企業法務コラム
上場企業であっても、経済不況や為替変動の影響で業績が悪化したことを理由としてボーナスのカットを決定することがあります。一方で、「社員に与えるボーナスを勝手にカットすることに問題はないのか?」という点を心配されている経営者もおられるでしょう。
本コラムでは、ボーナスをカットすることは違法なのか、ボーナスをカットしても違法にならないようにするにはどうすればよいのかについて、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
ボーナスとは、「賞与」のことです。
労働基準法にかかる通達では、賞与について、「定期又は臨時に、原則として労働者の勤務成績に応じて支給されるものであって、その支給額が予め定められていないものをいう。」と定義されています(昭和22年9月13日発基17号)。一般的に、賞与は夏と冬に支給されます。
賞与については労働基準法では「賃金」に該当しますが、支給義務については定めがなく、法律上は支給しても支給しなくても構わないものとなっています。つまり、ボーナスを支払うかどうかは企業に任せられています。また、通達には、「支給額が予め定められていない」とあり、賞与をいくら支払うとするのかも、会社の自由ということになります。最低賃金法の適用もありません。
しかし、労働協約や就業規則、労働契約などで賞与の支給について定めて、支給基準を「基本給の2か月分とする」など明確に規定している場合には、賞与も支給基準に従って支払わなければなりません。
支給基準をどのように定めるのか(合意するのか)は会社に委ねられています。支給金額を勤務成績や業績と連動して決定するとしていることが多く、その場合には業績が悪い場合には低額での支給も違法にはなりません。この意味では、通常の賃金とは異なり、柔軟性の高い性質をもつものであると言えるでしょう。
問題社員のトラブルから、
これまで説明してきたとおり、ボーナスをカットしたことが違法となるかどうかは労働協約や就業規則、労働契約等でボーナスについてどのように規定しているのかによるのです。
たとえば、就業規則において「賞与の額は夏期については基本給の2か月分、冬期については基本給の3か月分とする」と規定している場合には、この基準どおりのボーナスを支払わなければ違法です。「業績が悪いから」という理由で、社員それぞれの合意なく1か月分にすることは許されないのです。
しかし、企業としては業績悪化や成績不良者について減額の可能性を残しておきたいため、通常は「勤務実績に応じて、支給額を減額、又は支給しないことがある」あるいは「会社の業績の著しい低下その他やむを得ない事由により、支給額を減額、又は支給しないことがある」などと規定されています。また、支給はするものの、「支給日を変更する場合がある」と時期をずらす規定を設ける場合もあります。
このような規定があるときには、業績が悪化した場合にボーナスをカットすることは、違法とはなりません。ただし、ほんの少し業績が悪化したことを理由にボーナスを全額カットするなど労働者に不測かつ大きな不利益を与えるものである場合には部分的に違法となる可能性もあります。
また、個別の労働者について勤務実績不良として減額する場合にも、合理的な理由が必要とされます。たとえば、評価者が「個人的に気にいらない」という理由で減額することは許されません。他の労働者との公平性は保たれなければなりませんし、恣意的な運用は許されません。その後の紛争を防ぐためには、評価基準を整えて当該基準に基づいて評価したうえで減額の判断をすべきです。
その他、「有給休暇の取得が多い」「育児休業の取得を請求した」など、労働者に認められている正当な権利を行使したことについて、それを理由にボーナスを減らすことは違法となります。ただし、就業規則等に減額を許容する文言がある場合には、産休や育休を実際に取得して就労していない期間がある場合にそれを考慮して減額することは認められると考えられています。
また、転職あるいは退職予定だからボーナスを全額支払わないということは許されません。賞与には「これまでの労働の対価の後払い」としての側面と「今後の期待に対する支払い」という側面があるため、少なくとも「これまでの労働の対価の後払い」としての部分は支給するのが妥当だと考えられているからです。したがって、全額支払わないことは違法となりますが、減額については就業規則等に文言がある限り可能です。
上述してきたように、ボーナスの支給義務が発生するのは、労働協約や就業規則に賞与の支給義務が規定されている場合です。それが定額の支払いを内容とする場合には全額支払う必要があるので、ボーナスカットは認められません。したがって、ボーナスカットを適法に行うためには、定額ではなく、その都度決定する内容にしておくことが必要になります。
具体的には、「賞与は、業績と勤務成績に応じて、その都度決定して支給する。ただし、会社の業績が著しく低下した場合、あるいは勤務成績が著しく不良の場合、その他やむを得ない事由がある場合には、支給しないことがある。」などと規定することができます。
このような規定にしておけば、業績低下や成績不良が事実である限り、業績低下や成績不良によるボーナスカットが違法になることは基本的にありません。
ただし、このような規定があっても、実際は長年にわたって毎回基本給の2か月分などが形式的に長期間支払われていたような場合には、「慣習」があり、それが契約内容になっていると判断される可能性があります。そして、慣習になっていたボーナスを突然にカットすることは、違法になる可能性があるのです。ただし、「慣習」になっていたと評価されるには数年単位ではなく長年そうだと言えるほど長期間継続している必要があると考えられていますので、慣習に基づいて支払い義務が認められる可能性は大きいとは言えません。しかしながら、より安全に行うには、毎回、業績や勤務実績を考慮して金額を定めているという実績を作っておくとよいでしょう。
なお、業績不振の場合にボーナスをカットすることのできる就業規則に変更することをお考えになる方もいらっしゃるでしょうが、ボーナスを会社がカットできるようにする条項を新たに入れるとなれば、就業規則の不利益変更にあたります。
就業規則を不利益変更する場合には、原則として労働者の合意を得る必要があります。ただし、就業規則を不利益に変更することに合理的な理由があり、労働者代表(労働者の過半数で組織する労働組合、これが存在しない場合は労働者の過半数の代表者)の意見を聴いた上で、労働基準監督署に届け出るとともに、変更後の就業規則を従業員に周知すれば、例外的に合意がなくても不利益変更が許されます(労働契約法10条)。
合理的な理由として認められる要件は、「最二小判平9.2.28、民集51-2-705:第四銀行事件」の判例で示されています。
この判例では、合理性の有無は次の事情を総合的に考慮して判断しています。
就業規則において業績や勤務成績によりボーナスカットがある旨規定されていたとしても、トラブルを回避するためには、その理由を社員らに説明しておくのが適切です。
一般論として、ボーナスをカットされて喜ぶ人はいません。企業の経営者には、誠実に事情を説明することが求められるのです。
具体的には、業績悪化が理由なのであれば、「どれだけ当期利益が下がったのか」「その理由は何なのか」を説明したうえで、「ボーナスをカットしなければ、今後の業務の継続が難しい」ということがわかる資料を提示するとよいでしょう。単に「業績が下がったからボーナスカット」では納得は得られにくいでしょう。
次に、成績不良な社員のボーナスをカットする場合には、社員に説明を求められた場合にはいつでも説明できるように資料を準備しておく必要があります。具体的には、人事の評価基準を示したうえで、その根拠となる事実を示す必要があります。たとえば、遅刻が多いのであれば、出退勤記録やタイムカードが必要となります。営業成績が悪い場合には、営業成績の一覧表など、客観的な資料を準備しておく必要があるのです。
ボーナスカットが社員とのトラブルに発展する背景には、社員の側に「会社の説明が不十分である」「カットの理由に納得がいかない」という不満があることが多いです。誰が聞いても納得せざるを得ないような資料を準備して、誠実に説明して理解を得ることが大切です。
景気の悪化や業績の不振など、経営者にとっても労働者にとっても、ネガティブな状況が続いていた場合、ボーナスカットなどを行うことについては、労働者は「仕方がないことだ」と頭で納得していても、感情的には不満を募らせている可能性があります。
さらに企業の状況が悪化すれば、賃金カットやリストラを実施しなければならない場合もあります。そのような事態になれば、重大な労働問題に発展するおそれがあります。
トラブルを未然に防ぐためには、日頃から丁寧な従業員対応を心がけ、労務問題を適切に処理していく必要があります。就業規則の見直しなど法的なアドバイスが必要になることもあると思いますので、そのようなときは弁護士に相談してください。
顧問弁護士であれば、会社の事情について事前に把握しているので、労働問題に発展した場合でも会社の内容を一から説明する必要はなく、すぐに対応することが可能です。
問題社員のトラブルから、
本コラムでは、ボーナスカットが違法な場合と適法な場合について解説してきました。
ボーナスカットが労働問題に発展した場合、紛争が長期化する可能性があるので、できるだけ早い段階で弁護士に相談することをおすすめします。また、予防的に弁護士が介入することで、紛争を未然に防ぐお手伝いができます。
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