企業法務コラム
今回の新型コロナウイルスの世界的流行によって、日本の経済も大きなダメージを受けています。特に、観光業や飲食業での影響は甚大です。
そんな状況の中、企業を存続させていくためには、労働条件の見直しが必要になるところもあります。ただ、労働条件を就業する労働者にとって不利な内容に変更するには、厳しい要件が課せられています。労働者が一方的に不利な内容に変更されては労働者の権利が害されてしまうからです。
本記事では、労働者とのトラブルを避けながら、スムーズに従業員の労働条件を変更するための方法について解説したいと思います。
会社で働く労働者に対しては、賃金や就労時間など一定の条件に合意してもらった上で働いてもらう必要があります。具体的な項目を確認します。
労働契約は、労働者と使用者が合意することによって成立しますが、口頭だけの契約だと後になって「話が違う」などと、争いになる可能性があります。
特に労働契約は、賃金や労働時間などが原因でトラブルになりやすいことから、労働基準法15条1項に、「使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない」と定めています。
さらに、同法施行規則5条1項では、使用者が労働者に対して必ず明示しなければならない労働条件として、次の6項目を挙げています。
また、使用者は労働者に対し、上記6項目に関しては、賃金の昇給に関する事項を除き、上記6項目が明らかとなる書面の交付により明示しなければなりません(労働基準法15条1項、同法施行規則5条3項、4項)。
労働関係を規律するものとしては、法令、労働協約、就業規則、雇用契約があります。
① 法令
この中でもっとも効力が強いのが「法令」です。
法令に違反する労働協約、就業規則、雇用契約は無効となります。
② 労働協約
次に効力が強いのは「労働協約」です。
労働協約は労働組合と会社使用者との合意により作成されるので、法令に次いで効力が強くなっています。
③ 就業規則>雇用契約
就業規則は、労働者の過半数で組織する労働組合または労働者の過半数を代表する者から意見を聞いて作成されるという点で労働協約よりは効力は弱いですが(就業規則は、法令または当該事業場について適用される労働協約に反してはならず(労働基準法92条1項)、就業規則が法令または労働協約に反する場合、法令や労働協約の適用の対象となる労働者には、当該就業規則の法令や労働協約に反する部分については、適用されません(労働契約法13条)。)、個別の契約である雇用契約よりは効力が強いものとなっています(就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、基準に達しない部分は無効となります(労働契約法12条)。)。
以上より、効力が強い順番に並べると、
となります。
問題社員のトラブルから、
原則的に、会社が一方的に労働条件を変更することはできません。
なぜなら、労働契約法8条に、「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる」と規定されているからです。
① 社会環境の変化により、賃金カットなどを行うケース
労働条件の不利益変更が必要になるケースとしては、今回のコロナ禍のように、社会環境の変化によって経営が悪化し、現行の労働条件が維持できなくなった場合などがあげられます。会社の倒産をできるだけ避けるために、やむを得ず、賃金カットなどの経費削減が必要になるわけです。
② 諸手当・賞与・退職金・労働時間などの条件を変更するケース
その他、諸手当の廃止、あるいは減額、賞与、退職金の引き下げなどもあります。
なお、賃金は変わらずに労働時間の延長や、休憩時間を短縮することも不利益変更にあたります。
問題社員のトラブルから、
労働条件の不利益変更をする場合は、① 労働者の同意、② 就業規則の変更、③ 労働協約の変更などの手続きが必要となります。
雇用契約も契約である以上、当事者が合意すれば不利益であっても変更することは可能です。そのため、会社としては、労働者との話し合いでの合意が重要になります。
その場合、トラブル防止の観点から、合意内容を書面に残すことをおすすめします。
しかし、労働者全員から合意を得ることは難しい場合も多く、その場合には、労働協約あるいは就業規則の変更が選択肢となり得ます。
① 組合員との合意が必要
労働組合がある場合には、会社と労働組合が合意の上で労働協約の変更が行われれば、労働条件を変えることができます。
労働協約は書面で作成することが効力要件になっているので、両当事者が書面に署名または記名押印する必要があります(労働組合法14条)。
② 組合員以外の労働協約の扱い
ただし、組合員以外には効力は及びません。したがって、非組合員がいる場合には、原則として非組合員とも個別合意が必要になります。
ただ、例外として労働組合法17条には
と規定されています。
したがって、この規定の適用があれば、非組合員にも効力が及びます。
しかし、この規定があっても、4分の1未満の労働者が別の労働組合を結成している場合には、かかる少数組合には効力が及ばないとの見解が有力です。
① 就業規則の変更は、労働者全員の同意がないとできないのか?
労働契約法9条では、
と定めているため、就業規則を不利益変更する場合にも、原則として労働者の同意が必要になります。
ただし、労働契約法10条では、
との例外規定があります。
そのため、就業規則の変更に反対する労働者がいたとしても一定の条件を満たせば就業規則を変更することは可能です。
② 就業規則の変更をするために必要なこと
なお、就業規則を変更する場合には、就業規則の改正案を作成し、労働者に説明し、労働者の過半数で組織する労働組合または労働者の過半数を代表する者から意見を聞く必要があります。
その後、常時10人以上の労働者を使用している場合には、労働基準監督署に「就業規則変更届」を提出します。
変更後の就業規則については、労働者に書面で交付するか、常時各事業所の見やすい場所に掲示する、あるいはイントラネットへの掲載などで周知する必要があります。
① 合理性が認められない就業規則の変更は無効
労働者や組合から合意を得られない場合でも合理的な内容であれば、就業規則を変更することができると説明しました。
しかし、労働者や組合に変更内容が受け入れられないという時点で、後からトラブルに発展する可能性があります。
そのため、合意が得られないまま労働条件を変更する場合でも、どの部分にお互いの齟齬(そご)があるのか確認した上で、可能な限り労働者に配慮することが重要です。
「合理性」には、使用者側の変更の必要性が求められ、労働者の受ける不利益性を勘案して総合的に判断されます。合理性が認められない場合、就業規則の変更は無効となります。
② 変更後の内容が、法令や労働協約に反する内容になっていないこと
手続きに際しては、法令や労働協約に反する内容になっていないか確認する必要があります。
法令に反する就業規則は作成することはできませんが、労働協約に反する場合は、労働協約を解約して就業規則の変更ができます。
有効期間の定めがある労働協約は、原則として期間中は解約できませんが、定めがない場合、90日以上の期間をおいて書面で相手方に予告すれば、解約することができます。
問題社員のトラブルから、
就業規則を変更することで、労働者の合意が得られなくても労働条件を変更することができます。
ただ、不利益変更により従業員の士気の低下などのデメリットが生じる可能性もあります。
労働組合や個人の合意を経ずに就業規則の変更により労働条件を不利益変更した場合、労働者から反発を受ける可能性があります。モチベーションの低下により生産性が落ちるなどのリスクもあるでしょう。
また、それが大量の退職につながる可能性も想定され、事業の継続自体が危ぶまれることにもつながりかねません。
不利益変更を行った場合、労働者から変更措置の無効を主張する訴訟が提起される可能性があります。
裁判まで発展すれば、結果にかかわらず労働者との関係性は悪化し、信頼関係の回復が難しくなる可能性があります。
インターネットが普及した現代においては、誰でも情報を発信できるので、労働条件の不利益変更を行ったという事実は、瞬く間に広がる可能性があります。
リストラにより企業の業績が回復するとの見方もあるかもしれませんが、賃金カットを断行するほど業績が悪化している、あるいはブラック企業ではないかと風評被害を受け、会社自体の信用が低下するリスクもあります。
問題社員のトラブルから、
今回は、企業がやむを得ず労働条件について不利益変更する場合の注意点などについて解説してきました。
労働者から同意を得なくても就業規則の不利益変更は可能ですが、労働者にしっかり説明し合意を得ることが基本であり、合意が得られない場合には、さまざまなリスクが発生します。
不利益変更を断行する前に、労働者との十分な話し合いで無用なトラブルを回避することができます。交渉も含めて心配がある場合、弁護士に依頼することもひとつの方法です。
ベリーベスト法律事務所では、労働者との交渉、就業規則の作成、紛争が生じた場合の対応などについてサポートすることが可能です。
労働問題について穏便な解決方法がないかとお悩みをお持ちであれば、お気軽にご相談ください。
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