社会保険の手続は多岐にわたりますが、その中でも毎年対応が必要となる健康保険・厚生年金保険の「算定基礎届」については、標準報酬月額の対象となる報酬や、支払基礎日数は何日になるのか、対象者は誰かということを正確に把握しなければなりません。
本コラムでは、算定基礎届の基本に加えて、退職者がいる場合の取り扱いや、よくあるご質問とその対応方法などについて、ベリーベスト法律事務所の弁護士及び社会保険労務士法人ベリーベストの社会保険労務士がわかりやすく解説します。
「算定基礎届」とは、健康保険および厚生年金保険の被保険者の標準報酬月額を決定するために毎年提出が義務付けられている書類のことをいいます。
事業主は、毎年7月1日時点で使用する被保険者にその年の4月から6月までの3か月間に支払った賃金を、算定基礎届をもって届け出なければなりません。厚生労働大臣は、この届け出に基づき、毎年1回、同年9月から翌年8月までの標準報酬月額を決定します(これを「定時決定」といいます。)。
標準報酬月額とは、被保険者に支払われる報酬を等級(健康保険では50の等級、厚生年金保険では32の等級)に分けて表したもので、保険料や年金額等の計算に用いられる数額です。
標準報酬月額の算定基礎となる「報酬」とは、原則として、賃金、給料、俸給、手当、賞与その他いかなる名称であるかを問わず、労働者が、労働の対償として受けるすべてのものをいいます。ただし、臨時に受けるもの(例:結婚祝金、見舞金)や、3か月を超える期間ごとに受けるもの(例:年3回以下の回数で支給される賞与)は、「報酬」には含まれません(健康保険法第3条第5項、厚生年金保険法第3条第1項第3号)。
たとえば、基本給、役職手当、家族手当、住宅手当、通勤手当、時間外・深夜・休日手当などは「報酬」に含まれます。また、食事、自社製品など現物で給付されるものは、厚生労働大臣が定める基準から算定される価額が「報酬」に含まれます。
算定基礎届では、4月、5月、6月の各月について、支払基礎日数を記入する必要があります。「支払基礎日数」とは、その月において報酬の支払い対象となった日数をいいます。
月給制・週給制の場合、通常はその月の暦日数が支払基礎日数となります。ただし、欠勤控除をしている場合は、就業規則等の社内規程に基づき、所定労働日数から欠勤日数を差し引いた日数を支払基礎日数とします。
日給制・時給制の場合、各月の実際の出勤日数が支払基礎日数です。
標準報酬月額の計算は、4月、5月、6月の3か月間のうち、各月の支払基礎日数が17日以上ある月の報酬月額をもとに行います。たとえば、4月、5月、6月のうち、支払基礎日数が17日未満の月がある場合は、その月を除いて報酬月額を算定します。もし3か月とも支払基礎日数が17日未満である場合は、保険者(健康保険組合・年金事務所)が、従前の標準報酬月額を基に標準報酬月額を決定します。
たとえば、以下のようなケースでの記入例を考えてみましょう。
問題社員のトラブルから、
算定期間中やその前後に退職した方について、算定基礎届の提出はどうしたらよいでしょうか。
算定基礎届の提出対象となるのは7月1日時点の被保険者です。したがって、7月1日時点で被保険者資格を有しているかどうかが、算定基礎届の対象となるか否かの分かれ目となります。
注意が必要なのは、7月1日付近で退職される方が算定基礎届の提出対象になるかどうかです。前提として被保険者資格を喪失するのは、「その事業所に使用されなくなったとき」ですので、いわゆる「資格喪失日」は、退職日の翌日となるのがよくあるパターンです(健康保険法第36条2号、厚生年金保険法第14条2号)。
ここでは、算定基礎届に関して人事・総務担当者様からよく寄せられる質問をご紹介します。
提出は必要ではありません。
加入時(たとえば6月1日)に決定された標準報酬月額(資格取得時決定)が、原則として翌年の定時決定まで適用されるからです。
提出が必要です。
休職中でも、雇用関係が継続している限り、社会保険の被保険者となりますので、算定基礎届の提出対象となります。
なお、休職期間中であっても、原則として休職前と同額の社会保険料が発生することに注意が必要です。
標準報酬月額は、原則として年に一度、4月、5月、6月の3か月間に支払われた給与の平均額を基に見直されますが(定時決定)、休職によってこの3か月の給与がゼロ円となった場合でも、原則として休職前の標準報酬月額がそのまま継続して適用されることになります。したがって、定時決定の時期に休職が続いている場合でも、社会保険料の負担額は変わりません。
算定基礎届の提出は必要ありません。
パートタイマー(短時間就労者)とは、1週間の所定労働時間および1か月の所定労働日数が、通常の労働者と比較して4分の3以上である被保険者のことをいいます。6月30日付けで退職したパートタイマーは、7月1日時点における被保険者に該当しないため、算定基礎届の提出は必要ありません。
速やかに正しい内容で届け出(または訂正届)を行う必要があります。
本来算定基礎届の対象となるべき従業員を含めなかった場合、年金事務所から算定基礎届の未提出として督促を受ける可能性があります。さらに、必要に応じて立ち入り調査や来所の要請、是正指導が行われることもあり、対応を怠ると法令違反とみなされるおそれがあります。
さらに、算定基礎届の提出義務を怠った事業者には、最大で6か月以下の懲役または50万円以下の罰金が科せられることがあるため、注意が必要です(健康保険法208条1号、厚生年金保険法102条1項1号)
また、算定基礎届を誤って提出しなかった場合、従業員の標準報酬月額が適切に反映されないことになりかねません。たとえば、保険料の過払いとなった場合に従業員の手取額が減少することは、その不満に直結します。また、標準報酬月額が低く設定されると、後日の不足分の支払いが必要になり、従業員に不測の不利益を与えます。さらに、誤った申告が長期間続くと、従業員が受け取る年金額が本来よりも少なくなってしまう可能性があり、これは、従業員の生活設計にも影響を与える重大な問題です。
このような問題を避けるためにも算定基礎届の作成は慎重に行う必要があります。万が一誤りを発見した場合は、速やかに管轄の健康保険組合や年金事務所に相談し、指示に従って訂正の手続を行ってください。
算定基礎届の提出をはじめとする社会保険手続は、企業経営の根幹を支える重要な手続であるものの、ルールは複雑で、改正も頻繁に行われます。また、誤った判断が後々大きな労使トラブルに発展するリスクも否定できません。
労働問題に詳しい弁護士や社会保険労務士を顧問として日頃から相談できる環境を整備しておくことで、就業規則や給与規程の見直し、社内手続の整備から、複雑なケースにおける評価、判断まで、将来のトラブルを予防するためのサポートが可能です。
問題社員のトラブルから、
本記事では、社会保険の算定基礎届の基本や、退職者がいる場合の取り扱いを中心に、よくある質問やその解決策について解説しました。
企業が持続的に発展していくためには、法令を遵守し、従業員との良好な関係を築くことが不可欠です。算定基礎届のような一見事務的に見える手続も、毎年必ず行う必要のある重要な手続であり、その正確性が従業員の社会保険料や将来の給付に直結しますので、適切な対応が求められます。
ベリーベスト法律事務所では、労働問題に詳しい弁護士や社会保険労務士が、社会保険手続に関してはもちろんのこと、労働問題全般に関するアドバイスやサポートを提供しております。人事・総務担当者様が安心して業務に専念できるよう、適切な解決策をご提案いたします。
健康保険・厚生年金保険算定基礎届でお困りのことがございましたら、ぜひ一度、当事務所にご相談ください。
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