企業法務コラム
私どもの法律事務所には、日々多くの労働相談を頂きます。その中でも、最も多い相談内容は「会社をクビになった」「退職を迫られている」という、いわゆる「不当解雇」「退職勧奨」です。事実、年明け2月・3月は期の変わり目ということもあり、年間で最も多くご相談いただいております。
本来、企業側と従業員との信頼関係にもとづき、いきいきと従業員が前向きに働ける環境が最も望まれることですが、まれに周囲にいちじるしく悪影響をおよぼし、会社に損害を与える「問題のある従業員」が存在します。
今回は、企業側から見て、特に「問題のある従業員の解雇」を検討する上で、気をつけるべき点と必要な対応を法的な観点よりお話します。対応ひとつ誤るだけで、大きなトラブルを引き起こすリスクがあり、慎重に進める必要があります。
まず、解雇には、会社の判断で従業員としての地位を奪うことが出来ますが、「客観的に合理的な理由があり、かつ、社会通念上相当である」という厳しい基準を満たした場合にのみ、その有効性が認められます。
そのため、仮に解雇という手段を選択し、後にその解雇の有効性を裁判等で争われた場合、敗訴するリスクが非常に高く、違法な解雇を行った報いとして多額のお金の支払い等のリスクが存在します。仮に、裁判等で勝訴できたとしても、裁判の長期化により多くの時間や費用が失われることも大きなリスクのひとつです。
まずは、問題ある従業員に対して、問題行動の「是正を促し」、きちんと「指導」することが大事です。複数回にわたる指摘にも関わらず、できることを尽くしたが問題行動が是正されない場合に、やむを得ず「退職」を促すというステップとなります。
それではこの手順について、上記の3つのポイントに沿って説明をしていきます。
問題社員のトラブルから、
大前提として、「解雇」は最後の手段とすべきです。本人に会社を去ることを納得してもらい、退職届を提出してもらうべく、まずは話し合いを行うことが最初のステップです。
話し合いの内容としては、まず、互いの合意のもと設定した期待値に対して客観的に到達していないこと、問題行動等の改善すべき部分に対して改善が見られなかったこと、その結果が会社にどのような影響を与えたか等の確認をしましょう。
また仮に、会社の状況として人員整理の必要性が存在するのであればあわせて伝えましょう。その上で、退職に同意してもらえない場合は解雇もいたし方ないと考えており、解雇に至れば転職活動等にも影響が出うること、及び話し合いで退職に同意してもらえるのであれば退職金の上乗せを検討する等と伝えることが一つの方法です。
なお、解雇までする法的理由及び証拠が存在しなくとも、降格になる法的理由及び証拠が存在するのであれば、「退職に同意してもらえない場合は、労働条件が大きく代わることになるけれど」というかたちで打診してみるのも一つの方法です。
そもそも「解雇を検討している」ことを会社から伝えられた場合、納得できるか否かに関わらず、事実上会社に残るのは気持ち的にも難しいと考える人が大半です。したがって、退職の条件を少し上乗せする等の交渉により、解雇されるくらいであれば自主退職を選ぶという人の方が多いのが実情です。
話し合いの形式としては、1対1ではなく、立会人を入れた上で、会話を録音しておく等して、後に「無理やりに退職に同意させられた」と争われないようにしておくべきです。
また、その場で退職届に署名させると、「突然の話でパニックになって、訳もわからず署名してしまった」と争いになるリスクも存在しますので、争いのリスクを減らしたいのであれば、3日間の考慮期間を与えるなどした方がよいでしょう。
しかし、話し合いでは解決せず、「解雇」という手段を採らざるを得ないケースも存在します。その場合、その従業員を解雇する事は、法的に有効なものであるかを事前に検討する必要があります。
また、話し合いの駆け引きの材料として、事前の証拠収集が重要であることはもちろん、客観的に解雇に相当する問題が存在したとしても、最終的に訴訟等にいたった際、裁判官は証拠がないと認めてくれません。
話し合いが決裂する場合に備えて、解雇が有効であると裁判官が判断してくれるに十分な証拠を事前にそろえておく必要があるのです。
具体的には、
以上のような客観的証拠を残し、法的に裁判官が解雇を有効と判断できる証拠を事前に全て収集しておくべきです。
仮に事後的に「不当解雇である」と争われてしまったとしても、十分な証拠を残し、交渉段階でそれを適切に提示できれば、訴訟にまで持ち込まれる確率は大幅に下がります。
弊所で受けた労働相談の中でも、上記ポイント①②③を押さえていなかったため、大きなトラブルを招いたという事例が存在します。
相談内容は、ハウスクリーニング業を営む企業が、1ヶ月前に解雇した元従業員から、弁護士をつけて解雇の無効を前提に訴訟を提起する予定であると通告されたというものでした。
話を聞いてみると、解雇した元従業員は、遅刻をくりかえす、周りの従業員と連携を適切に取れない結果、クレームを頻繁に発生させる、周りの従業員に対し暴言を吐く等、業務上多大な問題を何度も引き起こしていたようであり、周りの従業員が「あの人がこのまま会社に残るのであれば、この会社から離れたい」と主張するほど放ってはおけない状況でした。
そこで、その従業員に辞めてもらうことを決断した次の日に即座に、「君を解雇するので、明日から来なくてよい」と伝え、そのまま出社を拒否したとのことでした。
このタイミングで弊所に相談に来られ、従業員の方と交渉を行った結果、3ヶ月分の給料を支払うことで落ち着きました。もし仮に相談が遅れ、訴訟にいたっていれば、解雇は無効になる確率が非常に高く、高額な訴訟費用、裁判にかける膨大な時間が、企業への損害として発生していたことでしょう。
そもそも、解雇における3つのポイントをおさらいします。
① 「まずは退職の合意を得るべく、話し合い」を行い、
仮に話し合いでは解決しなかったとしても、
② 「事前に法的要件を検討」し、
③ 「実際に裁判に至る場合を想定して証拠を収集しておく」
ことでした。
本件でも、話し合いをもちかけていれば円満に終わっていたかもしれません。
また、証拠が不十分であり、解雇した元従業員が起こした問題行動の証拠が、従業員の証言という主観的なものしか残っておりませんでした。
周りの従業員から苦情は出ていたものの、上司が事実関係を適切に把握し、その人物固有の課題を切り分け、改善案及び期限を設定し、指導及び評価を適切に行ったという証拠もなく、解雇以外の代替案を検討した等のプラスアルファの証拠も残っておりませんでした。これでは法的に争われた場合、不十分なのです。
問題社員のトラブルから、
労働問題は一度表面化すると、双方がお金や時間を失う、非常につらい問題です。人材流出、収益圧迫、社内不活性など、企業経営に対してメリットにはなりません。
特に、従業員解雇はトラブルになりやすい問題です。解雇を検討する際は、法的観点をしっかり押さえ、本人に切り出す前にしっかりと準備をして固めていくことが重要です。
トラブルを未然に防ぐためにも、弁護士などの専門家に相談する事をお勧めします。私どもベリーベスト法律事務所では、企業向けの労働相談を数多くお手伝いしております。お気軽にお声掛けください。
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