企業法務コラム
会社が業績不振に陥った場合、経営者としては倒産リスクを避けるために経費削減などのさまざまな対策を検討することになります。労働者を解雇する手段は人件費削減の効果が大きいものの、あくまでも最終的な手段です。そのため、解雇ではなく減給(賃金カット)によって、経営の再建を図ろうとする企業もあるでしょう。
会社の経営状況の悪化という状況があっても、会社が一方的に労働者の賃金を減給することは認められておらず、所定の手続きを踏んで行う必要があります。
本コラムでは、業績不振を理由とした減給についてベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
業績不振を理由にした減給が認められるのは、どのようなケースなのでしょうか。
まず、労働契約上、減給はどのような位置づけにあるのかと、減給を行う方法などについて説明します。
労働者にとって、賃金は生活の原資となる重要なものであり、労働条件の中核をなすものです。そのため、使用者が一方的に減給することができるとなると、労働者の生活は著しく不安定なものとなってしまいます。
そのため、労働基準法やその他の法律によって、このような一方的な労働条件の不利益変更は、原則として禁止されています。
したがって、会社が勝手に労働者の給与を減らすということは、原則として認められません。
労働条件の不利益変更は、原則として禁止されていますが、絶対的に禁止というわけではありません。
会社の経営状況が悪化している状態で、無理をして今までどおりの給与を支払い続ければ、会社が倒産してしまう可能性もあります。
そこで、労働者の合意がある場合や、減給に合理的な理由があり、正式な手続きを踏んで行われる場合には、例外的に労働条件の不利益変更が認められます。
① 労働契約
労働契約法第8条では、労働者と使用者の合意による減給を認めています。
減給によって不利益を受けるのは、労働者です。そのため、労働者が減給に合意している場合は、労働条件の不利益変更が認められます。
② 労働協約
労働組合が組織されている会社では、労働協約の変更によって減給を行うことが可能です。
労働協約によって減給を行う場合には、個別の労働者との合意がなくても、減給の効力は及びます。
会社は、労働組合と協議を行い、労働協約で規定する賃金の部分を変更していくことになります。
③ 就業規則
就業規則の変更による不利益変更については、原則として禁止されています(労働契約法第9条)。
これは、労働契約や労働協約による減給の場合には、個別の労働者や労働組合との協議によって変更がなされるのに対し、就業規則による減給は、会社の一方的な判断でできてしまうので、労働者の不利益が大きすぎるということが理由です。
もっとも、就業規則の変更による減給については、その内容を労働者に周知させ、かつ就業規則の変更が合理的なものであるときは、例外的に認められます(労働契約法第10条)。
就業規則の変更が合理的なものであるかどうかは、主に以下のような基準で判断されることになります。
なお、労働基準法第91条は、就業規則による減給を定めていますが、これは業績悪化による減給を定めたものではなく、「制裁」としての減給処分の規制です。
そのため、労働基準法第91条は、業績悪化を理由とする減給を規制する根拠とはなりませんので注意が必要です。
問題社員のトラブルから、
労働基準法やその他の法律では、業績不振による賃金カットについて、明確に上限を定めた規定はありません。
基本的には、個別具体的な事情に応じて減給が合理的なものであるかを判断されますが、あまりにも不合理な減額率である場合には、無効と判断されるリスクがあります。
減額率が大きくなれば、当然ながら労働者の受ける不利益は大きくなります。
そのため、減額率を大きくするのであれば、経過措置を設ける、賃金や報酬が高額な役員の減額率を一般の労働者の減額率よりも大きくするといった対応が必要になってくるでしょう。
なお、労働基準法第91条は、制裁による減給をする場合には、賃金の10%が上限であると
しています。
労働者に非がある場合の減給でも10%が上限であることからすると、会社の一方的な都合で行う減給が10%を超えるのは、労働者に与える不利益が大きいと判断されやすいとも考えられます。
そのため、労働基準法91条を基準として、減額率を検討するのも、ひとつの考え方といえるでしょう。
業績不振による減給をすることを決めた場合、どのように進めるべきなのでしょうか。
注意点とあわせて解説します。
業績不振による減給をする場合には、前述したように
方法を検討します。
会社としては、労働者や労働組合に対して、十分な説明と協議をすることが求められます。
まずは、会社の業績を分析したうえで、減給の方針を決定します。
その際には、どの範囲の労働者に対して、どの程度の減給を行うのかについて具体的に検討することが重要です。
減給の方針が決定したら、その方針に従って労働者との面談を行い、減給に至った経緯や減給の内容などについて十分な説明を行います。
労働組合がある場合には、労働組合と協議を行い、減給について理解を得られるように努めましょう。
労働者から減給についての個別の同意が得られた場合には、必ず同意書を作成しておきましょう。
口頭の合意だけでは、後日「そのような内容の合意はしていない」などと主張されて、減給が無効となってしまうリスクがありますので注意が必要です。
労働組合との間で合意に至ったときには、労働協約を締結します。
労働協約は、書面により作成し、両当事者が署名または記名押印することが必要となります(労働組合法第14条)。
就業規則を変更する方法での減給を検討する場合は、より慎重に進めていく必要があります。
就業規則の変更による減給は、労働者の合意なく会社が一方的に行う不利益処分ですので、不合理な内容の場合は無効と判断されるリスクがあります。
そのため、減給の方針は慎重に検討する必要があるといえます。
合理性の有無については、経営や労働状況などから総合的に判断することになり、個別具体性が非常に高くなるので、弁護士に相談しながら進めるのが良いでしょう。
就業規則を変更する場合には、労働者代表者からの意見聴取が義務付けられています。
労働者代表者から就業規則の変更についての意見を聞き、労働者代表者から意見書をもらうようにしましょう。
就業規則を変更する場合には、労働基準監督署に新しい就業規則、労働者代表者からの意見書、就業規則変更届を提出します。
就業規則の不利益変更の際には、労働者への周知も条件とされていますので、変更の届け出が終わった後は、労働者がいつでも確認できる場所に掲示するなどして周知することが必要です。
業績の悪化した企業としては、賃金のカットではなくボーナス・賞与をカットすることによって業績の回復を図ることも考えられます。
ボーナス・賞与のカットについては、どのような規制があるのでしょうか。
ボーナス(賞与)とは、定期または臨時に、原則として労働者の勤務成績に応じて支給されるものであって、その支給額があらかじめ確定されていないものをいうとされています(昭和22年9月13日基発17号)。
労働基準法第11条においては、ボーナスも賃金の一種とされていますが、支払い方法や就業規則の記載事項など通常の賃金とは異なる取り扱いがなされており、使用者にボーナスの支給を義務付けるものではありません。
したがって、ボーナスを支給するかどうかは使用者の裁量に委ねられているのが原則です。
では、ボーナスカットも会社が自由に行うことができるのでしょうか。
ボーナスをカットすることができるかどうかは、賞与制度が就業規則でどのように定められているかがポイントです。
ボーナスを支給する根拠は、就業規則にありますので、就業規則によって定められた賞与制度の内容次第で結論が変わってきます。
● 事例
たとえば、次のような賞与制度が就業規則に定められていたとします。
①と②では、賞与の具体的な金額が決まっていないため、労働者には具体的な賞与請求権は発生していません。そのため、会社がボーナスをカットすることも可能です。
しかし、③のような規定だとボーナスの金額は具体的に決まっていますので、会社がボーナスをカットするためには、労働者の同意を得るか就業規則の不利益変更の手続きを踏む必要があります。
問題社員のトラブルから、
業績不振に陥っている場合、経営者としては労働者の賃金カットも検討しなければなりません。
業績不振というやむを得ない理由に基づくものですが、減給は労働者に与える不利益も大きいため、自由に行えるわけではなく所定の手続きを踏んで慎重に行う必要があります。
減給をする際には、労働者とトラブルにならないようにするためにも、労働問題に詳しい弁護士のサポートを受けながら進めることが有効な手段です。
ベリーベスト法律事務所では、業種ごとに専門チームが設けられているので、商慣習に応じた適切なサポートを提供することができます。企業における労働問題は、ぜひベリーベスト法律事務所までご相談ください。
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