令和7年1月より電子申請が義務化された労働者死傷病報告を適切に行わないと、事業者は労災隠しとして罰則の対象となりえます。
労働者死傷病報告の電子申請方法や注意点、弁護士に対応を依頼すべきケースなどを、ベリーベスト法律事務所 企業法務専門チームの弁護士が解説します。
労働者が労働災害等により死亡しまたは休業した場合、事業主は、労働基準監督署長に対して労働者死傷病報告をすることが義務付けられています。
労働安全衛生法(以下「労安法」といいます)第100条第1項、労働安全衛生規則(以下単に「規則」といいます)第97条に定められた内容です。その目的は、監督官庁において労働災害の発生状況や原因を正確に把握し、労働災害防止対策に役立てることにあります。
労働者死傷病報告は、労災が生じた際に事業主に義務付けられる行為です。対して、労災保険給付は、労働災害等が発生した際に労働者またはその遺族がその権利に基づき一定の保険給付を受けられるというものです。
このように、両者は次元を異にするものであり、労災保険給付の有無にかかわらず、事業者は労働者死傷病報告をしなければなりません。
令和7年1月1日より、規則第97条が改正され、労働者死傷病報告は電子申請の方法で行うことが義務化されました。
事業主にとっては、電子申請に対応するためのITインフラ整備が必要となります。ただし、経過措置として、電子申請が困難な場合、当分の間は書面による報告も認められています。
労働者死傷病報告が必要となるのは、労働者が①「労働災害等」により、②「死亡し、または休業」した場合です(同規則第97条第1項柱書)。
ここに登場する、①「労働災害等」とは、「労働災害その他就業中又は事業場内若しくはその附属建設物内における負傷、窒息または急性中毒」をいいます(規則第96条第1号)。
労働災害でない場合でも、労働者死傷病報告が義務付けられるケースがあることに注意が必要です。なお、通勤災害は「労働災害等」に含まれないため、報告は不要です。
なお、労働者死傷病報告は、労働者が1日でも「休業」すれば義務付けられますが(②)、他方で、被災労働者が1日も「休業」していない場合(たとえば、被災労働者が事故当日は負傷により早退したものの翌日以降は休まなかったといったケース)は、労働者死傷病報告は必要ありません。
労働者が労働災害により死亡した場合、または負傷・疾病により4日以上休業した場合は、「遅滞なく」、e-Gov電子申請アプリケーションを利用して、所轄労働基準監督署長に報告しなければなりません(規則第97条第1項)。
ここにいう、「遅滞なく」とは、「正当または合理的な理由(被災者本人と面談できない等)がある場合を除き、事情の許す限り最も速やかに」という意味です。したがって、概ね1週間から2週間以内程度で報告することが一般的と考えられます。
なお、災害発生から労働者死傷病報告までの期間が、おおむね1か月を超過している場合は、報告が遅れた理由について報告遅延理由書の提出が求められることがあります。
休業の日数が4日未満の場合も、同様の方法で報告をしなければなりません。ただし、申請の期限は以下のとおり、期間ごとに事故を取りまとめて報告すれば足りるとされています。
労働基準法上の「労働者」に該当する者は、正規雇用、パート、アルバイトといった雇用形態の区別なく、すべて労働者死傷病報告の対象となります。
派遣労働者が労働災害に遭い休業が生じた場合は、派遣先企業と派遣元の双方が「労働者死傷病報告」を労働基準監督署に提出する義務があります。労働災害の状況をより詳細に把握しているのは派遣先企業であるため、派遣先企業が報告書を作成・提出し、その写しを派遣元に送付することが求められます。報告先は、派遣先事業場の住所を管轄する労働基準監督署です。
業務委託契約の受託者については、労働基準法上における「労働者」に該当しないのであれば、労働者死傷病報告の対象外です。しかし、「労働者」であるかは勤務実態などを踏まえ実質的に解釈されますので、形式上は業務委託契約であっても、実態として特定の事業主の指揮監督下にあり、雇用契約とほぼ同等の状況で働いていると判断される「使用従属性」が高い場合には、労働者死傷病報告の義務の対象となりえます。
問題社員のトラブルから、
労働者死傷病報告の主体は事業主です。また、労働者死傷病報告の提出先は、原則として被災労働者が勤務する事業場を管轄する労働基準監督署となります。
たとえば、労働者が出張先や出先で被災した場合、被災した場所の労働基準監督署ではなく、被災労働者の勤務先を管轄する労働基準監督署に報告しなければなりません。
電子申請手順の概要は以下のとおりです。
電子申請後、提出した申請内容に不備があった場合や、行政機関から修正指示が出されることがあります。修正指示などはe-Gov電子申請アプリケーション上の通知で届きますが、直接電話がかかってくることもあるようです。
その場合は、e-Gov電子申請アプリケーション上の通知や行政機関からの連絡事項を確認し、その指示に従い補正、修正を行うことになります。
労働災害が発生したにもかかわらず、事業主が労働者死傷病報告を故意に提出しないこと、または虚偽の内容を記載して提出する行為は、「労災隠し」と認識される可能性があります。その場合、50万円以下の罰金に処せられる(労安法第120条第5号)ことがあることを知っておくべきでしょう。
また、罰金が科されなくとも労働基準監督署からの是正勧告や行政指導を受けることがあります。企業にとっては大きなリスクとなりえますので、労働者死傷病報告は、適切かつ正確に行うことが不可欠です。
労働者死傷病報告の提出においては、さまざまなミスが発生し、それがリスクにつながることがあります。
このような申請時のミスや意図的な労災隠しを防ぐためには、以下の対策を講じることが肝要です。
行政調査は、労働災害の発生状況や企業の安全衛生管理体制に不備がある場合に実施されます。
行政調査へ発展させないためにも、労働災害が発生した際は、遅滞なく労働者死傷病報告を所轄の労働基準監督署長に提出することが重要です。報告内容に不正確な記載があると「労災隠し」が疑われ、調査のトリガーとなりますので、不正確な記載はしないよう注意すべきです。
また、安全に関する労働者の意見や懸念に耳を傾け、改善や合理的な説明に努めることで、労働者からの通報などによる行政調査リスクを減らすことにもつながります。
他方で民事訴訟とは、労働災害によって被災した労働者やその遺族が、企業側の責任を追及して損害賠償を求めるものです。
これを避けるためにも、労働災害が発生したら、まず被災者の救護を最優先し、適切な医療機関への搬送や応急処置を行うことが最重要事項となります。また、被災者やその家族に対し、事故状況や今後の見通しについて、速やかに、かつ誠実に説明すべきです。
事実を隠ぺいしたり、隠ぺいしているのではないかと疑われるような対応をしたり、不誠実な態度を示すと、不信感を生み、訴訟につながりやすくなります。交渉や、話し合いによる解決を目指すことも肝要です。
法的リスクの軽減のためには、以下の社内体制を整備することが推奨されます。
労働災害は、事業主にとって、法的、社会的な側面で多岐にわたる影響を及ぼす重大事案です。特に以下のようなケースでは、早期に企業法務に精通した弁護士に相談することが不可欠です。
顧問弁護士をつけていない企業が弁護士に相談する場合、どのような流れで依頼できるのかについて知っておきましょう。
なお、顧問契約をすでに行っている弁護士であれば、事業内容や状況などを把握しているため、より素早い対応が可能となるでしょう。
弁護士に依頼することで、労安法、民法、刑法など多岐にわたる関係法令に関する知見を踏まえ、企業が取るべき適切な対応について適切な法的助言が得られます。これにより、労災隠しや安全配慮義務違反といった法的リスクを抑えることができるでしょう。
また、労働者死傷病報告書の作成・提出、労働基準監督署とのやり取り、労災保険給付申請のサポートなど、煩雑な行政手続きを代行またはサポートすることが可能です。これにより、企業の担当者の負担が軽減され、本業に集中できる環境が整います。
さらに、被災者や遺族に対し、企業側の主張を法的に整理し、証拠に基づいて説得力のある交渉を行います。これにより、不当な損害賠償などの請求から企業を守ります。
このように、弁護士に依頼することで、企業は労災事故に起因するさまざまな課題に対し、包括的かつ戦略的なサポートを受けることが可能です。
問題社員のトラブルから、
労働者死傷病報告は、労安法および規則に基づき事業主に義務付けられた重要な報告です。令和7年1月からは電子申請が義務化され、事業主はアプリケーション等のITインフラ整備が求められます。また、報告懈怠や虚偽報告は「労災隠し」とされ、罰則等の対象となるため、正確かつ迅速な報告が不可欠です。
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