社内の規律に違反した従業員の減給処分を行う場合、「給料を30%カット」や「減給6か月」といった処分を下したいと考えることもあるでしょう。
しかし、減給処分には、法律で上限が定められています。上限を超えて減給をすると違法となり、対象社員から未払い賃金や損害賠償の請求を受ける可能性があるだけでなく、会社や担当者に罰則が適用されるおそれもあるため、注意が必要です。
そこで今回は、規律違反を犯した従業員に対する減給処分をお考えの経営者や担当者の方に向けて、以下の事項について分かりやすく解説します。
・ 減給の上限(限度額)に関する法律上のルール
・ 減給する金額の正しい計算方法
・ 減給処分に際して注意すべきその他のポイント
減給など従業員にとって不利益な処分は、労使のトラブルにつながりがちです。適正な処分を行うために、企業法務に強い弁護士へご相談ください。
減給には、以下のとおり、上限に関する法律上のルールがあります。
ひとつずつ、内容を説明します。
労働基準法第91条で、会社の就業規則において労働者に対する減給の制裁を定める場合の、減給できる金額の上限が定められています。
ここでいう「減給の制裁」とは、懲戒処分としての減給処分のことを指します。つまり、懲戒処分としての減給には、法律で上限が定められているのです。
後述しますが、懲戒処分としての減給以外の方法で減給する場合には、法律上、特段の上限は定められていません。
減給の上限の具体的な内容として、労働基準法第91条では、「1回の金額」と「総額」の両面について定められています。
減給の「1回の金額」は、平均賃金1日分の半額が上限です。
1日分の平均賃金が9000円の従業員の場合、1回の減給処分では9000円の半額にあたる4500円までしか差し引くことは許されません。
減給の「総額」は、一賃金支払期の賃金総額の10分の1が上限です。
複数の問題行為をした従業員に対しては、問題行為の数に応じて複数回の減給処分を行うことができますが、その総額にも上限が設けられているのです。
一賃金支払期とは、1回に支払う賃金額を計算するための算定期間のことです。月給制なら1か月、週給制なら1週間が一賃金支払期となります。
仮に、1日あたりの平均賃金が9000円の従業員が10件の問題行為を起こした場合、1回分の減給の上限は4500円なので、10回の減給処分を行うとすれば、その総額は4万5000円となります。
しかし、当該従業員の月給(一賃金支払期の賃金総額)が27万円だとすれば、減給総額の上限は、その10分の1にあたる2万7000円です。
本来なら当該従業員へ支給する給料から4万5000円(4500円×10回)を差し引けるはずですが、労働基準法第91条の上限ルールにより、一度に差し引けるのは2万7000円までとなるのです。
ひとつの問題行動につき減給できるのは1回のみであり、毎月繰り返して減給することは許されません。
報道などでは、「3か月間、給料の30%をカット」といった表現を見聞きすることもあると思いますが、このような懲戒処分は許されないということです。
このような懲戒処分は、会社との委任契約に基づき就任した取締役や、労働基準法が適用されない公務員に対して行うことが可能な処分です。雇用契約に基づいて働く労働者に対しては、「3か月」や「6か月」というように、連続して減給することはできません。
先ほど掲げた月給27万円、減給総額2万7000円の労働者のケースでは、減給処分を行う最初の月に2万7000円、翌月に1万8000円(合計4万5000円)を差し引けば、それで減給処分は終了です。
問題社員のトラブルから、
それでは、労働基準法第91条の上限規制に違反しない減給の計算方法について、事例を挙げて解説します。
このケースで、Aに対して行いうる減給の金額を計算していきましょう。
まずは、問題行動1件に対する1回分の減給額を計算します。
1回分の減給の上限は、平均賃金1日分の半額までです。
ここでいう「平均賃金」とは、直近3か月間に当該労働者へ支払った賃金の総額を、その期間の総日数で割った金額のことを指します(労働基準法第12条第1項本文)。
「賃金」は、税金や保険料等を控除する前の支給総額のことを指します。基本給だけでなく、残業代などの割増金や各種手当も含まれますが、賞与、見舞金や私傷病手当など臨時に支払われるものは含まれません。
「直近3か月間」の期間は、賃金締切日がある場合には直前の賃金締切日から起算します(同条第2項)。
今回のケースでは、7月25日に減給処分を行うため、「直近3か月間」は4月~6月となり、総日数は91日(30日+31日+30日)です。
この期間中にAへ支払った賃金総額は、81万9000円だったとしましょう。
そうすると、「平均賃金1日分」は9000円(81万9000円÷91日)となり、1回分の減給の上限は、その半額にあたる4500円となります。
ただし、平均賃金は賃金の最低保障額以上でなければなりません(労働基準法第12条第1項但し書き)。賃金の最低保障額は、次の計算式で算出します。
「直近3か月間の賃金総額」÷「直近3か月間に労働した日数の総勤務日数」×0.6
Aの4月~6月の総勤務日数が66日だとすると、賃金の最低額は7445円です。
今回のケースで、原則的な計算式による平均賃金は9000円なので、「賃金の最低保障額」を上回っており、問題ありません。もし、原則的な計算式による平均賃金が「賃金の最低額」を下回っている場合は、「賃金の最低額」を平均賃金として、減給額の計算をする必要があります。
結局、今回のケースでは、1回分の減給の上限は原則どおり、4500円です。
Aには10件の問題行動があり、一度に10回の減給処分を行うとなると、総額4万5000円(1回4500円×10回)の減給となりそうです。
しかし、減給総額の上限は、一賃金支払期における賃金の総額の10分の1までです。
Aに対して6月(一賃金支払期)に支給した賃金総額が27万円だとすると、減給総額の上限は2万7000円(27万円×1/10)となります。
したがって、7月25日にAへ支給する給料から差し引ける金額は、2万7000円が上限です。2万7000円を超えて減給すると、労働基準法第91条違反となります。
懲戒処分が複数あることにより、上限を超えたために差し引ききれなかった分については、次の賃金支払期に持ち越すことができます。
したがって、7月25日の給料日に差し引ききれなかった1万8000円(4万5000円-2万7000円)は、8月25日の給料日に差し引くことが可能です。
ひとつの問題行動につき減給できるのは1回のみなので、今回のケースは以上で減給処分が終了となります。9月以降も引き続き減給することはできません。
理論上は、多数の問題行動があれば減給総額が大きくなるため、3か月以上にわたって一定の金額を差し引き続けることもあり得ます。
しかし、それほど多数の問題行動があるケースは、通常、減給よりも重い懲戒事由に該当すると考えられます。そのため、一般的な会社員に対して「減給3か月」や「減給6か月」といった減給処分を行うことは、まずないといえます。
懲戒処分として減給処分を行う場合は、上限規制以外にも、懲戒処分を行う際のルールを守るために、以下のポイントに注意する必要があります。
各ポイントについて、内容をみていきましょう。
懲戒処分という従業員にとって不利益な処分を行うためには、あらかじめ就業規則に根拠規定を設けておかなければなりません。
懲戒処分を行う旨だけではなく、処分の種類と、各処分に該当する事由も記載しておく必要があります。
もし、「減給」を行うことがある旨と、減給処分に該当する事由が記載されていなければ、懲戒処分としての減給処分を下すことはできません。
次に、減給処分事由に該当する問題行動があったことを、客観的に立証できる証拠を確保することも重要です。
誤った事実判断に基づき懲戒処分を行うと、処分が無効となり、対象従業員から未払い賃金や損害賠償を請求され、裁判に発展するおそれもあります。
対象従業員の言い逃れを許さないためにも、まずは事実調査を徹底し、併せて証拠も確保しておきましょう。
懲戒処分は、対象従業員の問題行動の性質や態様、その他の事情に照らし、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、使用者の権利懲戒権の濫用にあたり、無効となります(労働契約法第15条)。
つまり、問題行動の内容や程度に比して重すぎる懲戒処分はできないということです。
たとえば、軽微なミスを数回しただけの従業員に対して、いきなり減給処分を行うのは重すぎて無効となる可能性が高いといえるでしょう。
問題行為の内容や背景を考慮して、減給処分を行うことが社会通念上相当といえるかどうかを確認しましょう。
懲戒処分は労働者にとって不利益な処分なので、適正な手続きを踏んで行う必要があります。
特に、一方的に事実を決めつけて処分を行うとトラブルになりやすいので、対象従業員の言い分を聞くために弁明の機会を与えることが重要です。
その他にも、たとえば「懲罰委員会を開催して処分の要否・内容を決める」など、就業規則で手続きの内容が定められている場合は、その手順を守らなければなりません。
労働基準法第91条で定められた上限を超えて、減給したい場合もあることでしょう。そんなときは、以下の方法によることが考えられます。
これらのケースでは、減給の上限規制が適用されません。それぞれ、具体的な内容をみていきましょう。
従業員と話し合って合意すれば、基本的には自由に減給することが可能です。
この方法であれば、従業員の能力不足や、会社の経営状況の悪化など、懲戒事由に該当しない場合でも減給することができます。
ただし、最低賃金法で定められた最低賃金を下回る減給は、当然ながらできません。
また、従業員に対して執拗に減給を迫ったような場合は、形式的に合意があったとしても、その合意は真意に基づくものではないとして無効と判断されることがあります。
社会通念上相当とは認められないほど大幅に減給した場合も、使用者の権利濫用として減給が無効と判断される可能性があることにも注意が必要です。
問題行動の内容や程度が重い場合は、減給よりも一段階重い「出勤停止」の懲戒処分の事由に該当することもあるでしょう。
出勤停止処分を行えば、対象従業員が出勤しない日については「ノーワーク・ノーペイの原則」により無給とすることができます。その結果として、減給することが可能です。
ただし、出勤停止も懲戒処分の一種なので、就業規則に根拠規定があることを前提として、証拠の確保や適正な手続きを踏むことなどのポイントに注意しなければなりません。
問題行動の内容や程度がさらに重い場合には、出勤停止よりも一段階重い「降格」の懲戒処分の事由に該当する可能性もあります。
社内のポストによって基本給や手当などに待遇差がある場合は、降格処分に伴い減給することが可能です。たとえば、部長職に従事していた従業員を課長職に降格すれば、その結果として減給することになるでしょう。
ただし、降格も懲戒処分の一種なので、就業規則に根拠規定があることを前提として、証拠の確保や適正な手続きを踏むこと、降格による減給額の相当性について慎重に検討することなどのポイントに注意しなければなりません。
ここまで解説してきたように、減給にはいくつかの方法があり、上限規制が適用される方法と適用されない方法とがあります。
上限規制が適用される方法をとるときは、労働基準法第91条に違反しないように、減給額を正確に計算しなければなりません。
上限規制が適用されない方法をとる場合でも、減給はあくまでも社会通念上相当な範囲内で行わなければ、無効となるおそれがあります。
このように、減給の上限には複雑な問題があるので、気になるときは弁護士に相談することを強くおすすめします。
企業法務に強い弁護士のサポートを受けることで、状況に応じて適切な減給方法を選択し、法律上のルールを守って適正に処分することが可能となるでしょう。
ベリーベスト法律事務所には、企業法務の実績が豊富にございます。減給や懲戒処分をはじめとして、労使のトラブルに関するあらゆる法律問題について、親身にサポートいたします。
初回相談30分を無料で受け付けていますので、減給の上限が気になるときは、お気軽にお問い合わせください。
問題社員のトラブルから、
従業員の不祥事などで減給処分が相当な場合でも、上限のルールを守り、減給額を正しく計算しなければ無効となるおそれがあります。
減給処分が無効となった場合は、対象従業員から未払い賃金や損害賠償を請求されたりして、さらなるトラブルに発展することにもなりかねません。
問題行動を起こした社員に適切に対処し、企業の健全な経営を維持するためにも、減給の問題については企業法務に強い弁護士に相談し、サポートを受けた方がよいでしょう。
社内の規律に違反した従業員の減給処分を行う場合、「給料を30%カット」や「減給6か月」といった処分を下したいと考えることもあるでしょう。しかし、減給処分には、法律で上限が定められています。上限を超え…
従業員が無断欠勤を続けている場合、会社の業務に支障をきたすため、解雇をひとつの選択肢として検討されている会社もあるかもしれません。しかし、解雇には厳しいルールが設けられており、従業員が無断欠勤をした…
企業から労働者に対する賞与の支給は、法的な義務ではありません。賞与の有無および支給額の算出方法などは、企業が独自に定めることが可能です。ただし、賞与の定め方によっては支給義務が生じるため、一方的に減…
お問い合わせ・資料請求