企業法務コラム
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響により、多くの企業において、事業活動に多大な影響が生じた結果、倒産や労働者の解雇を余儀なくされています。
厚生労働省は、2020年5月21日の参議院厚生労働委員会で、新型コロナウイルス関連の解雇や雇止めが同月20日時点で9569人に上ることを明らかにしました。
しかしながら、日本の労働法では労働者は手厚く保護されており、新型コロナウイルスを理由に経営が悪化したからといって、全ての解雇が法的に有効になるわけではありません。判断や手順を誤れば思わぬ紛争に発展してしまうことがあります。
本コラムでは、
・ 新型コロナウイルスを理由とする解雇や雇止めの有効性の判断基準・注意点
・ 解雇や雇止めをするまでの手順
などについて解説していきます。
企業が経営上必要とされる人員削減のために行う解雇のことを、一般に「整理解雇」といいます。
整理解雇は能力不足や勤怠不良等の労働者の事情による解雇ではなく、使用者の経営上の理由による解雇であることから、長期雇用慣行が一般的な日本では、その有効性がより厳しく判断されるべきものと考えられています。
また、有期雇用契約労働者の契約を期間満了により終了させ更新をしない、いわゆる雇止め(やといどめ)も、
には、解雇と同様の法的規制に服しますので(労働契約法第19条)、解雇と同様に注意を要します。
新型コロナウイルスの影響により事業を行うことができずに経営状況が悪化した場合に行う解雇や雇止めであっても、経営悪化を理由とする限り整理解雇(雇止め)であることに変わりはなく、判断や手順を誤れば紛争に発展するリスクをはらんでいます。
問題社員のトラブルから、
解雇に関する法律上の規制として、労働契約法第16条があります。
同条は「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と規定しています。
整理解雇については、判例上、これがより具体的になり、以下の4つの要件(要素)によって正当性が判断されています。
裁判所は、以前は上記の4つの事項を全て満たすべき「要件」と解していましたが、近年は判断する際の4つのポイント(要素)と解し、それらに関する事情を総合的に判断している傾向にあります。
以下では、それぞれの要件(要素)の詳細を解説します。
文字とおり、経営上の理由により人員を削減する必要性が求められます。
たとえば、新型コロナウイルス感染拡大防止のために店舗の営業を中止したり営業時間を短縮したりしたために売り上げが減少したことから赤字に陥り、いくつかの店舗を閉鎖することとして人員に余剰が生じた場合などです。
もっとも、人員削減が必要か否かは高度な経営判断を伴う事項ですので、裁判所では企業の経営状態の詳細な認定をしつつも基本的には企業の判断を尊重することが多いといえます。
ただし、経営が黒字の状態で戦略として行われる整理解雇は、日本の裁判実務上は人員削減の必要性が否定される可能性があるので注意してください。
人員削減の必要性が認められる場合でも、解雇が労働者に与える影響が非常に多大であることから、企業は解雇以外の人員削減手段を用いてできる限り解雇を回避することが求められています。
一般的には、余剰人員の配転・出向・転籍、一時休業、残業の削減、新規採用の見送り、希望退職者の募集、非正規労働者の雇止め・解雇、役員報酬の削減などの手段をとることが要求されています。
上記の手段の全てをとらないと解雇が有効にならないわけではなく、具体的状況のなかで解雇回避のために真摯(しんし)かつ合理的な手段をとればよいと考えられていますので、どの手段をどういった手順でとっていくのか、よく検討しましょう。
整理解雇自体が必要である場合でも、解雇すべき人数を決定したうえで、合理的な選定基準を定め、その基準を公正に適用して被解雇者を選定する必要があります。
基準として用いられるものとして、年齢、勤続年数、扶養家族の有無、職種、勤務地、業績などが挙げられます。
整理解雇に名を借りた恣意(しい)的な解雇は無効と判断される可能性が高いでしょう。
労働協約や就業規則に、解雇一般または人員整理について、使用者に労働組合との協議を義務付ける条項がある場合はもちろん、そのような規定がない場合でも、使用者は、信義則上、労働組合や労働者に対して整理解雇を実施することやその詳細について説明し、納得を得るために協議を行うことが求められています。
政府は各企業に対し可能な限り従業員の雇用を維持するよう呼びかけるとともに、雇用調整助成金についての特例措置を実施するなどしています。
したがって、人員削減の必要性の有無や解雇回避努力が尽くされたか否かの判断にあたっては、一般に求められる経営努力のほか、各種助成措置を積極的に利用したか否かが非常に重要となるでしょう。
各種助成措置の詳細は、厚生労働省の雇用調整助成金についてのサイトのほか、経済産業省が発行している資料「新型コロナウイルス感染症で影響を受ける事業者の皆様へ」をご覧ください。
また、経営相談窓口も設置されていますので、こちらを活用して支援策や資金繰りについて専門家からアドバイスを受けることも有益でしょう。
有期雇用契約労働者を雇止めとする場合は、前記のとおり、
には、解雇と同様の法的規制に服します(労働契約法第19条)。
したがって、上記に該当する労働者を雇止めとする場合には、無期雇用契約労働者を解雇する場合と同様に、整理解雇の4要件(要素)を意識してその適法性を判断する必要があります。
もっとも、整理解雇の4要件(要素)における解雇回避努力として行うべき事項として、一般に「非正規労働者の雇止め・解雇」が挙げられますので、無期雇用契約労働者に対する整理解雇と比較すれば、有期雇用契約労働者に対する雇止めは、その適法性が認められやすいと考えてよいでしょう。
一方、有期雇用契約労働者を契約期間中に解雇する場合には「やむを得ない事由」が必要とされ(労働契約法第17条)、「やむを得ない事由」とは期間満了を待つことなく直ちに雇用を終了させざるをえないような特別の重大な事由と考えられており、無期雇用契約労働者に対する解雇よりいっそう慎重さが求められるでしょう。
では、整理解雇をする際、どのような手順で進めればよいのでしょうか。
以下で一般的な考え方をご紹介しますが、個々の事案では、企業規模、従業員数、業種、資金繰りの状況等さまざまな事情が異なるでしょうから、個別にご相談ください。
特に(2)~(4)については必ずしもその順序で進めるとも限りません(異なる順序で進めることや並行することもあります。)ので、柔軟に対応する必要があります。
当然のことではありますが、新型コロナウイルスを原因として経営に影響が生じてきたまたは生じるおそれがあるときは、経営状況を確認して整理しましょう。
売上高、原価、人件費、利益(営業利益、経常利益、当期純利益等)、これらの推移、業界や市場の動向、将来の見通し、余剰人員の有無などです。
労働者に説明し、納得を得られるようできる限りの整理を行うべきです。
ここまでご説明してきたとおり、解雇は容易には認められません。
できる限り解雇以外の手段をとる必要があります。
① 経費削減・各種助成措置の活用などを検討
経費削減策を検討するほか、前記2(3)および(6)でご説明した、各種助成措置の活用、余剰人員の配転・出向・転籍、一時休業、残業の削減、新規採用の見送り、役員報酬の削減などの実施を検討しましょう。
新型コロナウイルスを理由とする経営悪化の場合は、助成措置の活用の有無が解雇の有効性に影響すると考えられますので、積極的に活用すべきです。
② 具体的な人員削減の実施内容を検討
あわせて、人員削減をする場合にどの程度の人数の人員削減が必要なのかも確認します。
人数が少なければ実施は比較的容易である一方、繰り返し人員整理を行わなければならない可能性がありますし、多すぎればその分紛争リスクが高まるほか業績が回復に転じたときの対応が困難になるおそれがあります。
新型コロナウイルスに関する情勢がどのように推移するかは誰にもわからないことですので、非常に難しい判断となるでしょう。そのうえで、正社員の整理解雇に踏み切る前に派遣社員や契約社員等の非正規労働者の削減を検討します。
ただし、これまでご説明してきましたように、労働契約法第19条の適用対象となる有期雇用契約労働者の雇止めや有期雇用契約労働者に対する契約解雇期間中の解雇は法的な規制がありますので、(3)以降の手順も踏まえて慎重に行う必要があります。
③ 希望退職者の募集を行う
希望退職者の募集を行うことも重要です。
退職を望まずに解雇をされる場合に比べて、納得の上で合意退職となる方が労働者にとっての影響が小さいためです。
希望退職に応じた場合の金銭面の手当てや退職の時期を検討し、希望する労働者と協議を行いましょう。
非正規労働者の削減や希望退職者の募集によっては十分な人員削減をすることができなかった場合には、整理解雇に踏み切るほかないでしょう。
整理解雇を行うにあたっては、あらかじめいくつかの事項を決定する必要があります。
① 解雇する労働者の人数
単純にいえば、前記(2)において検討した削減すべき人数から、非正規労働者や希望退職により削減することができた人数を控除すればよいでしょう。慎重に決定すべきであることはご説明したとおりです。
② 被解雇者の選定基準
合理的な選定基準を決定しましょう。
もっとも、企業経営上欠かせない人物までが対象となっては本末転倒ですので、原則となる基準に、「業務遂行のために不可欠な人材は除く」等の例外を設けておくこともあり得ます。
ただし、このような例外を設けてそれが恣意的に運用されてしまっては基準を設けた意味がなくなってしまうので、あくまで例外として限定的に適用しましょう。
③ 解雇日
いつ解雇するかを決定します。
経営上の問題のほか、解雇予告期間(労働基準法第20条1項参照)の問題や、後述する労働者に対する説明や協議に要する期間も意識して決定する必要があります。
④ 金銭面の条件
退職金制度が設けられている企業では、規定に基づく退職金の金額を算出します。
一定の上乗せをする場合には、金額や算出基準を決めましょう。
新型コロナウイルスの問題が続いている限り、再就職が困難な可能性がありますので、金銭面の条件は労働者が強く意識するポイントだと考えられます。
まず、整理解雇を実施せざるを得ない状況であることを、できる限り具体的な数値を書面で示して説明しましょう。
説明すべき内容は、4(1)でご説明した、売上高、原価、人件費、利益(営業利益、経常利益、当期純利益等)、これらの推移、業界や市場の動向、将来の見通しなどです。
そのうえで、整理解雇の人数や選定基準も説明し、できる限り理解を得られるよう丁寧に対応することが重要です。
説明や協議の内容、程度は、解雇の有効性につながるばかりでなく、労働者の納得を得ることによって紛争化を防止することにもつながります。
解雇が法的に有効だとしても、紛争化をした時点でそれに対応するコストが発生しますので、そのような視点からも労働者の納得の重要性を認識して協議を行ってください。
労働者に対する十分な説明・協議をしたら、解雇を実施します。
予告期間を設けて解雇するのか、解雇予告手当を支払って解雇するのか、改めて確認をしましょう。
労働者を解雇した後は、離職票の交付や社会保険の資格喪失の手続きをきちんと行ってください。こういった手続きをきちんと実施することも、紛争化を防ぐための重要なポイントです。
問題社員のトラブルから、
新型コロナウイルスの問題は、突然発生する問題である上に将来の見通しも不明確ですから、企業は多くの対応に苦慮しているものと思われます。
整理解雇は解雇の中でも有効性が特に厳しく判断され、手順を誤れば紛争に発展し、さらなるコストの増加につながってしまいます。
弁護士に相談のうえ、正しい手順で進めることをおすすめします。
整理解雇をお考えの際は、ぜひベリーベスト法律事務所にご相談ください。
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