企業法務コラム
「カスハラ」という言葉を聞いたことのある方も多いでしょう。カスハラとはカスタマーハラスメントの略称であり、職場外の顧客から従業員に対して行われるハラスメント行為のことです。
厚生労働省が発表している「令和2年度 職場のハラスメントに関する実態調査」によると、カスハラに該当する「顧客等からの著しい迷惑行為」について、過去3年間で一度以上経験したことのある人の割合は15.0%となっています。
このようなカスハラが生じているにもかかわらずそれを放置すると、企業運営にあたってさまざまなリスクやデメリットが生じるため、企業としては適切な対応が求められます。
今回は、カスハラから従業員を守るために企業がとるべき対策や対応、義務などについて、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
カスハラとはどのような言動のことを指す言葉なのでしょうか。以下ではカスハラの一般的な定義と判断基準について説明します。
カスハラとは、「カスタマーハラスメント」の略称であり、顧客や取引先などからのクレームのうち過剰な要求や不当な言いがかりなどのことを指す言葉です。法律上の明確な定義はありませんが、一般的にこのような意味の言葉であると理解されています。
商品やサービスを提供している企業であれば、利用者や顧客などから商品やサービスなどについてクレームを受けることもあります。もちろん、すべてのクレームがカスハラにあたるわけではありません。
カスハラにあたるかどうかについては、以下のような基準によって判断することになります。
① 顧客からの要求内容の妥当性
顧客からの要求内容が妥当性を欠くものであった、いわばまったくの言いがかりのような場合には、それを実現する(企業へ伝える)ための手段・態様がどのようなものであったとしても、カスハラと判断されることになります。
顧客からの要求内容が妥当性を欠くものとしては、以下のものが挙げられます。
② クレーム・言動を実現する手段・態様の社会通念上相当性
顧客からの要求内容そのものは妥当性を有する場合であっても、その要求を実現する(企業へ伝える)ための手段・態様の悪質性が高い場合には、社会通念上不相当と判断されて、カスハラにあたる場合があります。
例えば以下のような手段・態様については、悪質性が高いものと考えられますので、要求内容の妥当性にかかわらず、カスハラと判断される可能性が高く、程度がひどい場合は脅迫や強要、威力業務妨害などの犯罪に該当することさえあるでしょう(後述の4(3)参照)。
他方、以下のような手段・態様については、それ自体の悪質性が当然に高いというわけではありませんので、要求内容の妥当性を踏まえて相当性が判断されることになります。
③ 労働者の就業環境が害されること
労働者の就業環境が害されるとは、労働者が顧客からのクレームによって身体的・精神的苦痛を受け、就業環境が不快になったため十分に能力を発揮することができないなど、就業するうえで看過できないほどの支障が生じることを指します。
企業がカスハラを放置していると、企業運営にあたって以下のようなリスクが生じます。
カスハラによって、顧客から不当なクレームを受けた場合には、担当者である従業員がその対応をしなければなりません。クレームの内容によっては、電話対応だけでなく謝罪訪問や社内での対応方法の検討、弁護士への相談など多くの時間を浪費することになります。
企業として貴重な労働力をカスハラの対応に割かなければならなくなると、当然業務への支障もでてきますし、それによって生産性や収益の低下につながるリスクがあります。
カスハラに対応しなければならない従業員は、心身ともに多大なストレスを抱えることになります。このようなストレスが重なると業務のパフォーマンスが低下するだけでなく、睡眠不足や精神疾患といった健康被害が生じるおそれもあります。
従業員が企業に対して、“カスハラに対して適切な対応をしていない”と感じた場合、不信感を抱き、退職してしまうリスクもあります。
以下で改めて説明しますが、カスハラを放置することで、従業員に対する企業の責任が問われるリスクもあります(安全配慮義務違反。3(2)参照)。
それでは、カスハラに関して企業にはどのような法的義務があるのでしょうか。
カスハラについては、厚生労働省が「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)」によって、以下のように企業が取り組むべき内容を定めています。
① 適切に対応するために必要な体制の整備
企業には、顧客からの著しい迷惑行為について労働者から相談があった場合に、その内容や状況に応じて、適切かつ柔軟に対応するために必要な体制を整備することが求められます。具体的には、以下のとおりです。
また、従業員が安心して相談をすることができるよう、「カスハラについて相談をしたことを理由として、解雇などの不利益取り扱いを受けることがない」ことも周知することが求められます。
② 被害者への配慮のための取り組み
カスハラの被害にあった従業員は、心身ともに多大なストレスを抱えることになりますので、カスハラの被害にあった従業員に配慮するための取り組みも必要になります。具体的には、被害者のメンタルヘルスへ対応する窓口を設置する、カスハラに対しては複数人の従業員で対応するといった取り組みなどが挙げられます。
③ 顧客からの著しい迷惑行為による被害を防止するための取り組み
企業には、カスハラが生じた場合の対応だけでなく、カスハラを防止するための取り組みも求められています。具体的には、カスハラを防止するための対応マニュアルの整備や社内研修の実施などが有効な手段と考えられます。
労働契約法では、企業の従業員に対する安全配慮義務を定めています(労働契約法5条)。安全配慮義務とは、従業員が安全かつ健康に仕事をすることができるようにするための企業の義務のことをいいます。
カスハラ被害を防止するための取り組みやカスハラ被害にあった従業員への配慮を怠った場合には、安全配慮義務違反を理由として、従業員から損害賠償請求を受ける場合もあります。そのため企業は、労働者を守り、また安全配慮義務違反を問われないようにするためにも、業種や業態、企業規模に応じた適切な対策を講じる必要があります。
上記の他にも企業がとるべき対策としては、以下のものが挙げられます。
顧客からのクレームが正当なクレームであるのか、カスハラにあたるような悪質なクレームであるのかについては、専門家でなければ判断が難しいものもあります。逆に正当なクレームであるにもかかわらず、カスハラとして対応してしまった場合、企業のブランドイメージの低下を招くおそれもありますので、適切に判断することが重要です。
このような場合には、顧問弁護士を利用することによって、カスハラにあたるかどうかを迅速かつ適切に判断することが可能になります。従業員では対応が難しいカスハラについても弁護士に対応を任せることができますので、業務のパフォーマンスの低下や時間の浪費といった企業運営上のデメリットを回避することも可能です。
カスハラ対策として顧問弁護士との連携も有効な対策となりますので、顧問弁護士を利用していない企業は、積極的に顧問弁護士の利用を検討するようにしましょう。
カスハラが生じて、その問題を解決したとしてもそれで終わりにするのではなく、カスハラの事案を教訓にして再発防止のための取り組みをすることも大切です。
カスハラの事案を整理し、社員研修の資料にするなどして従業員に周知・啓発することによって今後同様のカスハラが生じることを未然に防げるようにしましょう。
自分の要求を実現するために強迫的な発言をしたり、大きな怒鳴り声をあげて周囲の迷惑をかけたりするような言動をする顧客もいます。また、お店のものを破壊したり、従業員に対して危害を加えたりする顧客もいるでしょう。
このような悪質なカスハラについては、脅迫罪、業務妨害罪、暴行罪、傷害罪などの刑法上の犯罪行為にあたる可能性がありますので、状況に応じて刑事告訴も検討する必要があります。
犯罪の成否の判断や刑事告訴の手続きについては、専門的な知識が必要になりますので、弁護士への相談をおすすめします。
カスハラの防止やカスハラが発生した場合の対応は、企業の法律上の義務(従業員への安全配慮義務)にもかかわってきますので、適切な対応が必要です。カスハラへの対応としては、カスハラへの対応体制の整備、対応マニュアルの策定、社内研修の実施など多岐にわたります。
企業の規模や業種などによって具体的な対応は異なってきますので、どのような対応が最適であるかについては、専門家である弁護士に相談をすることをおすすめします。
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