企業法務コラム
毎年秋を過ぎると、多くの人にとってインフルエンザの流行や感染が気がかりになる季節が到来します。
インフルエンザに感染して困るのは、感染した社員本人だけではありません。会社にとって、社員のインフルエンザ感染による欠勤は会社の業務に影響が出るばかりか、インフルエンザに感染した社員への対応を誤ると、会社の法的責任が問われる可能性もあるのです。
そこで、本コラムでは主にインフルエンザで欠勤した社員の勤怠や賃金の扱いはどのようにすべきなのか、さらにインフルエンザに感染した社員に出勤を強要したケースや、インフルエンザに感染しても出勤が可能だと自己判断で出勤してしまう社員がいた場合に、どのような事態が想定されるのかというテーマで、事例や根拠となる法律をご紹介しながら、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
まずは、「会社」ではなく「学校」の基準を見てみましょう。
学校における児童生徒等および職員の安全を守るために、「学校保健安全法」という法律があり、この中ではインフルエンザに感染した場合の登校してはいけない期間が明示されています。
学校保健安全法施行規則第19条第1項および第2項では、インフルエンザの種類に応じて感染した生徒本人の出席停止期間を以下のように定めています。
要約するとこのようになります。
また、同居する家族などがインフルエンザに感染した場合の出席停止期間は、同条第4項において「予防処置により医師が感染のおそれがないと認めるまで」と定められています。
ところが、「会社」になると、話が変わります。
実は労働関連法令においては、インフルエンザに感染した社員の出勤停止期間を定めた条文がありません。
したがって、多くの会社では前述した学校保健安全法施行規則を基準に、インフルエンザに感染した社員の出勤停止期間を定めています。
ただし、あくまで「学校の基準を参考にしている」にすぎないため、学校と同じ期間と定めている会社もあれば、異なる会社もあります。
社員がインフルエンザウイルスに感染しているか否かについて、会社が判断するルールは法的に定められていません。
判断ルールとしては、
などが考えられるでしょう。
どのようなルールにするのかは、インフルエンザが流行する前に就業規則に定めておき、社員へも告知しておくと良いでしょう。
問題社員のトラブルから、
インフルエンザによる社員の出勤停止期間は、社員から申請があることを前提に有給休暇扱いにすることが一般的です。
労働基準法第39条における有給休暇取得の要件を満たしており、かつ有給休暇取得可能日数が残っている社員が、インフルエンザによる出勤停止期間を有給休暇扱いとすることを申請した場合、会社は有給を取得させなければいけません。
正当な理由なく拒むと、労働基準法第119条の規定により、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金が科されるおそれがあります。
特にインフルエンザ感染が理由の場合、会社が労働基準法第39条第5項で定める有給休暇の時季変更権(請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合において、会社が社員の有給休暇を取得する時季を変更させる権利)を行使することは、現実的に難しいと考えられます。
問題社員のトラブルから、
もし、インフルエンザに感染した社員に有給休暇が残っていなかった場合は、出勤停止期間は欠勤扱いとすることが原則です。
欠勤は社員の事情による職場離脱のため、基本的に会社は欠勤期間中の賃金を支払う義務はありません。
しかし、ここで問題となるのが、「休業手当」です。
労働基準法第26条では、「使用者の責に帰すべき事由」により労働者が休業する場合、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の60%以上の手当を支払わなければならないと規定しています。
そこで、「使用者の責めに帰すべき事由」が存在するか否かが重要になります。
労働安全衛生法第68条ではこのように定められています。
使用者が、厚生労働省令で就業を禁止と定めれれている対象の疾病について、社員の就業を禁止する場合は、法律による就業の禁止のため、「使用者の責めに帰すべき事由」による休業には該当しませんが、対象の疾病でない場合に、社員の就業を禁止すると、それは「使用者の責めに帰すべき事由」による休業に該当します。
つまり、休業手当を支払わなければならないかは、厚生労働省令で就業を禁止と定めている対象の疾病であるか否かで判断が異なります。
感染したインフルエンザの種類によって休業手当の扱いが異なるのです。
以下で、具体的にインフルエンザの種類ごとに説明します。
就業禁止の対象として定められているインフルエンザは、新型インフルエンザおよび特定鳥インフルエンザです(感染症予防法第18条:1~3類感染症)。
つまり、新型インフルエンザおよび特定鳥インフルエンザに感染した社員は、法律で強制的に欠勤させることができるため、「使用者の責に帰すべき事由」に該当しないことから、会社は休業手当を支払う必要はないのです。
しかし、季節性インフルエンザの場合は話が異なります。
季節性インフルエンザは新型インフルエンザや特定鳥インフルエンザと異なり、感染した社員に会社が出勤停止を命じることができる法的根拠はありません(感染症予防法第18条:5類感染症)。
したがって、季節性インフルエンザに感染した社員に対して会社が出勤停止を命じると、それは「使用者の責に帰すべき事由」による欠勤となるため、会社に休業手当を支払う義務が生じるのです。
問題社員のトラブルから、
社員本人がインフルエンザの症状を訴えており、さらに医師の診断書が出ているのにもかかわらず出勤を強要すると、会社は労働安全衛生法および労働契約法違反に問われる可能性があります。
前述のとおり、新型インフルエンザおよび特定鳥インフルエンザは、就業制限の対象とされています。これらに感染した社員に出勤を強要すると、6月以下の懲役または50万円以下の罰金が科される可能性があります(労働安全衛生法第119条第1号)。
また、労働契約法第5条では「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」という、会社の「安全配慮義務」を定めています。
したがって、インフルエンザに感染している社員に対して出勤を強制することは、当該社員に対する安全配慮義務違反と考えられるでしょう。
しかし、それだけではありません。インフルエンザウイルスの感染力は非常に高いものがあります。インフルエンザに感染した社員に出勤を強いることは、他の健康な社員がインフルエンザに感染する危険性をもたらすことを意味します。
つまり、会社がインフルエンザに感染した社員に出勤を強要することは、当該社員だけでなく他の社員に対する安全配慮義務に違反していることになるのです。
会社が、季節性インフルエンザに感染をした社員に対し、出勤を強要しても、法的な罰則規定はありません。
しかし、会社の安全配慮義務違反と社員に生じた身体や生命への損害に因果関係が認められる場合、会社は社員から債務不履行責任(民法第415条)および不法行為(民法第715条)に対する損害賠償を請求される可能性があります。
問題社員のトラブルから、
厚生労働省がパワーハラスメントについて取りまとめた6類型のひとつに、「過大な要求」があります。過大な要求とは、業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害と定義されています。
また、令和元年5月29日に成立した改正労働施策総合推進法、いわゆる「パワハラ防止法」とも呼ばれている同法では、パワーハラスメントを以下のように定義しています。
※詳しくは、こちらの「パワハラ防止法のコラム」をご覧ください。
この定義から、インフルエンザに感染し客観的にも業務遂行が不可能と考えられる社員に出勤と業務を強制するようなことは、社員に対するパワーハラスメントに該当すると考えられます。
昨今では、インフルエンザを理由にしたパワーハラスメントは、インフルエンザハラスメントとも言われ、社会問題化しつつあります。
なお、出勤の強要だけではなく、インフルエンザに感染したことを「体調管理がなっていない」「気合と根性が足りない」などと執拗(しつよう)に責める行為も、インフルエンザハラスメントと言えるでしょう。
インフルエンザハラスメントが、会社の職場環境配慮義務違反に該当すると認められた場合、会社は当該義務に対する債務不履行責任(民法第415条)により損害賠償を請求される可能性があります。
さらに、インフルエンザに感染した社員の上司だけではなく同僚や部下、後輩などから陰口や人間関係からの切り離しというような「いじめ」があり、それを会社や上司が放置した場合も同様です。
インフルエンザハラスメントはパワーハラスメントと同様に、会社だけではなくそれを実行した本人も損害賠償請求の対象となります。
したがって、社員全員が加害者になり、損害賠償請求の対象となる可能性があることについて、強く認識しておくべきでしょう。
問題社員のトラブルから、
インフルエンザに感染しているにもかかわらず、仕事に対する強い責任感から無理に出勤する社員がいても不思議ではありません。
たとえば平成31年1月、インフルエンザに感染した女性が出勤途中に駅のホームへ転落し、電車にひかれ命を落とすという痛ましい事件が発生しました。このような悲劇を防ぐことはもちろんですが、前述したように会社には社員に対して安全配慮義務があります。
インフルエンザに感染してしまった社員が安心して仕事よりも治療を優先できるように、そして他の社員への感染を防ぐためにも、会社として組織・人員体制や環境を整えることが重要です。
そして、インフルエンザに感染しているもかかわらず出勤してきた社員には、バックアップ体制が十分に整っていることを説明したうえで「仕事よりもあなたの健康が大事」であることを親身に説明し、社員が安心して帰宅できるように配慮してください。
問題社員のトラブルから、
季節性インフルエンザに感染した社員に対して、会社が出勤停止を命じることを可能とするためには、その旨を就業規則に明記しておくことが最善の対策と考えられます。
自身や家族がインフルエンザに感染した疑いがある場合は、主に以下のポイントを押さえ、就業規則に明記しておくと良いでしょう。
具体的な内容については、各会社の事業・業務の実態に合わせ検討する必要がありますので、労務問題に詳しい弁護士にご相談いただくことをおすすめします。
また、予防接種法によって規定されている、インフルエンザワクチンの定期接種の対象は65歳以上(身体に規定する障害がある場合は、60歳以上が対象)のため、社員の多くは対象外でしょう。
社員のインフルエンザ感染を予防するため、インフルエンザワクチン接種を受けた社員に補助金を支給するなどの制度を設けることも一案です。
問題社員のトラブルから、
日本中、すべての会社が社員のインフルエンザについての問題を避けて通ることはできません。
したがって、人事部のように社員の労務関連を取り扱う部署は、インフルエンザの流行期に関係なく社員がインフルエンザに感染したときのしかるべき対処法について、備えておく必要があります。
そのようなときに、弁護士はあなたの会社の心強いパートナーとなります。
弁護士であれば、インフルエンザに感染した社員の対処について、会社の法的リスクを最小化するアドバイスや、インフルエンザハラスメントといった社員とのトラブルが発生したときには、会社の代理人としての役割を依頼できます。
ベリーベスト法律事務所では、ワンストップで対応可能な顧問弁護士サービスを提供しています。もちろん、社員のインフルエンザに関する問題にかぎらず幅広い範囲で対応可能です。また、社会保険労務士も在籍しているため、状況に応じて連携してサポートすることができます。
社員のインフルエンザやその他の感染症、あるいは労務関連全般についてお悩みがあるときは、ぜひベリーベスト法律事務所までお気軽にご連絡ください。
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