過労死は、一定の基準を満たす場合には労災に認定されます。
万が一、職場で過労死が発生した場合、被災した従業員やその遺族が自分で労災保険の申請手続きをすることが難しければ、企業がその手続きをサポートしなければなりません(労災保険法施行規則第23条第1項)。
従業員の過労死が労災に認定された場合には、企業は民事上の損害賠償義務を負う可能性が高いことにも注意が必要です。そのため、企業側は過労死の労災認定基準を正しく知った上で、防止対策に取り組むべきといえるでしょう。
そこで今回は、過労死の労災認定基準について、企業が注意すべきポイントを弁護士がわかりやすく解説します。
まずは、労災の認定対象となる「過労死」とは何かを確認しておきましょう。
過労死等防止対策推進法第2条では、「過労死等」について、以下のとおり定義されています。
このように、病死だけでなく、自殺や、死亡に至らない疾患も、一定の基準の下で「過労死等」に該当し、労災の認定対象となることがあります。
厚生労働省は過労死の労災認定基準を策定して公表していますが、その内容は次の3つの基準に大別できます。
以下で、それぞれの基準の内容について説明していきます。
問題社員のトラブルから、
長時間労働は労働者に疲労の蓄積をもたらし、その結果、脳・心臓疾患の発症につながるリスクがあることがわかっています。
そこで、厚生労働省は、過労死の労災認定基準の中で、業務と発症との関連性が強いと考えられる時間外労働時間の目安を掲げています。これが、いわゆる「過労死ライン」と呼ばれているものです。その目安は、以下のとおりです。
参考:「血管病変等を著しく増悪させる業務による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について」(厚生労働省)
俗に「月100時間」や「月80時間」が過労死ラインといわれることもありますが、厚生労働省が掲げた基準では、上記のとおり過労死等のリスクが段階的に評価されています。
また、厚生労働省は労働時間を唯一の絶対的な基準として提示しているわけではなく、その他にも業務量や業務内容、作業環境等を総合的に考慮した上で、業務による加重負担の有無や程度を判断しなければならいとしていることにも注意が必要です。
脳・心臓疾患による過労死の労災認定基準では、まず、労災認定の対象となる疾病の種類が定められています。
その上で、労働者が次の3つのうちのどれか、または複数の要素によって過重な負荷を受け、それが原因となって対象疾病を発症したと認められる場合には、労災に認定されます。
脳・心臓疾患による過労死として労災認定の対象となるのは、以下の疾病です。
これらの疾病は、一般的には長年にわたる生活の営みの中で徐々に形成、進行、悪化するといった自然な経過をたどって発症するものです。しかし、業務による明らかな過重負荷が加わった場合には、自然経過を超えて著しく悪化し、発症に至ることもあります。
業務による明らかな過重負荷が加わったといえるかどうかについては、以下のことを考慮しましょう。
発症前おおむね6か月間の長期にわたって、恒常的な長時間労働や、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務のために、明らかな過重負荷を受けたことにより対象疾病を発症したと認められる場合は、労災に認定されます。
「恒常的な長時間労働」といえるどうかを判断するためには、発症前の時間外労働時間数が、先ほど紹介した「過労死ライン」を超えているかどうかが重要なポイントです。
「著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務」に当たるかどうかについては、主に以下の負荷要因について、その有無や程度が考慮されます。
発症前おおむね1週間以内の短期間でも、日常業務と比較して特に過重な業務のために、明らかな過重負荷を受けたことにより対象疾病を発症したと認められる場合は、労災に認定されます。
「特に過重な業務」に当たるかどうかを判断するに際しては、上記(2)で紹介した「長期間の過重業務」と同様の要因について、その有無や程度が考慮されます。
ただし、労働時間については「過労死ライン」ではなく、発症直前から前日までの労働時間数、発症前1週間の労働時間数、休日の確保の状況などを考慮して過重性が評価されることに注意が必要です。
特に、次のどちらかに該当する場合は、業務と発症との関連性が強いと評価されます。
ただし、手待ち時間が長い場合など、特に労働密度が低い場合は除外されることに注意が必要です。
発症直前から前日までの間に、発生状態を時間的・場所的に明確にし得る「異常な出来事」に遭遇したために、明らかな過重負荷を受けたことにより対象疾病を発症したと認められる場合は、労災に認定されます。
ここでいう「異常な出来事」とは、医学的にみて、急激な血圧変動や血管収縮等を引き起こすと考えられる出来事のことです。具体的には、次の3種類に大別できます。
「異常な出来事」に当たるかどうかは、以下の要因の有無や程度を総合的に考慮して判断されます。
脳・心臓疾患による過労死の労災認定基準についての詳細は、こちらの資料に掲載されています。
参考:「血管病変等を著しく増悪させる業務による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について」(厚生労働省)
厚生労働省は、脳・心臓疾患による過労死の労災認定基準とは別に、精神障害による過労死についても労災認定基準を策定して公表しています。
参考:「心理的負荷による精神障害の認定基準についいて」(厚生労働省)
この基準では、次の3つの要件をすべて満たす場合に、労災に認定することとされています。
以下で、各要件について具体的に説明します。
労災認定の対象となる精神障害は、「ICD10」(疾病及び関連保健問題の国際統計分類第10回改訂版)の第Ⅴ章「精神及び行動の障害」に分類される以下の精神障害のうち、認知症や頭部外傷などによる障害(F0)と、アルコールや薬物による障害(F1)を除いたものです。
引用元:「精神障害の労災認定」(厚生労働省)
過労死で労災認定の対象となる精神障害は主にF3およびF4であり、診断名としてはうつ病や急性ストレス反応、気分障害などが多くなっています。
発病前おおむね6か月の間に起きた業務による出来事、およびその後の状況による心理的な負荷が、対象疾病を発病させるおそれのある強い心理的負荷であると認められれば、労災に認定されます。
この判断に際しては、当該労働者の主観を考慮するのではなく、同種の労働者が一般的にその出来事およびその後の状況をどのように受け止めるか、という観点から評価されることに注意が必要です。
業務による心理的負荷の強度の判断は、厚生労働省の「心理的負荷による精神障害の認定基準について」で別表1「業務による心理的負荷評価表」に基づき行われます。
別表1のうち、「特別な出来事」に該当する出来事に遭遇した場合には、心理的負荷の強度が「強」と判断されます。たとえば、発病直前の1か月に160時間を超える時間外労働を行った場合などが「特別な出来事」に該当する代表例です。
別表1の「特別な出来事以外」については、遭遇した出来事を表中に掲載された「具体的出来事」のどれに該当するかを判断して、総合評価を行います。該当するものがない場合は、もっとも近い「具体的出来事」に当てはめます。
「具体的出来事」のうち、心理的負荷の強度が「強」と評価される代表的な例としては、次のようなものが挙げられます。
対象疾病を発病しても、その原因がもっぱら業務以外の要因による場合は、当然ながら労災には認定されません。
正確にいうと、次のどちらかに該当する場合に、「業務以外の要因による発病でない」と判断されます。
発病前おおむね6か月の間に、対象疾病の発病に関与したと考えられる業務以外の出来事が認められる場合には、厚生労働省の「心理的負荷による精神障害の認定基準について」の別表2「業務以外の心理的負荷評価表」に基づき、心理的負荷の強度が評価されます。
たとえば、次のような具体的な出来事に遭遇した場合は、心理的負荷の強度が「強」と評価され、労災に認定される可能性が低くなることに注意が必要です。
なお、「個体側要因」とは、個人が持つ精神的な弱さや感受性を指します。たとえば、精神障害の既往症や、重度のアルコール依存症など、顕著な個体側要因が認められる場合には、労災に認定される可能性が低くなります。
企業としては、過労死を防止するために、まずは労働時間を適正な範囲内に抑えることが重要です。長時間労働が常態化している職場では特に、時間外労働や休日労働の削減を図るべきでしょう。
また、有給休暇の取得を促進することも過労死防止対策として有効です。ただし、従業員からは有給休暇の取得を申請しにくい場合もあるので、計画的に有給休暇を付与することも検討するとよいでしょう。
その他にも、健康診断を実施したり、医師による面接指導を実施するなど、労働者の健康管理にかかる措置を徹底することも重要です。体調面の健康管理だけでなく、メンタルヘルス対策も積極的に推進することが望ましいです。
職場のハラスメント対策を徹底することや、従業員が相談しやすい窓口を設置することも欠かせません。
本記事では、過労死に関する労災認定基準の概要を解説しましたが、実際には相当に複雑な基準となっています。基準の内容を正確に理解するためには、企業法務に強い弁護士からアドバイスを受けることをおすすめします。
ベリーベスト法律事務所には、企業法務の実績が豊富にございます。ご相談いただければ、労災認定基準に関するアドバイスはもちろんのこと、過労死防止対策についても、企業の実態に応じて具体的にアドバイスいたします。
過労死の労災認定基準が気になる企業の担当者の方は、ぜひ、お気軽に当事務所へご相談ください。
問題社員のトラブルから、
労災認定の対象となる過労死に該当するかどうかの判断に際しては、まず、「過労死ライン」と呼ばれる労働時間に関する基準を重視する必要があります。
しかし、それだけでなく、業務が従業員に及ぼす身体的負荷と精神的負荷についても細かくチェックした上で、総合的な判断が必要です。
従業員を過労死から守るためにも、企業にダメージが及ぶことを回避するためにも、過労死の労災認定基準を正しく知り、過労死防止対策を進めていきましょう。そのためには、企業法務に強い弁護士からアドバイスを受けることが有効です。ベリーベスト法律事務所の弁護士へご相談ください。
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