企業法務コラム
令和元年5月10日に可決・成立した「特許法等の一部を改正する法律」(公布日は5月17日)において、特許権侵害による損害額の算定規定に関する改正が行われました。
<改正の概要>
■改正内容1
侵害者が得た利益の内、これまで否定されることの多かった、特許権者等の実施能力等を超える部分の賠償についても、損害賠償請求を可能にすること(改正特許法102条1項)。
■改正内容2
ライセンス料相当額の賠償請求をする場合において、損害額の増額が可能となるよう、損害額算定の考慮要素を明確化すること(改正特許法102条4項)。
本記事では、以上の主に2点について、改正の内容を具体的にご説明いたします。
特許権侵害により生じた損害の額は、その性質上、立証が困難であることから、旧特許法(以下、「旧法」といいます)では、特許権者等の立証の負担を軽減すべく、102条1項において、特許権者等の逸失利益の額を特許権侵害による損害額とすることができる旨を定めていました。具体的な内容(条文)は次のとおりです。
<旧法102条1項>
特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、その譲渡した物の数量(以下この項において「譲渡数量」という。)に、特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を、特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた額を超えない限度において、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。ただし、譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとする。
このように、旧法102条1項は、「特許権者又は専用実施権者(以下、「権利者」といいます)の実施の能力に応じた額を超えない限度において……」との点や「……数量を権利者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除する」との点において限度はあるものの、基本的に、「侵害者が譲渡した物(侵害の行為を組成した物)の数量に、権利者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額」を権利者が受けた損害の額とする旨を定めていたことから、権利者にとっては、この規定が、「損害額の立証についての負担が軽減される」という意味で、非常にフレンドリーなものとなっていました。
上記の限度を超える部分、つまり、①「権利者の実施の能力に応じた額を超える部分」や②「権利者が販売することができないとする事情がある場合に控除された部分」があるとしても、これらは、特許発明が他人に無断で実施されたことの結果に他なりません。
そうとすれば、権利者としては、これらの①及び②の部分に基づいても、侵害者に対して、何らかの損害賠償を請求したいと考えるのが自然です。事実、権利者が、これら①及び②の部分に基づいて、特許法102条3項によるライセンス料相当額分の賠償を請求するというケースもいくつか見られました。
しかし、旧法では、上記①及び②の部分に関する損害額の取り扱いについて、明確な整理を行っていなかったことから、裁判例においても、このような請求の可否についての判断が分かれるというように、この点がひとつの大きな論点となっていました。
そのため、旧法下では、権利者及び侵害者の双方にとって、損害額についての予見性が十分に担保されず、特に、権利者にとっては、訴訟を提起したものの、満足のいく損害額が得られないという問題が生じていました。
そこで、このような問題を立法的に解決すべく、今般、
等の考えの下、特許法102条1項について、次のような改正が行われました(以下、改正特許法のことを「改正法」といいます)。具体的な内容(条文)は次のとおりです。
<改正法102条1項>
特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、次の各号に掲げる額の合計額を、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。
一 特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額に、自己の特許権又は専用実施権を侵害した者が譲渡した物の数量(次号において「譲渡数量」という。)のうち当該特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた数量(同号において「実施相応数量」という。)を超えない部分(その全部又は一部に相当する数量を当該特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量(同号において「特定数量」という。)を控除した数量)を乗じて得た額
二 譲渡数量のうち実施相応数量を超える数量又は特定数量がある場合(特許権者又は専用実施権者が、当該特許権者の特許権についての専用実施権の設定もしくは通常実施権の許諾又は当該専用実施権者の専用実施権についての通常実施権の許諾をし得たと認められない場合を除く。)におけるこれらの数量に応じた当該特許権又は専用実施権に係る特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額
条文だけでは内容がわかりづらいので、簡単な例を挙げて、改正法102条1項の内容について説明いたします。
なお、以下の事例は、改正法102条1項の内容をわかりやすく説明するために簡略したものであることから、実際のケースでは妥当しないこともありますので、この点には十分ご留意ください。
【事例1】
侵害者の譲渡数量が「1000」で、この内の権利者の実施相応数量が「400」であった場合には(つまり、実施相応数量を超える部分が「600」の場合)、次のⅰ及びⅱの計算式により算出される合計額を、特許権侵害による損害額として請求することができます。
<計算式>
【事例2】
侵害者の譲渡数量が「1000」で、権利者の実施相応数量も「1000」だが、侵害者を除く市場シェアが「権利者:20% 競業他社:80%」であった場合には(つまり、権利者の実施相応数量「1000」の内、競業他社の市場シェア「80%」に相当する「800」分が、権利者が販売することができないとする事情に相当する数量(特定数量)にあたる)、次のⅰ及びⅱの計算式により算出される合計額を、特許権侵害による損害額として請求することができます。
<計算式>
【事例3】
侵害者の譲渡数量が「1000」で、権利者の実施相応数量も「1000」だが、侵害者の譲渡した製品に対する特許発明の貢献度が20%であった場合には(つまり、侵害者の譲渡数量「1000」の内、特許発明が貢献していない80%に相当する「800」分が、権利者が販売することができないとする事情に相当する数量(特定数量)にあたる)、次のⅰの計算式により算出される額のみを、特許権侵害による損害額として請求することができます。
つまり、このケースでは、特定数量として「800」分の数量がありますが、この数量は、特許発明が貢献していない部分であり、この数量を前提に、ライセンス設定機会の喪失に伴う逸失利益を算出することは適切とはいえないことから、この数量分については、ライセンス料相当額(損害額)の算定基礎には含まれないと解されています(「改正法102条1項2号かっこ書き」参照)。
<計算式>
このように、改正法102条1項では、権利者は、「自身の実施相応数量を超える数量」や「権利者が販売することができないとする事情があるときに控除される数量(特定数量)」がある場合でも、原則として、これらの数量に応じたライセンス料相当額を、特許権侵害により生じた損害の額として請求することができるようになることから、本改正は、旧法下において生じていた上記の問題を解決し得るものと思われます。
特許法102条3項は、特許権侵害による損害を賠償請求する場合において、ライセンス料相当額の損害額を請求できる旨規定しているところ、裁判所は、これまで、業界の相場や特許発明の貢献度、市場における権利者等の地位等、さまざまな要素を考慮して、同規定によるライセンス料相当額を認定してきました。
しかし、従来の裁判例からは、同規定によるライセンス料相当額の認定において、権利者及び侵害者の具体的事情、特に、侵害があったことを前提とした当事者間の具体的事情等が勘案されているかは、必ずしも定かではなかったことから、あらゆる方面より、このような事情等を踏まえた適切な損害額の算定の実現が望ましいのではないか、との意見が寄せられるようになりました。
そこで、このような意見を踏まえ、「侵害があったことを前提とした当事者間の具体的事情」等を考慮した適切な損害額の算定ができるよう、今般の改正法において、特許法102条4項が新設されることになりました。具体的な内容(条文)は次のとおりです。
<改正法102条4項>
裁判所は、第一項第二号及び前項に規定する特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額を認定するに当たっては、特許権者又は専用実施権者が、自己の特許権又は専用実施権に係る特許発明の実施の対価について、当該特許権又は専用実施権の侵害があったことを前提として当該特許権又は専用実施権を侵害した者との間で合意をするとしたならば、当該特許権者又は専用実施権者が得ることとなるその対価を考慮することができる。
このように、改正法102条4項では、権利者は、ライセンス料相当額による損害を賠償請求する場合(改正法102条1項2号又は同法102条3項に基づく請求をする場合)において、侵害があったことを前提とした当事者間の具体的事情等、すなわち、「特許権等の侵害あったことを前提として、侵害者との間で合意をするとしたならば、権利者が得ることとなるその対価」を考慮することができるようになったことから、今後は、権利者にとって、たとえば、
等の事情を考慮した、適切な損害額(ライセンス料相当額)の算定が期待できるのではないかと思われます(つまり、損害額の増額が期待できる)。
今回は、損害額の算定規定について改正が行われましたが、今後、これらの規定がどのように作用するのか、これからの裁判実務での効果的な運用が期待されます。
なお、今回の改正では、実用新案法、意匠法及び商標法でも同様の改正が行われていることから、これらの規定の運用についても注目が集まるものと思われます。
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