時間を超えた場合は、時間外労働時間が長くなるほど、業務と健康障害や死亡との関連性が徐々に強まるとされています。
発症前1~6か月間にわたって、1か月当たり45時間を超える時間外労働がなければ、業務と健康障害や死亡との関連性は弱いとされています。ただし、「関連性が弱い」と評価されるだけであり、「過労死等のリスクはない」とされているわけではないことに注意が必要です。
労働時間に関する以上の基準は、あくまでも目安に過ぎません。業務と健康障害や死亡との関連性は、労働時間の他にも業務量や業務内容、作業環境など、さまざまな要因を総合的に考慮して判断すべきです。
問題社員のトラブルから、
時間外労働の時間数が「月100時間」や「月80時間」といった過労死ラインを超えていない場合でも、過労死等のリスクはあります。従業員を過労死等から守るためには、時間外労働の他にも、以下の点に注意すべきです。
勤務時間が不規則であると労働者の心身に大きな負荷がかかり、過労死等につながるおそれがあります。具体的には、次の6つの要因に注意しましょう。
① 拘束時間が長い
実労働時間数が適正な範囲内であっても、拘束時間が長いと従業員に疲労が蓄積しやすくなります。
拘束時間とは、労働時間だけでなく休憩時間や待ち時間なども含めて、使用者に拘束されている時間のことであり、始業から終業までの時間のことです。
業務の性質上、拘束時間が長くなりがちな職種では、特に時間外労働の削減に努めて、できる限り拘束時間を抑える必要があるでしょう。
② 休日がない
1日当たりの労働時間が適正な範囲内であっても、休日がないまま勤務が続くと従業員に疲労が蓄積しやすくなります。
労働基準法第35条では、原則として週に1回以上(同条第1項)、または4週間に4日以上(同条第2項)の休日を与えなければならないとされています。
シフトの組み方によっては最大48日の連続勤務でもそれだけで違法にはなりませんが、厚労省の解釈例規でも、「第一項が原則であり第二項は例外であることを強調し徹底させること。」とされていますので(昭和22年9月13日)(発基第一七号)、なるべく7日ごとに1日以上の休日を与えた方がよいでしょう。
③ 勤務間インターバルが短い
勤務間インターバルとは、終業から次の勤務の始業までの休息時間のことです。勤務間インターバルが短いと従業員は疲労を十分に回復させることが難しくなり、その結果、疲労が蓄積しやすくなります。
就業規則等で終業から次の始業までの休息時間を確保することを定める「勤務間インターバル制度」の導入については、労働時間等の設定の改善に関する特別措置法第2条で事業主の努力義務とされています。
そして、厚生労働省は9〜11時間以上の勤務間インターバルを導入した企業には助成金を給付することとして、制度の導入を推奨しています。
したがって、最低でも9時間は勤務間インターバルを確保するように努めた方がよいでしょう。
④ 不規則な勤務
ここでいう「不規則な勤務」とは、予定された始業・終業時刻が変更される勤務のことであり、シフト制勤務が代表例です。
シフト制を採用している職場では、従業員が一定の生活リズムを保ちにくいことから、疲労が蓄積する可能性があります。そのため、勤務が不規則となりがちな職場においては、できる限り一定のリズムを保ってシフトを組むように努め、一勤務の時間や連続勤務の日数なども適正な範囲内に抑えるように検討した方がよいでしょう。
⑤ 交替制勤務
交替制勤務とは、予定された始業・終業時刻が日ごと、週ごと、月ごとで異なる勤務のことです。2交替制や3交替制の勤務を採用している職場も少なくないことでしょう。
日勤から夜勤に交替する際や、逆に夜勤から日勤に交替する際には、従業員の心身に大きな負荷がかかりやすいです。その結果、疲労が蓄積する可能性があります。
交替制勤務を採用する場合も、一勤務の時間や連続勤務の日数などが長くなりすぎないように心掛け、一勤務中の休憩の時間数と回数にも配慮した方がよいでしょう。
⑥ 深夜勤務
深夜勤務とは一般的に午後10時から翌午前5時までの間に就労することを指します。夜勤に限らず、日勤でも終業時刻が午後10時を越えたり、始業時刻が午前5時より前であったりして、夜間に十分な睡眠をとることが難しい勤務は、ここでいう「深夜勤務」に該当します。
深夜勤務を採用する場合も、一勤務の時間や連続勤務の日数などが長くなりすぎないように心掛け、一勤務中の休憩の時間数と回数にも配慮した方がよいでしょう。
出張など、業務に伴う移動も従業員に疲労を蓄積させる大きな要因となります。
事業場外における移動を伴う勤務を命じる際には、主に以下のようなポイントに着目して従業員の疲労度に配慮しましょう。
業務に伴う心理的負荷については、「業務の内容」と業務に関する「具体的出来事」の両面から、負荷の程度を総合的に評価する必要があります。
「業務の内容」については、主に、業務に伴う危険性の度合いや業務量、達成の困難性、当該従業員の適応能力や社内での立場などを考慮しましょう。
業務に関する「具体的出来事」としては、主に、事故や災害、仕事の失敗、過重な責任の発生、対人関係、ハラスメント問題などを考慮しなければなりません。
業務に伴う身体的負荷については、まず、作業の種類や強度、作業量、作業時間、歩行や立位を伴う状況など、業務内容から生じる負荷の程度に配慮しましょう。
それだけでなく、たとえば事務職の従業員が激しい肉体労働を行う場合など、当該従業員が日常の業務と質的に著しく異なる業務を行う場合には、その相違の程度にも配慮しなければなりません。
短期間であっても、日常業務と比較して身体的、精神的に特に過重な負荷が生じる業務に従事した場合には、過労死等を引き起こすリスクがあるといえます。
ここでいう「短期間」とは、発症前おおむね1週間を指します。過重業務に該当するかどうかは、業務量や業務内容、作業環境等を考慮して、同種の業務に従事する一般的な労働者にとって、身体的、精神的に特に過重な負荷がかかる業務といえるか、客観的かつ総合的に判断することが必要です。
作業環境については、主に温度環境と騒音に注意が必要です。
温度環境については、暑さ・寒さの程度や、防寒・防暑衣類の着用の状況、激しい温度差がある場所への出入りの頻度、水分補給の状況等に配慮しましょう。
騒音については、おおむね80dbを超える騒音は労働者への負荷が大きいとされています。音量の他にも、騒音にさらされる時間や期間、防音保護具の着用状況等を考慮することも必要です。
過労死のリスクとなる要因は労働時間の長さだけではありませんが、長時間労働が常態化している職場では、時間外労働を減らすことが過労死の防止に大きく役立つことは間違いありません。
ここでは、時間外労働を減らすための有効な方法として、次の5つを紹介します。
まずは社内の業務フローを洗い出し、今よりも効率よく業務を処理することができないかを見直してみましょう。
不要な作業をカットしたり、作業の進め方を改善したりするだけでも、職場全体の労働時間を短縮できることは少なくありません。どの作業を誰に任せるかを見直すかによっても、作業スピードを向上できる可能性があります。
業務フローを見直すとともに、従業員の就業状況の実態を把握することも、時間外労働を減らすために欠かせません。
勤怠管理を徹底するためには、タイムカードやICカードなどで従業員の労働時間を正確に把握することを前提として、サービス残業や無断残業が生じていないかを確認しましょう。
全従業員に対して一律の働き方を強いるのではなく、フレックス制やリモートワークなどの柔軟な働き方を推奨することで、業務の効率が向上し、時間外労働を削減できる効果も期待できます。
従業員ごとのニーズに応じた働き方を認めることで、精神的ストレスの軽減も期待できるので、過労死のリスク抑制に大きく役立つことでしょう。
有給休暇を計画的に取得させることは、それだけでも従業員の疲労回復に役立ちますが、時間外労働の削減に役立つ側面もあります。
従業員が疲労を蓄積させたまま日々の業務を続けていると、作業効率が低下し、時間外労働が増え続けるという悪循環に陥ることにもなりかねません。しかし、計画的に休暇を取ってリフレッシュすれば効率よく業務を処理できるようになるので、時間外労働の削減が期待できるのです。
過労死を防止するためには、会社側が従業員からのSOSに気づく仕組みを作るのも重要なことです。
経営陣が「これくらいは大丈夫」と考える業務量や業務内容でも、従業員の心身に大きな負荷がかかっていることは少なくありません。従業員が辛いと感じていても、業務命令としての残業は基本的に拒否できないので、長時間残業によって疲労を蓄積させてしまうおそれがあります。
追い込まれた従業員からSOSを出してもらうためにも、気軽に相談できる窓口を設置しましょう。相談窓口は社内に設置するのもよいですが、弁護士の事務所など社外の相談窓口と連携した方が、従業員にとっては相談しやすいとも考えられます。
過労死を防止するために労働時間を適切な範囲内に抑えることは、企業の義務です。万が一、過労死が発生すると、企業は民事上の損害賠償請求を受けるだけでなく、刑事罰を科せられたり、企業イメージの低下による業績悪化を招いたりするおそれもあります。
従業員を過労死から守るためにも、企業の健全な経営を維持するためにも、労働時間の問題については弁護士へご相談ください。
ベリーベスト法律事務所では、企業法務の経験が豊富な弁護士が多様な専門チームを構成していますので、あらゆる業種・分野のご相談に対応可能です。全国からご相談可能ですし、オンラインや電話によるご相談にも対応しております。
過労死や労働時間の問題で不安を抱えている企業の担当者の方は、お気軽に当事務所へご相談ください。
問題社員のトラブルから、
過労死ラインと呼ばれる時間外労働時間数の目安は、「月100時間」および「2か月~6か月平均で月80時間」です。
ただし、このラインを超えない場合でも、さまざまな要因によって過労死のリスクが高まることもあります。
過労死が発生してしまうと、従業員やその遺族はもちろんのこと、企業にも大きなダメージが生じます。長時間労働が常態化しているなら、早めに時間外労働を減らす対策をとる必要があるでしょう。
企業法務に強い弁護士へ相談すれば、過労死防止対策について丁寧なアドバイスが期待できます。不幸な結果が生じる前に、速やかにお問い合わせください。
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