企業法務コラム
突然、自社の社員がわいせつ行為や窃盗、盗撮などの疑いで逮捕されてしまったという連絡を受けたら、企業側としてはどのような対応をとればよいのでしょうか。
このような場合、いきなり解雇をしてしまうことは問題があり、適正な手続きを経たうえで適切な処分をするなど、法律に従った対応が必要です。またマスコミに報道されるような大きな事件で社員が逮捕されてしまった場合には、メディア対応の方法にも配慮しなければなりません。
今回は社員が逮捕されたときに会社がするべきことや、解雇の可否などについて、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説いたします。
会社が自社の社員の逮捕の事実を知るのは、弁護人や警察、本人のご家族から連絡を受けたときがほとんどです。
逮捕されている本人は、自ら会社に連絡する手段はないため、社員本人から「逮捕されてしまって…」と連絡がくることはまずありません。
では、社員の逮捕を知ったとき、会社としてまずは何をすべきでしょうか。
まずは社員がどのような犯罪行為をして逮捕されたのか、事件の概要を把握することが大切です。
たとえば電車の中で女性の身体を触って痴漢で逮捕されたのか、万引きで逮捕されたのか、他人に暴力を振るって逮捕されたのか、また業務中の事件か私的な時間帯における事件かなども確認しましょう。
業務中の事件で被害者の方が損害を被った場合など、事件の内容によっては「使用者責任」が発生し、会社にも損害賠償義務が及ぶ可能性があるため、概要把握は非常に重要です。
次に、社員が身柄拘束を受けている場所を確認します。
通常はどこかの警察署の留置施設で逮捕あるいは勾留されています。警察か弁護人から親族へ連絡があることがほとんどのため、社員の親族へ確認をしましょう。
今後の取り扱いや犯罪事実についての当該社員の考えをできるだけ聞き取りましょう。
逮捕の原因となった被疑事実を認めているのか否認しているのか、出社できない期間における有給消化の希望があるのかどうかなどです。
ただし、被疑者が逮捕されたら、72時間の間に勾留請求をされるか釈放されるかが決まりますが、その間は家族でさえ接見(被疑者に面会すること)することができません。
接見することができるのは弁護人または弁護人になろうとする者だけです。
検察官が身柄拘束を継続して捜査をすることが相当と判断した場合には、裁判所に対して勾留の請求がなされます。
裁判所が検察官の勾留請求を認めて勾留が始まると、接見禁止がついていない限り、会社関係者も面会することが可能ですが、そのときには10~20分程度、捜査官の立ち会いのもとにアクリル板越しに話をできるだけなので、込み入った話はできないことが多いでしょう。
起訴前の勾留期間は、内乱罪などごく例外的な犯罪を除いては最大20日です。
社員(被疑者)が釈放されるまでの間は社員と自由に連絡をとることは難しく、主に弁護人を通じて連絡を取り合うことになるでしょう。
なお、逮捕された社員から「会社の顧問弁護士を弁護人につけることはできないか」と相談された場合、慎重に検討することが大切です。詳しくは後述します。
弁護人から連絡を受けた場合には、不起訴になる見込みがあるのかどうかなどの処分内容の見通しや、身柄拘束が継続する期間の見通しを確認しましょう。
起訴されるか不起訴になるか、身柄拘束がいつまで継続するのかにより、出社できない期間や最終的に有罪になるかどうかなどが変わり、会社がとるべき対応にも大きな影響が及びます。
社員がマスコミに報道されるような大きな事件を犯した場合、現代はネット社会のため、ニュースサイトやSNS等で、あっという間に情報が広まります。
メディアへの初期対応を誤ると、社会から大きな非難を浴びてネットで炎上してしまうような事態になりかねません。
広報が初期対応を誤ってメディアの取材に応じなかったり、逮捕から何日もたってからようやく会社としての見解を発表したりしてしまうと、社会的な信頼を失って業績などにも多大な悪影響を及ぼす危険性があります。
そのため、社員の逮捕が報道された場合には、迅速かつ誠実なメディア対応を心がけましょう。
問題社員のトラブルから、
社員が逮捕されたとき、当該社員は逮捕から起訴されるまでの間で最大で23日間、警察の留置場等に身柄を拘束されるので、その間は出社できなくなります(刑事訴訟法203条1項、205条1項、208条1項2項参照)。
起訴されてその後も勾留が続けば、身柄拘束はより長期間に及びます。
その間、社員をどのように扱うかが問題です。
弁護人などを通じて社員本人の意向を確かめたとき、本人が有給の消化を希望するなら有給を適用しましょう。
また、会社に休職制度があれば適用して休職扱いにする方法もあります。休職期間中の給料は支給しませんが、欠勤扱いにもならないため、社員が逮捕されたときに利用しやすい制度です。
一方、無断欠勤扱いにするかどうかは慎重に判断すべきです。
少なくとも家族や弁護人から連絡があった場合、会社の判断で無断欠勤扱いにするのは避けたほうがよいでしょう。
社員が逮捕されたら、会社としてその社員を解雇できるのでしょうか。
もし逮捕された被疑事実が、勤務時間外の私生活上の行為であれば、会社とは関係のないことであり、懲戒処分の対象にならないようにも思えます。
しかし、社員の私生活上の非行であっても、会社が批判されたり、会社の社会的な評価が低下したりすることはあります。
そのため、多くの会社の就業規則では、「社員が犯罪行為をしたこと」を懲戒解雇の事由としています。
判例でも、私生活上の行為であっても、企業の円滑な運営に支障をきたすおそれがあるなど、企業秩序に直接関係を有する場合や企業の社会的評価を毀損する場合には懲戒事由となることが認められています。
しかし、社員が逮捕されたからといって、すぐに懲戒解雇することができるわけではありません。
有罪判決が確定した、あるいは、少なくとも、起訴猶予になり刑事責任を負うことは当面免れたが犯罪自体は認めているといった事情があり、懲戒事由に該当する事実が認められると判断できるようになったなど、十分な根拠をもって処分が行えるような段階になってから、処分を行う必要があります。
また有罪判決を受けたなど、処分が相当と認められる段階に達したとしても、解雇が有効となるためには、労働者の行為が「著しく企業秩序を乱した」事情が必要です。
犯罪が労働者の業務内容と無関係なプライベートなものであれば、会社に与える影響が小さく、解雇するほどの事情ではない場合もあります。
たとえば社員が業務と無関係に車を運転して交通事故を起こして逮捕されても、懲戒解雇は困難な場合が多いでしょう。
社員を解雇できるのは、犯罪行為によって企業に対する社会内の信用が大きく落ちて会社が多大な損害を被った場合や、社員が会社のお金を横領して会社自身が被害者となった場合などです。
たとえば役職のついた社員が重大な犯罪行為をして大々的にマスコミ報道され、会社が多大な損害を被った場合などは、解雇が有効と認められるでしょう。
これまでに、逮捕後有罪判決を受けた社員を会社が解雇した裁判例で解雇の効力が否定されたケースもありますので、「逮捕された社員はすぐに懲戒解雇にしよう!」という安易な対応は禁物です。
社員が逮捕されたとしても、誤認逮捕であったり、不起訴処分となったりすることもあります。そのため、前述のとおり、逮捕されたからといってすぐに懲戒処分を行うのではなく、慎重に対応することが大切です。
ただ、社員が犯罪行為をして逮捕された後、その社員が罪を犯したことが確実であり会社に与える影響もそれなりに大きいと判断される場合には、適切な懲戒処分を実施すべきです。
懲戒には解雇以外の処分もあるので、さまざまな角度からどのような処分が妥当か検討しましょう。
たとえば戒告、減給、降格、諭旨解雇なども検討可能ですし、休職命令を出すことも考えられます。解雇ではなく、社員に自主的な退職を促すことも考えられます。
その際、通常通り退職金を支給するのかなども検討課題です。
懲戒解雇はもっとも重い処分なので、判例でも有効か否か、要件が慎重に検討されます。懲戒解雇の有効性の判断にあたっては、他の処分では済まない重大悪質な事案なのかも考慮に入れられますので、懲戒解雇を行うときにはこの点についても検討したうえで行う必要があります。
社員が逮捕されたら、「その後の対処、対策」も検討しなくてはなりません。どのようなことを考えるべきなのか、ポイントをご紹介します。
まずは当該社員に対する措置を決定すべきです。
無罪になった場合には元のように出社を認め仕事をしてもらえばよいだけですが、有罪判決を受けた場合や起訴猶予になり刑事責任を負うことは当面免れたが犯罪自体は認めている場合には、何らかの懲戒処分をするかしないか判断しましょう。
懲戒処分だけではなく、会社のお金を横領された事例などでは社員に対して損害賠償請求を行うことも考えられます。
次に、今後の社員による犯罪予防策も検討すべきです。
まずは今回の犯罪の原因を検証して同じような不祥事が起こらないような仕組みを構築しましょう。
たとえば会社の商品やお金、データ(情報)などを社員に持ち出されたケースであれば、複数人が関与する、監督者を置く、監視カメラを設置するなど監視体制を強化したり、パスワード設定などより強いアクセス制限をかけたりする対応が考えられます。
会社で内部体制を構築し、担当者や決裁権者を定期的に交代させてお互いにチェックできるような体制を整えておけば、早期に不祥事を把握しやすくなります。
新規採用の際には、ネットで実名検索をすると過去の刑事事件が報道されているケースなどもあるので活用し、犯罪歴などないか調べるのもよいでしょう。
また、社員全体に法律や犯罪、刑事事件についての研修を実施する方法もあります。
問題社員のトラブルから、
逮捕された社員によって、会社が損害を被った場合、「許せない!その社員に対して損害賠償を請求したい!」と考える会社は多いでしょう。
受けた被害を考えれば、当然の心理です。
しかし、社員が逮捕されたからといって、必ずしも損害賠償請求ができるわけではありません。詳しく確認していきましょう。
たとえば、「突然逮捕されて、その社員の業務が滞り、売り上げが落ちた」「社員の逮捕が報道され、社会的信用を失い、会社の業績が下がった」などのケースです。
このような場合、そう簡単に社員に損害賠償を請求できるわけではありません。
「突然逮捕されて、その社員の業務が滞り、売り上げが落ちた」といった場合、逮捕でなくても、突然の入院などによる不測の事態で社員に欠員が出るケースは考えられます。
その場合、事前に欠員が出た場合の対策を講じることが可能であったなら、損害が生じたとしても、対策を事前に講じることができた状況にあったにもかかわらず、講じていなかった会社の責任となり、損害との因果関係が認められない場合があります。
また、「社員の逮捕が報道され、社会的信用を失い会社の業績が下がった」というのも、会社の売り上げは日々さまざまな要因により増減しますから、社員の逮捕と売り上げ減少という損害の因果関係の証明ができず、損害賠償請求が認められない場合もあります。
要するに、「間違いなく逮捕された社員が原因で損害を被ったと証明ができない限り、損害賠償請求は難しい」ということです。
たとえば「社員が会社のお金を横領し、逮捕された」というケースです。
逮捕された社員が有罪判決を受けた場合、横領された金額は「その社員から受けた損害」と証明されますので、損害賠償請求ができます。
また、社員の不法行為によって「使用者責任」(民法715条1項)が発生して会社が被害者に賠償金を払った場合には、社員に「求償」(同条3項)を行って負担部分を支払わせることも可能です。
ただし、故意や重大な過失による犯罪行為ではなく、単純な過失の犯罪行為だったときには、会社側にも管理上の落ち度が認められるなどの理由により、社員の負担部分はかなり小さいものになることもあります。
なお、社員が逮捕されたときに、社員の家族の方などから頼まれて、会社の顧問弁護士に社員の弁護人になってもらうと、その弁護士は、会社が社員への損害賠償請求を行うときに、会社の代理人になったり、会社からの相談を受けたりすることができなくなります。
また、業務中に故意や過失で他人に損害をかけたといったような場合にも、会社の顧問弁護士が社員の弁護人になってしまうと、被害者の方からの損害賠償請求に対しても、会社と社員とで最終的にどのように損害額を負担するかという問題がありますので、弁護人になった顧問弁護士が会社の代理人になったり、会社からの相談を受けたりすることはできなくなります。
このような問題がありますので、会社のために今後も活動してほしいという弁護士には、社員が逮捕されたときにも、あくまでも会社の立場からの相談を受けてもらい、社員の弁護人には他の弁護士に就任してもらうなど、将来の見通しを立てて対応されるのがよいでしょう。
問題社員のトラブルから、
社員が逮捕されたことによって、上述のような、予防策を講じたとしても、必ず、社員による犯罪の発生を防ぐことができるとは限りません。
そこで、実際に社員が逮捕されてしまった場合を想定し、以下のようなことを決めておく必要があります。
まず社員が逮捕されたらどういった扱いをするのか、ルール化します。
誰が本人に接見に行くのかあるいは行かないのか、出社できない期間を休職扱いにするのか有給を消化させるのか、どのような場合に無断欠勤とするのか、弁護人や家族との連絡は誰が行うかなど、あらかじめ決めておくと対応がスムーズです。
逮捕されるとしばらく出勤できなくなり「有給を使うか欠勤扱いにするのか」などの問題が起こる可能性があるので、休職制度のない会社においては、導入することも検討してみてください。
また有罪判決が確定した場合に懲戒処分をするのか、するとしたらどのような処分とするのかなど、業務に関係する犯罪の場合とそうでない場合に分けて、雇用契約書や就業規則で定めておきましょう。
具体的な内容については、会社の業務内容も考慮しつつ検討することが必要ですので、弁護士相談するとよいでしょう。
たとえば、横領した社員が別の会社で働いているような場合には、その給与を仮差押えしたり、損害賠償請求訴訟で判決をもらい判決にもとづいて給与に強制執行をしたりするなどして、回収を図る場合もあります。
しかし、逮捕された社員に対して損害賠償請求をする場合、その社員に経済的な余裕がない可能性があります。
そこで、このようなケースも想定し、身元保証書を作成し、入社時に「社員が会社に対して損害を与えた場合には、身元保証人に対して損害賠償を請求する」といった主旨の契約を事前に結んでおくとよいでしょう。
社員本人ではなく、身元保証人に対して、損害賠償を請求することができます。
ただし、身元保証人の責任は、身元保証に関する法律などで相当限定されます。
また、2020年4月の民法改正により、身元保証人の賠償額の上限を定めることが必要になりました。つまり、会社と身元保証人との間で賠償額の上限について合意していなければ、身元保証契約は無効となるため、注意が必要です(2020年4月以降に取り交わした契約に限る)。
社員への損害賠償請求は、個別の事情を考慮しながら、法的に損害賠償請求が可能かどうかを判断し、かつ、具体的な回収手段を検討する必要がありますので、弁護士にご相談いただくことをお勧めいたします。
社員がマスコミに取り上げられるような事件を起こしたときには、メディアへの対応が必要となります。
今のように情報が開かれた社会においては、社員の不祥事を隠し通すことは考えず、マスコミ対応の担当者を決めて、チームを組んで対応すべきです。
広報の対応方法についても方針を決めてマニュアル化しておくと、いざ問題が起こったときに混乱を生じさせずに済みます。適切な体制を構築するのが難しい場合には、顧問弁護士などと相談しながら自社の状況に応じた規定を策定しましょう。
問題社員のトラブルから、
社員が逮捕されたら会社の社会的評価が低下するおそれがあり、会社自身に損害賠償義務が及ぶ可能性もあるので放置しておけません。
顧問弁護士や社員本人の刑事弁護人と連携をとりながら、適切に対処を進めていきましょう。
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