企業法務コラム
新型コロナウイルスの感染拡大により、政府や自治体は、緊急事態宣言を発令するなどして、市民に対しては外出自粛を要請し、企業に対しては一定の範囲で休業を要請しています。
企業側としては、消費が落ち込み、経営状態が悪化し、あるいは、政府や自治体による休業要請に応じざるを得ず、このような状況でも労働者に賃金や休業手当(労働基準法26条)を支払わなければならないのかなどと、頭を抱えているのではないでしょうか(以下、労働者に対して賃金や休業手当を支払うことを単に「休業補償」ともいいます。)。
本稿では、主に
・新型コロナウイルスによる影響を理由とする休業命令に伴う企業側の義務
・雇用調整助成金の特例
について弁護士が解説していきます。
(公開:2020年04月24日、加筆:2020年06月22日)
労働者が休業しなければならなくなったことについて、企業の責めに帰すべき事由が認められる場合、次のとおり、その事由に応じて、企業は、労働者に対し、賃金の全額(100%)又は休業手当として平均賃金(直近3か月間の平均賃金。以下同じ。)の60%を支払わなければなりません。
まず、企業の故意・過失による行為等(たとえば、正当な理由のない解雇)によって労働者が休業しなければならなくなった場合、企業は、労働者に対し、賃金を全額(100%)支払わなければなりません(民法536条2項)。
もっとも、労働者の行為が懲戒事由に該当するおそれがある場合に、その調査や懲戒処分の決定に必要な期間に限り自宅待機命令をし、その間の賃金を平均賃金の60%とするなど、合理的な範囲であれば、就業規則等により民法536条2項の適用を排除して、休業の場合に労働者に行うべき給付の額を100%未満にすることができます。
ただし、労働基準法26条により、平均賃金の60%未満にすることはできません。
一方、企業に故意・過失がなく、機械・設備の故障や検査、原料・資材の不足等、企業に経営・管理上の障害があることにより労働者が休業しなければならなくなったというような場合には、企業は、労働者に対し、休業手当として平均賃金の60%を支払わなければなりません(労働基準法26条)。
なお、就業規則等により、休業の場合に平均賃金の60%を超える額を支払うものとしていた場合には、その額を支払わなければなりません。
他方、労働者が休業しなければならなくなったことについて、天災事変等の不可抗力が理由であり、企業の責めに帰すべき事由がない場合には、企業は、労働者に対し、休業補償をすべき義務を負いません。
問題社員のトラブルから、
では、新型コロナウイルスによる影響を理由とする休業命令の場合にはどのように考えるべきでしょうか。
そもそも、新型コロナウイルスを理由として企業が労働者に休業命令を出すのは、新型コロナウイルスの感染拡大により、政府や自治体が市民に対し外出自粛を要請したため、市民が宿泊施設、商業施設、飲食店等におけるさまざまなサービスを利用しなくなったことにより企業が収益を上げることができず、人件費の削減を検討せざるを得なくなったり、あるいは、企業に対し一定の範囲で休業の要請があったため、企業がこれに応じることとしたからでしょう。
このような場合の休業命令に伴い、企業は、労働者に対し休業補償をしなければならないのでしょうか。
①賃金の全額(100%)を支払うべき義務は必ずしもない
まず、このような事由での休業命令は、「企業の故意・過失による行為、又は信義則上これと同視すべき事由」には基本的には当たらないでしょう。
したがって、上記事由による休業命令の場合には、法律上は、企業が労働者に対し賃金の全額を支払うべき義務を負うものでは必ずしもないでしょう。
②就業規則等に定めていた場合は別
もっとも、その場合でも、就業規則等により、たとえば、休業の場合に平均賃金の80%を労働者に支払うべきこととしていた場合には、その規定に従って平均賃金の80%を支払うべきことになるでしょう。
③コロナのせいと見せかけた不当な休業命令の場合は、全額支払いの可能性が
なお、形式的に新型コロナウイルスの影響による休業命令とし、実質的にはその他の不当な目的等により休業命令を発したものと認められるような場合には、当該休業命令は、企業の故意・過失によるものとして、労働者に対し、賃金の全額(100%)を支払うべきものとされる可能性があります。
①休業手当(平均賃金の60%)を支払うべき?
一方で、企業の経営・管理上の障害を理由とする事由として、企業は労働者に対し平均賃金の60%を支払うべき義務を負う(労働基準法26条)ということにはならないでしょうか。
②休業手当を支払う必要があるか、判断が難しい
たしかに、企業が新型コロナウイルスの影響により経営不振に陥った結果、労働者に対し休業を命じざるを得なくなったという点に着目すると、企業の経営・管理上の障害を理由とする事由として、企業は、労働者に対し、平均賃金の60%(これを超えて、就業規則等により、たとえば、休業の場合に平均賃金の80%を支払うと定めていた場合には、平均賃金の80%)を支払わなければならないということになりそうです。
しかし、新型コロナウイルスの問題については、政府や自治体が、市民に対する外出自粛はもちろん、企業に対しても休業を要請し、緊急事態宣言をも発令するなど、新型コロナウイルス感染拡大防止対策の強化のため、企業もやむを得ず休業をしているという事情もあります。
もっとも、国は、企業に対し、休業を要請する一方で、労使間での協議及び労働者の不利益の回避のための努力をも求めています(厚生労働省『新型コロナウイルスに関するQ&A(企業向け)』(以下単に「Q&A」といいます。)4問1・問6等参照)。
実際、企業側も、多くの業種において在宅勤務やテレワーク導入等によって事業活動を維持することが一応可能であるといえるでしょうから、労働者に不利益が生じることがないよう、労働者に対する説明を怠らず、よく協議し、十分に対応策を検討・実施する必要があるでしょう。
ただし、これまで在宅勤務やテレワークを導入していなかった企業において、これらを導入するためには当然コストがかかりますし、そもそも在宅勤務やテレワークになじまず、休業以外の策を採り得ない業種もあるでしょう。
そのため、あらゆる企業に在宅勤務やテレワーク導入等の対策を義務づけられるかには疑問があります。
このように、「労働者に休業手当を支払う必要があるか」という問題については、
など、様々な事情によって判断が分かれることになり、専門的な判断を要するでしょう。
そのため、労働問題に詳しい弁護士にご相談いただくことをおすすめします。
問題社員のトラブルから、
このように、新型コロナウイルスの影響による労働者の休業補償に関する問題を考えたときには、究極的には、新型コロナウイルスの影響による経済的な負担を、国、企業、労働者の間でどのように分担すべきかという、極めて重大かつ悩ましい問題に直面します。
すでにみたとおり、新型コロナウイルスの影響に伴い、企業が労働者に対し休業補償をすべきかどうかを判断するに当たっては、
といった事情が重要になってくるでしょう。
したがって、労働者に対する休業命令・休業補償についての判断をするに当たっては、労働者と十分に協議をし、自社の経営状況や業種を踏まえつつ、在宅勤務やテレワークの導入ができないか等を検討する必要があり、できる限り労働者にも不利益にならないよう配慮して、休業命令を出すようにしなければなりません。
■グループによって対応が異なる場合には要注意
また、一部のグループには休業命令を発したうえ休業補償を行わず、他のグループには通常どおりあるいは在宅勤務やテレワーク等による勤務をさせるなどしたうえ賃金を支払っているという場合に、両者の異なる取扱いについて合理的な理由がなければ、他の事情にもよりますが、休業補償をすべきとの判断がされる可能性があるでしょう。
非正規雇用労働者(パート・アルバイト、有期雇用労働者、派遣労働者)も、民法(第536条第2項)及び労働基準法(第26条)の適用を受ける労働者ですので、非正規雇用労働者に対しても、正規雇用労働者(正社員)と同様に、休業補償をしなければなりません。
企業によっては、就業規則等において、労働者の休業に伴う手当に関し、労働基準法第26条とは異なる特別の規定をしている場合もあるでしょう(たとえば、休業手当として平均賃金の80%を支給するとの規定が考えられます。)。
このような規定について、正社員と非正規雇用労働者との間で異なる内容にしている企業もあるかもしれません(たとえば、休業手当として、正社員には平均賃金の80%を支給するが、非正規雇用労働者に対しては平均賃金の60%を支給するとの規定が考えられます。)。
しかし、このような待遇の格差は、先般改正された、パートタイム・有期雇用労働法や労働者派遣法の定める、非正規雇用労働者に対する「不合理な待遇の禁止」・「差別的取扱いの禁止」に違反する可能性がありますので、注意が必要です。
休業を要請されていない業種の企業が自主的に休業とした場合、それだけで直ちに労働者に休業補償をしなければならないということにはならないでしょう。
ただし、他の事情とも相まって、休業を回避し、労働者に勤務をさせることもできたと判断された場合、それにもかかわらず休業命令を出す場合には休業補償をすべきであると判断される可能性もあるでしょう。
企業によっては、海外の取引先が新型コロナウイルスの感染拡大を受け事業を休止したことに伴う事業の休止ということもあるでしょう。
そのような場合も、Q&Aでは「当該取引先への依存の程度、他の代替手段の可能性、事業休止からの期間、企業としての休業回避のための具体的努力等を総合的に勘案し、判断する必要がある」とされています(Q&A4問5参照)。
このように、企業側としても、新型コロナウイルスの影響なのだから休業を命じざるを得ず、労働者に対する休業補償ができなくても仕方がない、というわけにはいきません。
在宅勤務やテレワークの導入等により勤務させることができるどうかを検討のうえ、労働者と十分に協議し、必要に応じて、労働者に対する休業補償をしなければなりません。
安易に無給での休業命令を出すことなく、後述の雇用調整助成金もうまく活用しながら、事業活動を維持していく必要があります。
問題社員のトラブルから、
では、新型コロナウイルスに感染した労働者に対して休業命令を出す場合はどうでしょうか。
Q&A4問2によれば、従業員が新型コロナウイルスに感染しており、都道府県知事が行う就業制限(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律18条1項・2項)により休業する場合には、一般的には「使用者の責に帰すべき事由による休業」に該当しないと考えられています。
都道府県による就業制限まで課されたとなると、もはや企業の責任とは言い難いでしょう。
したがって、このような場合には、休業補償をする必要はないでしょう。
もっとも、Q&A4問2にもあるとおり、被用者保険に加入している方であれば、要件を満たせば、各保険者から傷病手当金が支給されます。
具体的には、療養のために労務に服することができなくなった日から起算して3日を経過した日から、直近12か月の平均の標準報酬日額の3分の2について、傷病手当金により補償されます。
新型コロナウイルスに感染した労働者に対しては、この点についての案内をするとよいでしょう。
問題社員のトラブルから、
新型コロナウイルスに感染した疑いのある労働者に対して休業命令を出す場合はどうでしょうか。Q&A4問3・問4から見ていきましょう。
労働者自身が、発熱などの症状があり新型コロナウイルスに感染しているかもしれないといった理由で自主的に休んだ場合には、通常の病欠扱いとし、病気休暇制度を使うことなどが考えられます。
一方、労働者に最寄りの保健所等に設置される「帰国者・接触者相談センター」に相談に行ってもらい、その相談結果を踏まえて、休業命令を出すかどうかを判断することも考えられます。
「帰国者・接触者相談センター」での相談結果や、「帰国者・接触者相談センター」から紹介された専門外来での診断を踏まえ、職務の継続が困難であると判断された場合には、休業命令を出しても、休業補償をしなくていい可能性が高いでしょう。
他方、「帰国者・接触者相談センター」での相談結果を踏まえ、職務の継続が可能ではあるものの、念のため休業をさせるという場合、あるいは、単に発熱してしまったなどの事情のみをもって一律に労働者に休業させる場合など、企業の自主的な判断で休業させる場合には、一般的には「使用者の責に帰すべき事由による休業」(労働基準法26条)に当たり、休業手当を支払う必要があります。
■「帰国者・接触者相談センター」に相談・受診すべき目安
なお、「帰国者・接触者相談センター」に相談・受診すべき目安とされている条件は次のとおりです。
問題社員のトラブルから、
新型コロナウイルスの影響に伴う労働者の取り扱いを検討するにあたっては、雇用調整助成金をうまく活用すべきです。
雇用調整助成金とは、景気の後退等、経済上の理由により事業活動の縮小を余儀なくされ、雇用調整を行わざるを得ない事業主が、労働者に対して一時的に休業、教育訓練又は出向(以下「休業等」といいます。)を行い、労働者の雇用を維持した場合に、休業手当、賃金等の一部を助成するものです。
出典:厚生労働省 雇用調整助成金
本来、雇用調整助成金は、新型コロナウイルスの問題への対策として特別に用意されたというものではありませんが、令和2年4月1日から同年6月30日までの間を緊急対応期間として(令和2年4月24日現在)、特例措置が設けられています。
雇用調整助成金の特例措置の内容等について、詳しくは次のとおりです。
出典:厚生労働省 雇用調整助成金
■助成の要件に関する特例
①生産指標の要件を緩和
・生産量、売上高などの生産指標の確認は、休業等実施計画届の提出があった月の前月と対前年同月比で10%の減少が必要でしたが、対象期間の初日が緊急対応期間である令和2年4月1日から令和2年6月30日までの間は、これが5%減少とされました。
・生産指標の確認期間が3か月から1か月に短縮されました。
(※生産指標の確認は、休業等実施計画届の提出があった月の前月と対前年同月比で確認します。)
②最近3か月の雇用量が対前年比で増加していても助成対象
③雇用調整助成金の連続使用を不可とする要件(クーリング期間)を撤廃
過去に雇用調整助成金を受給したことがある事業主について、前回の支給対象期間満了日から1年が経っていない場合でも助成の対象とされています。
④事業所設置後1年以上を必要とする要件を緩和
(※この場合の生産指標の確認は、休業等実施計画届の提出があった月の前月と令和元年12月を比べます)
⑤休業規模の要件を緩和
休業等の延べ日数が対象労働者に係る所定労働日数が、以下の通り緩和されます。
中小企業:20分の1 ⇒ 40分の1
大企業:15分の1以上 ⇒ 30分の1以上
⑥休業等実施計画届の事後提出を可能とし提出期間を延長
すでに休業を実施し、労働者に休業手当を支給している場合でも、令和2年6月30日までは、休業等実施計画届を事後に提出することが可能です。
(※生産指標の確認は休業等実施計画届の提出があった月の前月と対前年同月比で確認します)
⑦短時間休業の要件を緩和
短時間休業については、事業所等の労働者が一斉に休業しなければなりませんでしたが、事業所内の部門や、店舗等施設単位での休業も対象とされることになりました。
■助成の内容に関する特例
①休業又は教育訓練を実施した場合の助成率の引上げ
中小企業:3分の2 ⇒ 5分の4
大企業:2分の1 ⇒ 3分の2
②解雇等しなかった事業主への助成率の上乗せ
次の要件を満たした場合、上記からさらに助成率が引き上げられます。
中小企業:5分の4 ⇒ 10分の9
大企業:3分の2 ⇒ 4分の3
・1月24日から賃金の締切期間(=判定基礎期間)の最終日までの間に労働者を解雇する等(解雇とみなされる有期契約労働者の雇止め、派遣労働者の事業主都合による中途契約解除等を含みます。)をしていないこと
・賃金締切期間(=判定基礎期間)の末日における労働者数が、比較期間(1月24日から判定基礎期間の末日まで)の月平均事業所労働者数と比して5分の4以上であること
③教育訓練実施の場合の加算額の引上げ
教育訓練が必要な被保険者について、教育訓練を実施した場合(自宅でインターネット等を用いた教育訓練を含む。)、加算額が引き上げられます。
中小企業:1200円 ⇒ 2400円
大企業:1200円 ⇒ 1800円
※ひとりにつき1日あたり
④新規学卒採用者等も対象
新卒で入社をした方など、雇用保険被保険者に該当して継続的に雇用された期間が6か月未満の労働者についても助成の対象になります。
※本特例は、休業等の初日が令和2年1月24日以降の休業等に適用されます。
⑤支給限度日数にかかわらず活用可能
「緊急対応期間」に実施した休業は、1年間に100日の支給限度日数とは別枠で利用できます。
⑥雇用保険被保険者ではない労働者も休業の対象
対象者には、事業主と雇用関係にある週20時間未満の労働者(パート、アルバイト(学生も含む)等)なども含まれます。
⑦残業相殺制度を当面停止
残業相殺制度(支給対象となる休業等から時間外労働等の時間を相殺して助成金を支給する制度)は、当面停止とされています。
問題社員のトラブルから、
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、企業としては、できる限り経営状態の悪化を防ぎたいところでしょう。
しかし、だからといって労働者に対する休業補償をしなくていいということにはなりません。国からの援助も受けつつ、労働者と十分協議のうえ、必要に応じて労働者に対する休業補償をしましょう。
苦しいときですが、日本全体で助け合い、何とかこの国難を乗り越えましょう。
ベリーベストでは、新型コロナウイルスの影響を受けて、対応にお悩みの企業・経営者・人事担当者の方からのご相談を承っております。
新型コロナウイルスの影響により休業させた労働者から休業補償を求められていたり、労働者への休業補償を検討しているものの、具体的にどのように対応すればいいのかお悩みの場合には、ぜひベリーベスト法律事務所までご相談ください。
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