企業法務コラム
各企業に対し、職場における「パワハラ防止対策」を義務付ける法改正※が参議院で可決、成立しました。この法律が施行されるまでに、各企業はパワハラ防止法の内容を理解して対応できる体制を整えておく必要があります。
本コラムでは、パワハラ防止法の内容や施行時期、罰則の有無や企業が今から行っておくべき施策などを含め、弁護士が解説いたします。
※労働施策の総合的な推進並びに従業員の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(以下「労働施策総合推進法」といいます。)第30条の2から第30条の8など。以下では、パワハラ防止対策に関係する規定をまとめて「パワハラ防止法」といいます。
そもそもパワハラ防止法とはどのような法律なのでしょうか?
パワハラ防止法は、各企業に対して事業所内におけるパワーハラスメントを防止するための措置を義務づける法律です。
パワハラ防止法においては、次のような措置等が義務付けられました。
このような法律上の規定だけ見ると分かりにくいかもしれませんが、①は、パワハラ防止法にいう「パワハラ」を「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」と定義しつつ、そうした言動があったことについて従業員から企業が相談を受けた場合には、適切に対応できるような体制等を整えておかなければならないことを定めたものです。
②は、パワハラについて相談を行った従業員への不利益な取扱いの禁止を規定し、③は、パワハラに当たる言動を行ってはならないことそれ自体やそのような言動に起因する問題(優越的言動問題)に対して従業員が関心と理解を深め、また、他の従業員に対する言動について注意を払うように研修を実施することなどを求めたものです。
④は事業主(企業の役員)も優越的言動問題に対する関心と理解を深め、従業員に対する言動に注意を払うようにとの努力義務を課しています。
パワハラ防止法の施行時期は、大企業については2020年4月、中小企業については2022年4月との報道もあるようですが、まだ確定していません。
パワハラ防止法には「罰則」がありません。
そのため、実効性が薄いという見方もあるでしょう。
しかし、厚生労働大臣は、労働施策総合推進法の施行に関し必要があると認めるときは、事業主に対して、助言、指導または勧告をすることができますし(労働施策総合推進法33条1項)、特に、上記①や②に違反している事業主が勧告に従わない場合には、その旨の公表がされる可能性もありますので(労働施策総合推進法33条2項)、注意が必要です。
問題社員のトラブルから、
パワハラ防止法は、「職場におけるパワーハラスメント」の防止措置義務を課す法律です。そもそもパワーハラスメントとはどのようなことを指すのか、簡単に定義を確認しておきましょう。
パワハラ防止法成立以前から、厚生労働省によって、職場におけるパワーハラスメントとは、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与えるまたは職場環境を悪化させる行為」と定義されていました。
パワハラ防止法では、上述のとおり「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」と定義されましたが、厚生労働省の示すパワハラの定義と若干の文言の違いがあるものの、実質的な差はほとんどないと言えます。
上司から部下に対する行為に限らず、職務上の地位や人間関係などの「職場内での優位性」を背景にしていれば、上記のパワーハラスメントに当たる可能性があります。
ただし、業務上必要な範囲での指示や注意・指導はパワハラにならず、「業務の適正な範囲」を超えていることが必要です。
今後パワハラ防止法の施行に向けて、企業としてはどのような施策をとっておけばよいのでしょうか?
まずは企業内のトップが「組織内でのパワハラを許さない」という強い意志を表明し、社内に周知させることです。朝礼やその他の機会を設けて周知すると良いでしょう。
トップがしっかりと意志表明することによって、社内に「パワハラをしてはならない」という共通意識が芽生えます。「パワハラが起こらない土壌」を作っていきましょう。
パワハラ防止策として、定期的なパワハラに関するアンケート調査が有効です。
従業員や管理職に向けて「これまでパワハラに遭ったことがあるか」「パワハラを見聞きしたことがあるか」「どのような内容だったか」「誰かに相談したか」「どうやって解決したのか、または解決できなかったのか」などを匿名で調査します。
アンケートの結果により、企業がこれからとるべき施策や方法が見えてくる可能性もあります。
また、定期的にアンケート調査を実施することにより、従業員「パワハラをしてはいけない」という意識が根付くので、間接的にパワハラを抑止する効果を期待できます。
パワハラを防止するため、必ず企業内における「相談窓口」を設置しましょう。
従業員がパワハラを受けている場合、本人自身、それがパワハラに該当するのかわからないまま、一人で悩んでいることも多いようです。家族にも相談できない方もいます。
そのまま一人で抱え込んでうつ病などになり退職してしまったら、企業としても大切な従業員を失うことになってしまいます。早期の段階で相談する場所があれば、こうした状況は避けられる可能性が高くなります。
そこで、必ず社内に相談窓口を設置して全従業員に周知しましょう。
窓口を設置する際、誰が担当するのかも重要です。管理職や人事労務担当部門の従業員が対応することが一般的だと思いますが、秘密を守らなければならないことや相談対応の仕方について、研修を実施しましょう。
また、弁護士やハラスメント対策のコンサルティング会社等を窓口とする、外部相談窓口を設置するのも有益です。
社内研修も非常に重要です。
研修においては、パワハラがどういうものを指すか、法律上どのような義務が課されているか、パワハラを受けている従業員に対して企業がどのような施策を行うのか、パワハラを行う者に対して企業がどのような対応をするつもりであるのかなどについて説明して、企業全体としてパワハラをなくす意識を共有していく必要があるでしょう。
そのためにはできるだけ全従業員に受講させる必要があるので、繰り返し呼びかけて、参加しやすい環境を作りましょう。事業所内にポスターを貼ったり朝礼などの際に参加を呼びかけたりするのも効果的です。
また、研修は定期的に実施することも重要です。1回実施しただけでは忘れてしまう可能性がありますし、中途採用の従業員などが受けられない可能性も発生します。
さらに、管理監督者と一般の従業員は、別々に研修を実施することが好ましいと言えます。
研修を行う際、すべて自社内で対応するのが負担であれば、弁護士や社労士などにテキスト作成や講師を依頼するのも良いでしょう。
企業がパワハラを抑止するには、就業規則の整備が重要です。
就業規則は、従業員が守らねばならない会社内のルールです。明確にパワハラ禁止規定を定めておきましょう。
たとえば、繰り返しパワハラ行為をして、企業が注意しても聞き入れない場合には懲戒処分とし、場合によっては解雇できることを定めます。パワハラ行為を明確に懲戒事由にしておかないと、パワハラを繰り返す問題社員が現れたときに懲戒事由に該当せず解雇できなくなってしまう可能性があります。
また、パワハラが起こったときに企業としてどのような対処をするのか、休職や補償について定めることも可能です。
さらに労働組合と協議を行い、パワハラ防止に努めることや、パワハラが起こったときの対処方法を取り決めておくことなども考えられます。
以上のようにパワハラへの万全の対策を採っておけば、パワハラ防止法が施行されたときにもスムーズに対応できるでしょう。
パワハラ防止策を講じていても、パワハラ被害が発生するケースはあります。
その場合、どのように対応すれば良いのでしょうか?
パワハラ防止法が施行されていない現在であっても、パワハラを放置してはいけません。
パワハラが起こっているにもかかわらず、企業が適切に対応しなかった場合、「職場環境配慮義務違反」となる可能性があります。
労働契約に基づいて、企業は従業員に適切な職場環境を提供すべき義務がありますが、それを怠ったということで従業員から損害賠償請求される可能性があるのです。
パワハラ被害の申告や相談があったら、すぐに対応を開始しましょう。
①相談を受ける
企業がパワハラ被害を把握するきっかけとなるのは、被害者からの相談が多数です。
気軽に相談できる窓口を設置しましょう。また第三者からの告発によるケースもあるので、通報制度も設けておきましょう。
②調査を行う
相談を受けたら、事実確認のための調査を行います。加害者に事実確認を行う際は、被害者の了解を得た上で、中立的な立場で話を聴くようにしてください。
また、被害者と加害者だけではなく、それ以外の第三者や目撃者などからもヒアリングが必要なケースもありますが、その際は問題が必要以上に多くの者に知れ渡らないように注意してください。
③被害者の救済と加害者への処分の実施
事実関係の調査が済んだら、結果に基づいて被害者への救済と加害者への処分を行います。
たとえば、被害者に対しては休暇を与えたり、定期的な相談を受け付けたり配置転換を行ったりすることが考えられます。
一方、加害者に対しては注意、配置転換、懲戒処分などを検討しましょう。
加害者と被害者の双方に対して、企業として取り組んだことを説明し、理解を得た上で継続的にフォローすることも重要です。
④パワハラの事実を確認できなかったとき
パワハラの事実を確認できなかったときには、相談者に結果を伝えて「なぜパワハラを確認できなかったのか」説明し、理解を求めましょう。
もっとも、重要なのはパワハラに該当するかどうかではなく、加害者とされる従業員の行動にどのような問題があったのかを明確にし、事態が悪化しないようにすることですので、注意してください。
加害者として疑われた従業員にも結果を伝えた上、「誤解を生んだ原因」「今後誤解を招かないための対策方法」を話し合う必要があります。
パワハラ被害へ対応する際には、以下の2点に注意してください。
①プライバシーの保護
相談を受ける際や調査の際、被害者、目撃者などの第三者、加害者のプライバシーに配慮する必要があります。相談内容や調査内容に関する情報が漏れて社内で噂になったら2次3次被害が発生するおそれがあります。
②懲戒処分を行うかどうかの決定
パワハラが明らかになったとき、懲戒処分を行うのか、行うとすればどのような懲戒処分とするのかが問題になります。
過剰な処分をすると「不当な処分」として加害者側から訴えられる可能性もあるので、法的な側面から慎重に判断しなければなりません。
問題社員のトラブルから、
パワハラは社会問題になっており、今後、日本が国際的な競争力を高めていくためにもパワハラ対策は重要です。
パワハラ防止法によってパワハラを防止するための施策をとることが義務化されますが、施行前の現在からきちんと準備を進めていきましょう。
弁護士はパワハラ防止法の施行へ向けて、パワハラを事前に予防するための指針や就業規則作り、研修やセミナーの講師を勤めることができますし、万が一パワハラが発覚した場合にも企業側のサポートを行うことが可能です。
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