企業法務コラム
2023年3月末までに、大量の研究者が雇い止め(雇止め)される可能性があり、話題を集めています。研究者についての労働問題として取り上げられる一方で、他方では研究者の雇い止めは日本における研究力低下の原因のひとつであるという指摘もあるようです。
労働者(研究者を含む)の雇い止めについては、労働契約法の規制が適用されます。ただし、研究者の雇い止めには特別なルールが設けられているため、研究者を雇用する企業は注意が必要です。
本コラムでは、研究者の雇い止めが問題になっている理由や、企業が注意すべきポイントなどをベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
2023年3月末までに、若手研究者を中心として、大量の研究者が雇い止めに遭う可能性が社会問題になっています。
大規模な公的研究機関である理化学研究所や、国立大学である九州大学などでも、大量の雇い止めが実行に移されていると報道されています。
※参考:大学・研究機関で相次ぐ雇い止め、無期転換ルールのあり方が問われている(ニュースイッチ)
こうした研究者の雇い止め問題は、労働契約法に基づく「無期転換ルール」に端を発しています。なぜ無期転換ルールが研究者の雇い止めにつながるのでしょうか?
問題社員のトラブルから、
2023年3月末をターゲットに、大量の研究者の雇い止めが予想されているのは、無期転換ルールが適用される「10年」の雇用期間満了が迫っているためです。
無期転換ルールとは、平成25年に施行された改正労働契約法によって導入された制度です。
無期転換ルールによれば、以下の要件をいずれも満たす状況で、労働者が使用者に対して無期労働契約の締結を申し込んだ場合、使用者は当該申し込みを承諾したものとみなされます(労働契約法第18条)。
無期転換ルールの大きなポイントは、契約社員やパートなどの有期雇用労働者であっても、契約期間が5年を超えれば、労働者側の意思表示のみによって正社員(無期雇用労働者)になれる点です。
有期雇用労働者は、正社員と同じような働き方をするケースも多い一方で、正社員に比べると不安定な立場・低待遇になりやすい傾向にあります。そのため、有期雇用労働者の雇用を安定させる観点から、労働契約法の改正によって無期転換ルールが設けられました。
通常の労働者については、5年以上の有期雇用継続によって無期転換が認められます(労働契約法第18条第1項)。
これに対して、以下に挙げる者については、特例的に無期転換期間が10年とされています。
※参考:科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律第15条の2
研究者等について無期転換期間が10年とされたのは、研究開発事業は5年で終わらないケースも多く、研究者が途中で事業を離れることによる悪影響が強く懸念されたためです。
本来は有期雇用労働者を保護することを目的とした無期転換ルールですが、現実には使用者による雇い止めを促す側面があることが指摘されています。
有期労働契約の無期転換を避けたい使用者は、雇い入れから5年(研究者等の場合は10年)を経過する前に、契約期間満了の段階で雇い止めを行うことが合理的です。
その結果、無期転換ルールがなければ長期雇用が期待できた有期雇用労働者も、早い段階で雇い止めに遭ってしまう可能性があります。
特に、無期転換期間が満了する直前の段階では、駆け込み的に行われる雇い止めが増加する傾向にあります。
令和5年3月末は、無期転換ルールを新設した改正労働契約法が施行されてからちょうど10年後にあたるため、研究者等の大量雇い止めが懸念されているのです。
問題社員のトラブルから、
雇い止めは、労働契約を終了させる点で「解雇」に類似しています。
しかし、雇い止めと解雇は法的に異なるものであり、要件や適用されるルールにも違いがあります。
したがって、雇い止めの対象となるのは有期雇用労働者のみです。
また、有期雇用労働者であっても、期間途中で使用者から契約を打ち切られる場合には解雇として扱われます。
契約期間満了時に行われる雇い止めに比べると、解雇の要件は非常に厳しくなっています。
雇い止め
雇い止めについては、使用者の意思が尊重されるのが原則とされています。
契約の締結・更新は、基本的に当事者の合意によるべきだからです。
ただし、後述する「雇い止め法理」によって、一定の場合には雇い止めが制限されています。
解雇
これに対して解雇を行う場合、以下の解雇要件を満たすことが必要となります。
以上の要件を充足することに加え、いずれの種類の解雇にあたっても、解雇権濫用の法理と呼ばれる労働契約法第16条の規定により、解雇事由に該当するとしても、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合の解雇は無効となります(解雇権濫用の法理)。
懲戒解雇の場合は有効性が厳しく判断される
また、懲戒解雇の場合は、前記規定と同様の文言である「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」に懲戒処分が無効になるとする労働契約法第15条の規定も適用され、普通解雇、整理解雇以上に有効性が厳しく判断されます。
有期雇用労働者の継続雇用に関する期待を保護するため、以下のいずれかの要件を満たす場合には、労働者が、有期労働契約の期間満了前に、または期間満了後遅滞なく有期労働契約の締結を申し込み、使用者が申込みを拒絶することが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者による雇い止めが認められず、労働契約が更新(再締結)されたものとみなされます(労働契約法第19条)。
この、有期労働契約の更新などについて定められたこの規定やその内容は、「雇い止め法理」と呼ばれています。
雇い止め法理と解雇権濫用の法理は、いずれも考え方を共通にしている部分があるものの、解雇権濫用の法理は雇い止め法理に比べ、はるかに厳格に運用されています。
問題社員のトラブルから、
企業が雇用している研究者の雇い止めを行う場合、労働契約法などのルールを踏まえて、以下の各点に注意しながら対応しましょう。
研究者等については、過去に1回以上更新された有期労働契約の通算契約期間が10年を超えた場合、労働者側に無期転換権が発生します。
使用者としては、無期雇用労働者を解雇するハードルは非常に高いため、半永久的に雇用しておきたい研究者等以外については、どこかで雇い止めを検討する必要があるといえます。
その場合、無期転換ルールの内容を踏まえたうえで、雇い止めや新規採用による研究者等の入れ替えを計画しておきましょう。
有期雇用の研究者等を雇い止めする際には、無期転換ルールだけでなく、雇い止め法理にも注意が必要です。
特に、すでに複数回の契約更新がなされている研究者等については、雇い止め法理によって雇い止めが制限される可能性が高いでしょう。
企業がとり得る対策としては、契約期間を長めにとって更新回数を少なくする、契約更新をしないことを原則とするなどが考えられますが、各企業の状況に応じてご判断ください。
無期転換ルールや雇い止め法理を巡るトラブルを避けるには、労働契約法その他の法令について、法的な観点からの検討が必要不可欠です。
弁護士にご相談いただければ、各企業の実情を踏まえたうえで、法的に注意すべきポイントや講ずべき対策などについてアドバイスを行います。
また、雇い止めをしたいと考える労働者個人との間でトラブルになってしまったときも対応が可能です。
研究者を含む有期雇用労働者の雇い止めについては、事前に弁護士までご相談ください。
問題社員のトラブルから、
有期雇用の研究者の労務管理にあたっては、労働契約法をはじめとした法令上のルールに十分注意が必要です。
労働者(研究者)とのトラブルを防ぐためにも、コンプライアンスを確保しつつ、計画的に人材の採用・入れ替えを行いましょう。
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