オフィス物件の賃貸借契約が終了して賃借人が退去する際、トラブルになりやすいのが原状回復をめぐる問題です。
たとえば、長年賃借していた物件で、壁のクロスや日焼け跡が生じていた場合、賃貸人は「貸したときには新品だったので、新品の状態まで回復させてもらいたい」と考え、賃借人は「自分に落ち度はないのだから、修復の必要はない」と考えるかもしれません。
このような双方の認識のズレが、トラブルに発展することがあります。また、オフィス物件においては、テナントによって内装等が大きく変更されることがあり、退去の際に修復工事をめぐってトラブルになることも少なくありません。
本記事では、オフィス物件の原状回復の範囲や契約上重要なポイントを、弁護士の視点から詳しく解説します。
賃貸借契約が終了した際に賃借人が負う原状回復義務とは、物件を“原状”に戻して賃貸人に返還する義務をいいます。原状回復の内容としては、以下のようなものが挙げられます。
賃貸借契約において、賃借人は、賃借物を善良な管理者の注意をもって賃借物を管理しなければならず(民法400条参照)、賃借人の善管注意義務違反によって賃借物が毀損された場合は、賃借人が毀損部分を修復しなければなりません。
それでは、日照による壁のクロスの変色や、机を置いていた箇所のカーペットのへこみ等賃借人の使用方法に善管注意義務違反がないような場合ではどうでしょうか。
民法では、賃借人の原状回復義務として、以下のように定められています。
賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。(民法621条本文)
すなわち、賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた「損傷」について、契約終了時に、「原状」(すなわち“賃借物を受け取ったときの状態”)に回復させる義務を負いますが、民法の原則では、「通常の使用」による損耗や「経年変化」は原状回復義務の対象から除かれています。
しかし、この規定は任意規定とされており、不動産会社や賃貸会社は、これと異なる特約(一般に「通常損耗補修特約」といわれます。)を締結することも可能です。
また、オフィスなどの事業用物件においては、レイアウトや内装が大きく変更されることが多く、原状回復の範囲は契約内容によって詳細に定められることが一般的です。そのため、賃貸借契約時には、契約内容を丁寧に検討することが大切です。
前述のとおり、民法の原則では原状回復義務の対象外とされる通常損耗や経年劣化部分について、賃借人に原状回復義務を負担させる特約は可能とされています。では、これらについて賃借人はどのような合意を行っていれば、原状回復義務を負うのでしょうか。
この点、最高裁判所平成17年12月16日判決は、通常損耗や経年劣化部分の原状回復義務が争われた事案において、賃借人に通常損耗についての原状回復義務について、以下のように判示しています。
この判例によれば、賃貸借契約において、単に「賃借人は通常損耗部分についても原状回復義務を負う」との規定があるだけでは、賃借人は当該部分の原状回復義務を負わないことになり、賃借人は保護される傾向にあります。
この判例は居住用物件に関するものであるところ、事業用物件にもこの判例が適用されるかが問題とされることがありますが、事業用物件にも適用されるとしている裁判例があります(大阪高裁平成18年5月23日判決)。
もっとも、明確な合意として認められる具体性の程度については議論の余地があり、個別の事実関係によって、異なる結論となる可能性もあります。
したがって、賃借人が原状回復義務を負う通常損耗の範囲が、判例で求められる程度に明確に定められているかについて、
オフィス物件を借りる立場としては、原状回復義務に関する具体的な内容について、賃貸役契約書の規定を慎重に確認することが重要です。
なお、原状回復をめぐっては、国土交通省が策定した「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」があり、法的拘束力はないものの、紛争解決や契約条項の解釈においては大きな役割を果たすものとされています。ただ、同ガイドラインは、居住用の賃貸住宅における原状回復に関するトラブルを防止するために作成されたものであり、オフィス物件を含む事業用物件を対象としたものではないことに注意が必要です。
オフィス等の事業用物件における原状回復義務の範囲は、賃貸借契約に定められた特約によって大きく左右される可能性があります。契約を締結する際には、特に以下のような原状回復に関する条項をよく確認することが重要です。
もし、賃貸人から過剰な原状回復を求められた場合には、以下の対処法を検討する必要があります。
賃貸借契約書や重要事項説明書その他の資料を再度確認し、その内容を正確に理解することが重要です。契約書に「原状」がどのように定義されているか、「原状」について写真や動画が保存されているかどうか、原状回復として具体的にどのような内容が定められているか、通常損耗等の部分についてどう定められているかを確認しましょう。
契約書等の内容を踏まえ、賃貸人(管理会社)と交渉をします。賃貸人の主張がどのような法的根拠に基づいているのか、具体的かつ合理的な説明を求めます。また、賃貸人側が提示してきた原状回復費用の見積もりが高額であると感じた場合には、複数の業者から相見積もりを取得することも有用です。その上で、賃貸人に対して見積もりの根拠を示しながら、費用の減額交渉を行うことも考えられます。
交渉によっても解決が難しい場合には、裁判所に民事調停や申し立てることもひとつの手段です。調停では、裁判官や調停委員が間に入り、双方の主張を聞きながら、円満な解決を目指して話し合いが進められ、当事者間の合意による解決が期待できます。
調停での解決も難しい場合、最終的には訴訟で争うことになります。訴訟では、契約書の内容や賃貸借契約の経緯等具体的事実関係や証拠を踏まえ、裁判所が判決によって勝敗を決することになります。
賃貸人から過剰な原状回復をされた場合はもちろん、もし、賃貸人から、当初想定していなかった原状回復義務の履行を求められた場合や、賃貸人側の請求内容に少しでも違和感がある場合には、不動産や契約問題に詳しい弁護士に相談することを検討してください。
弁護士は賃貸借契約書や特約の内容を正確に理解し、裁判例の傾向等を踏まえ、本ケースにおける原状回復義務の範囲や、賃貸人との交渉を有利に進めるための戦略や紛争解決方針についてアドバイスをすることができます。
弁護士が代理人として交渉を行うことで、精神的負担や手間を軽減することができ、また、法的根拠を踏まえ適切な問題解決に向けて交渉することが可能です。
法的手続きが必要になった場合にも、適切な対応を依頼することができます。弁護士に依頼することで、法的書面の作成や出廷は弁護士が行うことになりますので、安心して手続きを進めることができます。
原状回復に関するトラブルは、専門的な知識が必要となる場合が多く、当事者間で解決することが難しいケースも少なくありません。できるだけ早い段階で弁護士に相談し、適切なアドバイスを受けることが、問題解決への近道となります。また、賃貸借契約の前に弁護士による契約書チェックを挟むことで、将来のトラブルを回避することも可能です。
ベリーベスト法律事務所では、顧問弁護士サービスをご提供しています。顧問弁護士サービスをご利用いただくことで、日常的な法律相談から紛争発生時の対応まで、継続的にサポートを受けることが可能です。ぜひ一度ベリーベスト法律事務所にご相談ください。
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