企業法務コラム

2020年03月31日
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【新型コロナ・内定取り消し】企業側の一方的な内定取消しは違法? 法的リスクと留意すべき点を解説

【新型コロナ・内定取り消し】企業側の一方的な内定取消しは違法? 法的リスクと留意すべき点を解説

令和2年3月、新型コロナウイルスの感染拡大が企業活動に影響を与えていることを受けて、政府は、経団連や経済同友会などに4月入社予定の内定者に対して、内定取消しをしないよう要請を出しました。感染症の影響による企業業績へのマイナスの影響が大きい業界を中心に内定取消しを検討する企業が増えることを懸念し、この要請に至ったようです。

学生にとっては、内定とは就職が決まったことを意味し、当然、その企業に就職することを前提に他の就職活動をやめるのが一般的です。もちろん、複数の企業に応募していて複数の企業から内定をもらうということもあるため、学生の方から内定辞退ということはあり得ます。他方、企業の方は、内定辞退者が出ることを見込んで内定を出す必要があります。

では、企業側の都合によって、内定を取り消すことは、法的に問題はないのでしょうか。本コラムでは、どのような場合に内定取消しが認められるのか、やむなく内定を取り消す場合にはどのような点に留意すべきなのかなど内定取消しにおけるリスクや留意すべき事項について、裁判例も挙げながら、弁護士が解説します。

1、採用内定者の合意なしに内定取消しはできるのか?

  1. (1)一方的な内定取り消しは、学生の不利益が大きすぎる

    一般に、新卒採用のプロセスとしては、学生が企業に対してエントリーシートを記入して応募し、筆記や面接といった採用試験を経て、合格者には採用内々定の連絡がなされます。そして、一定の時期に正式に採用内定となります。
    採用内定の際、学生が入社誓約書を提出し、4月の入社式に参加して、辞令の交付を受けるというのが一般的な流れになります。

    日本では新卒一括採用方式が採られているため、就職活動期間を過ぎると事実上、他の企業に就職することは困難になります。
    希望の企業から内定をもらえば、就活生は就職活動を辞めることが多いので、入社直前になって、企業から内定取消しが一方的に行われるようでは学生の不利益が大きすぎます。

    採用内定の法的な性質については諸説ありますが、我が国の新卒採用における事実関係を前提として、判例上は始期付解約権留保付労働契約と解されており、採用内定の時点で労働契約が成立するとされています(大日本印刷事件:最判昭和54.7.20など)。

  2. (2)企業が一方的に内定取消しをすることは、原則としてできない

    そのため、採用内定の取消しは、すでに成立した始期付解約権留保付労働契約について、留保解約権を行使することという性質をもちます。

    そして、後記2のとおり、企業の経営状態が悪化した場合や内定者が問題を起こすなどの取消事由が発生しない限り、企業が一方的に内定取消しをすることはできません。

    中途採用については、内定=即入社というところもありますので、その場合にはあまり問題にならないかもしれませんが、内定から入社までに期間があるような場合には、新卒と同じ様な問題が起こり得ます。

    具体的な事実関係によりますが、採用内定が新卒採用と同様に始期付解約権留保付労働契約の成立と解される場合には、同じ法理が適用されると解されますので、企業の勝手な都合で内定取消しをすることはできません。

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2、内定取消しが認められるケースとは

  1. (1)内定取り消しが認められる場合

    では、どのような場合に内定取消しが認められるのでしょうか。

    前記のとおり、内定取消しは留保解約権の行使とされており、その適法性について判例では、「解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存在し社会通念上相当として是認することができる場合にのみ許されるものと解すべきである」と判断されています(前記大日本印刷事件)。

    また、取消事由となる事実については、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実とされています。

    具体的にどのような場合に内定を取り消すことができるかについては、たとえば次のようなケースが考えられます。

    内定を取り消すことができるケースの一例

    1. ① 採用内定者が学校を卒業できなかった場合
    2. ② 採用内定者が傷病により働くことができなくなった場合
    3. ③ 採用内定者が罪を犯した場合
    4. ④ 採用内定者が重大な虚偽の申告をしていた場合
    5. ⑤ 経営が困難になり、整理解雇が必要になった場合

    なお、整理解雇については、以下の4要素が必要とされています。

    整理解雇の4要素

    1. ① 人員削減の必要性
    2. ② 人員削減の手段として整理解雇を選択することの必要性
    3. ③ 被解雇者選定の妥当性
    4. ④ 手続の妥当性

    内定取消しが整理解雇の必要によりなされた場合であっても、内定者にとっては、重大な事態なので、企業としてはできるだけ早く通知・説明するなど誠実な対応が求められます。

  2. (2)採用内定の取消しをした企業の名前は、公表される可能性が

    なお、厚生労働省では、採用内定の取消しの事例が増加しつつあることから、行政指導を強化しており、2年度以上連続して内定取消しをした場合、同一年度内で10名以上の内定取消しをした場合や、内定取消しの理由を十分に説明しない場合など、企業の対応が十分でない場合には、企業名を公表することができるとしています(職業安定法施行規則第17条の4第1項の規定に基づき厚生労働大臣が定める場合(平成21年厚生労働省告示第5号))。

3、内定を取り消す場合に生じる企業リスクと裁判例

  1. (1)「陰気な印象」という理由での内定取消しは違法とした裁判例

    事件名:大日本印刷事件(最判 昭和54.7.20)

    ① 事件の概要
    Xは、A大学の推薦を得てYの求人に応募し、採用内定を得ました。
    Xは、内定通知書と一緒に送付されてきた誓約書を、Yの指定日までに送付しました。なお、Yにおいては、採用内定通知のほかには労働契約締結のための特段の意思表示をすることは予定されていませんでした。

    ところが、Yは、入社式まで2か月を切った時期に、Xに対する採用内定を突然取り消しました。そこで、Xは、Yによる突然の内定取消しは解雇権の濫用であると主張し、雇用関係の確認等を求めて提訴しました。

    なお、Yによる採用内定取消事由の中心をなすものは、グルーミーな(陰気な)印象なので当初から不適格と思われたが、それを打ち消す材料が出てくるかもしれないので採用内定としていたところ、そのような材料が出なかった、というものでした。

    ② 判決の内容
    X勝訴。

    Yからの募集(申込みの誘引)に対し、Xが応募したのは労働契約の申込みであり、Yの採用内定通知は、Xの申込みへの承諾であって、Xの誓約書の提出とあいまって、XY間に、就労の始期を大学卒業直後とし、それまでの間、誓約書記載の内定取消事由に基づく解約権を留保した労働契約が成立したと解するのが相当とした原審の判断は正当である。

    採用内定者の地位は、就労の有無という違いはあるが、試用期間中の地位と基本的に異なるところはない。

    したがって、採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られると解するのが相当である。

    グルーミーな印象であることは当初から分かっていたことであるから、Yはその段階で調査を尽くせば、従業員としての適格性の有無を判断することができたのに、不適格と思いながらも採用を内定し、その後不適格性を打ち消す材料が出なかったので内定を取り消すということは、解約権留保の趣旨、目的に照らして社会通念上相当として是認することができず、解約権の濫用というべきである。

    ③ 解説
    日本では、新卒一括採用が慣行となっており、早い時点で内定を出します。
    企業は、他の企業を受けさせないために、学生から誓約書を取り、内定辞退を避けることが行われています。また、採用内定通知以降、労働契約締結のための特段の意思表示がなされないという状況もあります。

    本判決は、一般的な判断を避けつつも、当該事案の事実関係を踏まえて、採用内定は、

    解約権を留保した労働契約が成立したと解するのが相当

    との判断を示しています。
    新卒採用においては、類似の選考過程や入社までの流れを採る企業は少なくないことから、そのような企業においては、同様な判断となり得ます。

    その上で、取消事由については、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実を前提として、それを理由とすることに客観的合理性・社会的相当性を要求しています。

  2. (2)経営悪化を理由とした内定取消しは違法とした裁判例

    事件名:インフォミックス事件(東京地決平成9.10.31)

    ① 事件の概要
    Xは、スカウトされてY社の役員らの面接を受け、マネージャーとして採用内定となりました。

    ところが、Xは、入社予定日の2週間ほど前に、Y社から、業績が予想を大きく下回ったことによる経費削減・事業計画の見直しで配属予定だった部署自体が存続しなくなる等の理由により、入社辞退か条件を変更して入社するかという連絡を受けました。
    その後、Xは交渉を続けていましたが、Yから内定を取り消されました。

    そこで、Xは、Yから内定を取り消されたのは違法として地位保全等の仮処分を申し立てました。

    ② 決定の内容
    Xの申立てについて、賃金仮払いの仮処分決定がなされました。
    採用内定の法的性格について、

    本件採用内定は、就労開始の始期の定めのある解約留保権付労働契約であると解するのが相当である。

    と判断しました。また、経営悪化を理由とする内定取消について、

    採用内定者は、現実には就労していないものの、当該労働契約に拘束され、他に就職することができない地位に置かれているのであるから、企業が経営の悪化等を理由に留保解約権の行使(採用内定取消)をする場合には、いわゆる整理解雇の有効性の判断に関する

    1. ① 人員削減の必要性
    2. ② 人員削減の手段として整理解雇することの必要性
    3. ③ 被解雇者選定の合理性
    4. ④ 手続の妥当性

    という4要素を総合考慮のうえ、解約留保権の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当と是認することができるかどうかを判断すべきである。

    そして、経営悪化を理由とする内定取消についての判断部分では、上記4要素のうち「④手続の妥当性」について、交渉過程におけるXの

    「話が違う。ちゃんとマネージャーとして雇ってくれ。」等の言動は、「本件採用内定に至る経緯等に照らし、XがYに裏切られたという思いでなされたものであって、YがXの右言動を捉えて入社の意思が感じられず、円満の雇用関係の形成が期待できないと判断したのは、余りにも早計にすぎるといわざるを得ない。」

    と評価し、また、内定前後の経緯等から

    「本件採用内定を取り消す場合には、Xの納得が得られるよう十分な説明を行う信義則上の義務があるというべきである。」としたうえで、「必ずしもXの納得を得られるような十分な説明をしたとはいえず、Yの対応は、誠実性に欠けていたといわざるを得ない。」

    と評価しました。そして、4要素を総合考慮すれば、

    Yは、経営悪化による人員削減の必要性が高く、そのために従業員に対して希望退職等を募る一方、Xを含む採用内定者に対しては入社の辞退勧告とそれに伴う相応の補償を申し入れ、Xには入社を前提に職種変更の打診をしたなど、Xに対して本件採用内定の取消回避のために相当の努力を尽くしていることが認められ、その意味において、本件内定取消は客観的に合理的な理由があるということができる。

    しかしながら、Yがとった本件内定取消前後の対応には誠実性に欠けるところがあり、Xの本件採用内定に至る経緯や本件内定取消によってXが著しい不利益を被っていることを考慮すれば、本件内定取消は社会通念に照らし相当と是認することはできないというべきである。

    と判断しました。

    ③ 解説
    本件は、整理解雇の4要素のうち人員削減の必要性、人員削減の手段として整理解雇することの必要性、被解雇者選定の合理性などについて肯定的に評価し、客観的合理性については認めたものの、手続の妥当性を問題視し、内定者の不利益も考慮した結果、社会的相当性の点で是認できないとしています。

    このように、内定取消がやむを得ない経営状況になったとしても、内定者に十分な説明を行うなど手続面にも配慮が必要といえますので、注意が必要といえるでしょう。

    なお、本件では、経営悪化を理由とするもの以外についても、本件内定取消は無効であると判断されています。

  3. (3)HIV感染者の内定取り消しは違法とした裁判例

    事件名:HIV内定取消事件(札幌地判令和1.9.17)

    ① 事件の概要
    HIVに感染しているXが、病院を経営するYの社会福祉士の求人に応募して内定を得ました。Xは、面接時に持病について質問された際、HIVに感染している事実を告げず、また、内定後にYが改めて持病について質問した際にも、HIVに感染している事実を否定する旨の返答をしていました。

    YがHIVに感染していないことを証明する書類の提出を求めたところ、Xは病名欄に「HIV感染症」との記載があり業務上で職場での他者への感染の心配はないこと等が記載された診断書を提出しました。そうしたところ、Yは、内定を取り消しました。

    そこで、Xは、本件内定取消の違法等を理由として不法行為に基づく損害賠償請求をしました。

    ② 判決の内容
    YのXに対する内定取消しは違法として不法行為に基づく損害賠償責任を認めました。

    Yは、内定取消事由として、XがHIVに感染しているためではなく、Xが平然と嘘をつく人物であることから信頼関係を築くことが困難であると判断したためと主張していました。

    裁判所は、

    HIVに関する近年の医学的知見やXのY病院で予定されていた業務等によれば、XがY病院で稼働することにより他者へHIVが感染する危険性は無視できるほど小さいものであったこと等から、XがYに対しHIV感染の事実を告げる義務があったということはできないとし、面接時にHIV感染の事実を告げなかったとしても、これをもって内定を取り消すことは許されない

    と判断しました。また、

    HIV感染者を対象とした調査結果によれば今なおHIV感染者に対する差別や偏見が解消されていない社会状況も併せて考慮すると、Yが改めて持病について質問した際にHIV感染の事実を否定したとしても、Xを非難することはできない

    と判断しました。さらに、

    Yが医療機関であることをもって、Xに対しHIV感染の有無を確認することが正当化されるものではない

    と判断しています。これらにより、裁判所は、

    Xが本件不告知等に及んだことは事実ではあるものの、これをもって、本件内定取消について、客観的に合理的な理由が存在し社会通念上相当として是認することができる場合に当たるということはできない。したがって、本件内定取消は、違法であって、原告に対する不法行為を構成するというべきである。

    と判断しました。

    ③ 解説
    本件は、まれなケースともいえますが、面接時にある事実の不告知等があったとしても、直ちに内定取消事由として認められるものではなく、当該事実を確認する必要性なども十分に検討する必要があるといえます。

    また、仮に事実に反する回答をしたとしても、そのことを非難できないような事情があるのであれば、信頼関係が築けない等を理由として内定を取り消すことが制限され得ることにも注意が必要といえるでしょう。

4、内定者側の事由によって内定取消しができるケースとは?

これまでは、内定を出した企業側からの内定取消しについて解説してきましたが、内定を受けた側の学生が内定を辞退することについては、法的には、原則として問題となりまません。

労働者は、企業に勤務している場合でも、2週間前に退職の意思表示をすれば退職することができます(期間の定めのない雇用契約の場合)。
したがって、採用内定者についても、他に企業に内定が決まった等の理由により、内定を辞退することができることとなります。

企業側としては、そういった不測の事態をできる限り避けるためにも、採用内定を出してから入社日までの間、採用内定者と定期的に連絡を取るようにした方がよいでしょう。

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5、まとめ

今回は、内定取消しについて解説してきましたが、学生にとって内定を取り消されることは、社員が解雇される場合と同様、人生設計に大きな狂いが生じます。

入社前ということもあり、正式な雇用はまだなのだからと安易に考えて内定を取り消してしまうと、後々紛争化してしまう可能性がありますし、行政から社名を公表されてしまうと企業価値を損ない翌年以降の採用活動に悪影響を及ぼしかねません。

ベリーベスト法律事務所では、弁護士の顧問サービスを提供していますので、労働問題など疑問・不安がある場合にはすみやかにご相談いただくことが可能です。

採用内定などの労働問題でトラブルになってしまった場合やトラブルを避けたい場合だけでなく、顧問契約についてご興味がある場合には、ぜひお気軽にご相談ください。

  • この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています
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