企業法務コラム
100人に5人から7人が罹患し、自殺の原因の4割を占めるともいわれている「うつ病」。
社員がうつ病にかかると、通常業務の遂行に支障が出たり、当該社員が休職中であっても同人の人件費がかかるなど、会社にさまざまなコストが生じるおそれがあります。そのため、うつ病の社員を辞めさせたいと思う会社は少なくないでしょう。
だからといって安易にうつ病の社員を解雇するなど、会社としての対応を誤ると重大な訴訟トラブルに発展したり、会社の法令違反を問われたりする事態に発展しかねません。
そこで、社員がうつ病にかかってしまった場合に会社や人事担当者がとるべき対応、注意点について、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
社員がうつ病になってしまったかもしれない。
そうなった場合、会社として当該社員の今後の処遇を判断するためにも、うつ病の社員に対して次のことを行う必要があります。
社員に明らかな気分の落ち込みが見られる、イライラしている様子がある、仕事の作業効率が著しく低下している、集中力が低下しているなどの症状が伺えるときは、うつ病を疑ったほうがいいかもしれません。
もしそうであれば、本人の気分を害しないように配慮しながら医師の診察を受けるようにすすめましょう。
その際、社員の精神的症状よりも身体的症状を中心にアプローチした方が受診させやすくなります。できるかぎり社員の不安を取り除き、自主的に受診しやすい状況をつくるよう心がけてください。
会社には、就業規則に定めがなくとも、客観的な合理性が認められれば、会社の安全配慮義務履行のために、社員に対し医師への受診を命じることができます。
会社の就業規則に規定がなくても、「合理的かつ相当な理由のある措置」であるとして、社員に対する医師への受診命令を認めた裁判例があります(東京高裁昭和61年11月13日判決)。
しかし、間違っても病気だと決め付けたり、いきなり医者に行けなどと強制したりしてはいけません。
社員からの休職の申し出に応じるか否かは会社が判断するため、社員には医師に診断書を書いてもらい、それを会社に提出するように伝えてください。
休職の必要性の有無を明記した診断書は、会社が社員に休職制度を適用するか否かを判断する際に必要となります。
休職制度は、社員が病気や家族の介護等の社員の都合により就労させることができない場合に、労働契約を維持したまま一定期間の労働義務を免除する制度です。
労働基準法をはじめとする法律に規定された制度ではなく、休職制度の取り扱いは会社の判断になります。
会社からの休職命令か、社員からの休職の申し出を会社が承諾するか、休職期間やその間の給与等といった休職制度の概要については、就業規則にてあらかじめ規定しておきましょう。
そして、社員に対し就業規則などを示しながら、休職できる期間や休職期間中の給料のことなど、休職制度の内容を親身になってしっかりと説明することが大切です。
健康保険からの傷病手当金など、社員が活用できる公的な制度についても説明してあげるといいでしょう。
もし、社員から、「うつ病のため、今後○か月間の自宅療養を要する」などと記載された医師の診断書が出された場合は、すみやかに社員に休職制度を利用させるようにしてください。
就業規則に明文で休職命令を定め、うつ病により業務に支障をきたすと会社が判断したとしても、うつ病の程度等により命令が無効となる場合もあります(東京高裁平成7年8月30日判決)。
特に、医師からの診断書が出ていない状態で社員に休職を命じると、あとから社員本人から「不当に休職させられた」などと訴えられるリスクがあります。
診断書を理由に、会社から休職命令を出し、無理やり休ませるようなことは、うつ病を負い目に感じている社員の場合はかえってストレスや負い目を感じることになります。
結果、うつ病の症状をさらに悪化させることになりかねません。
そのため、社員からの休職の申し出を会社が承諾するといった形態をとることをおすすめします。ただし、その場合には、社員からの申し出がない場合には、休職命令を出せないのでご注意ください。
また、主治医の診断書だけでなく、産業医の意見を求めるなどしてダブルチェックもするといいでしょう。産業医の意見のみに基づいて休職命令を出すことはできませんが、社員の説得材料になるとともに、解雇に至った場合の正当性を裏付ける資料となります。
社員がうつ病を発症した理由が、会社の不適切な労働環境にある可能性もあります。
うつ病を発症した社員が出たら、労働環境について以下の点をチェックしてください。
もし上記のいずれかがうつ病発症の原因であれば、会社の労働基準法違反、場合によっては社員からの損害賠償請求もあり得ます。
労働環境が不適切であると判断した場合には、すみやかに是正措置を講じてください。
まず、大前提として、医師から休業が必要という診断書が出ているのにもかかわらず、うつ病の社員を引き続き無理に働かせようとすることはやめてください。
うつ病の悪化を助長させたとして、会社の安全配慮義務違反が問われる事態になりかねません。
当該社員から損害賠償を求める民事訴訟のほか、うつ病の原因が過重労働であった場合には、労働基準監督署からの指導や是正勧告、さらには刑事告発により送検される可能性もあります。
また、うつ病により作業効率が低下したり、出社自体がまばらで遅刻、欠勤、早退を繰り返すような社員を辞めさせたいと考え、解雇しようとしたり、退職勧奨を行うこともやめましょう。詳細については次項を参考にしてください。
■社員がうつ病で休職したいと言ってきたが、仮病が疑われる場合
社員がうつ病で休職したいと申し出てきたが、普段から業務に対する態度に問題がある社員で、「仮病かもしれない」と疑ってしまうこともあるでしょう。しかし、そこで「それは仮病だろう。出社するように」と決めつけ当該社員に命じるのは、本当にうつ病だった場合に法令違反となる場合がありますので、慎重に対応しなければなりません。
休職に入る前に、主治医に話を聞き、本当にうつ病なのか、根拠は何なのかなどを確認しましょう。ただし、個人情報保護の関係で、同意を取らずに主治医に話を聞くことは難しいため、主治医に話を聞く前に、従業員から主治医に確認することの同意を取ることが必要です。
問題社員のトラブルから、
解雇は労働者にとって大きな不利益をもたらす行為です。
そのため、たとえ会社側にとって辞めさせたい社員であっても不当な解雇を行わないよう法律で規制されています。
解雇は、客観的に合理的理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、無効となります(労働契約法16条)。
会社の就業規則の内容にもよりますが、社員の病気やケガなどが業務に耐えられない程度のものであると客観的に判断できなければ、会社はそれを理由に解雇することは原則としてできません。
うつ病になった社員が会社で働くのは好ましくないと考える方もいるでしょう。
しかし、うつ病を理由に辞めさせたいと考え直ちに社員を解雇した場合、社員から解雇が無効であるとして、従業員であることの地位確認や損害賠償を請求されるおそれがあります。
特に、以下のような状況で解雇をしてしまうと、不当解雇となるおそれがあるため、注意が必要です。解雇を検討するときに、注意するべきポイントをいくつかご紹介します。
社員が病気を発症した原因が業務に起因すると認められる場合は、社員が安心して療養のために休業できるように、療養期間とその後30日間、会社は当該社員を解雇できません(労働基準法第19条1項)。
療養期間が3年を超える長期にわたる場合は、平均賃金1200日分の打ち切り補償を支払うことで例外的に解雇することができます(労働基準法第81条)。つまり、療養期間が3年を超えない場合は、解雇をすることはできません。
休職期間が満了する時点で復職することができない場合には、休職期間満了を理由に退職となります。しかし、医師が復職可能と診断している場合には、復職を認めず退職扱いとしてしまうと不当解雇となるおそれがあります。
休職期間は各企業が自由に定めることができるため、休職期間の計算を誤って、本来の休職期間よりも短い期間しか与えていないことがあります。このように休職期間の解釈を誤り、休職期間を使い切っていないにもかかわらず、退職扱いにしてしまうと不当解雇となるおそれがあります。
問題社員のトラブルから、
退職勧奨とは、会社が辞めさせたい社員に対して「会社を辞めたらどうですか?」「辞めたほうが、あなたのためですよ」などと勧め、自発的に退職するように促す説得活動のことです。任意の退職を促すだけですので、基本的には会社が自由に行うことができます。
会社からの一方的な解雇と異なり、会社からの退職の勧めに対して社員が自由意思に基づいて退職に合意していることが前提となります。
そのため、会社が、勧奨対象となった社員が自発的な退職意思を形成するために社会通念上相当と認められる範囲を超えて、当該社員に対して不当な心理的圧力を加えたり、その名誉感情を不当に害する言辞を用いるような態様での退職勧奨は違法なものとして不法行為を構成します(東京地裁平成23年12月28日判決)。
執拗に退職を迫るなどの退職勧奨により精神的苦痛を被ったとして慰謝料請求が認められた例もあります(京都地裁平成26年2月27日判決)。
うつ病を発症した社員に対して、退職を勧奨する場合には、執拗に退職を迫るなど、社員の退職についての自由な意思決定を困難にするものであったと言われることがないようにするだけでなく、退職勧奨によって症状が悪化したと主張されないよう、慎重に行いましょう。
アルバイトや契約社員に対して、休職制度が適用されるかどうかは、会社の就業規則の内容次第となります。休職制度の定めがあれば、それに従って休職扱いにすることになりますが、休職制度の定めがなければ、有給休暇の消化後、欠勤扱いとなり、長期間の欠勤が続くようであれば解雇や雇止めを行うことになります。
ただし、アルバイトや契約社員などを期間の定めのある労働契約を締結している労働者を契約期間の途中で解雇する場合には、「やむを得ない事由」が必要とされており(労働契約法17条1項)、期間の定めのない労働契約を締結している労働者を解雇する場合よりも厳格な要件となっていますので注意が必要です。
うつ病など社員のメンタルヘルス不調を理由とした解雇の有効性が争われた裁判で、会社側の解雇が無効とされた判例を2つ紹介します。
いずれの判決も、うつ病などメンタルヘルス不調を抱える社員に対しての解雇は難しいことと、そのような社員に対して会社側がとるべき配慮について判示されています。
原告となった社員は社内でいじめられた(加害者集団が盗聴・盗撮を行っている等)と思い込み、会社に対し調査を依頼したものの、納得できる回答が得られず、会社に休職を認めるよう求めたがそれも認められなかったため、会社に対し上記被害の問題が解決するまで出勤できないとして40日間無断欠勤しました。
これに対して同社は当該社員を就業規則に定める「正当な理由のない無断欠勤」として、論旨解雇処分としました。本件は、同社と論旨解雇処分の無効を訴えた当該社員の間で、その有効性を争ったものです。
第一審では、無断欠勤による諭旨解雇は認められるとして、当該社員の請求を棄却しました。しかし第二審では、当該社員が抱えていたメンタルヘルス不調が長期の無断欠勤の原因と考えられ、欠勤申請書を提出せず無断欠勤したのは会社側の対応に不備があったことが原因とし、就業規則上の懲戒事由である、正当な理由のない無断欠勤には該当しないとして一審の判決を棄却し解雇は無効としました。
また、最高裁においてもメンタルヘルス不調を抱える当該社員に対し、会社が医師の受診・休職・経過観察など就業規則などで定める対応を怠っていたとして、第二審の判決を支持し解雇の有効性を主張する会社の訴えを退けました。
うつ病で休職していた社員を「休職期間満了」として解雇した会社に対し、うつ病の発症は会社が社員に課した過重な業務と会社の安全配慮義務違反が原因の労災として、当該社員が解雇の無効と慰謝料を請求したものです。
裁判の過程で、当該社員の担当業務に関連して精神障害を発病させるに足りる十分な強度の精神的負担ないしストレスが存在すると客観的に認められ、うつ病が労災であると認定されたものの、会社はそれを否定する会社産業医の意見書を提出するなど、徹底抗戦しました。
数年以上にわたる裁判で、解雇無効、会社の安全配慮義務違反が認められ、最高裁では「会社に対し過去の精神科通院歴などを適切に申告していなかったことが当該社員の過失に相当するか」が争点となりました。
これについて最高裁は、「うつ病を患っていた当該社員が、人事考課に影響しうる事柄として会社に適切な申告ができなかったのはやむを得ないことであり、重視するのは相当ではない。それにもかかわらず、必要に応じて業務の軽減など適切な対処を怠った会社に安全配慮義務違反が認められる」とし、社員の請求を全面的に認める判決を出しました。
社員がうつ病になってしまうと、これまでどおりのパフォーマンスを発揮してもらうことは難しくなります。
会社としてはうつ病の社員を「辞めさせたい」と思うかもしれませんが、解雇という処分は容易にはできません。
会社側も社員側もどうすれば良いかわからない状態に陥る可能性が高く、そのような状態自体が社員にとって大きなストレスとなるでしょう。
そこで会社としては、社員がうつ病になって「辞めさせたい」と思う前に、社員がうつ病にならないよう何らかの対策を講じておく必要があります。
就業規則とは、労働条件や禁止規定など会社のルールを明文化したものです。
うつ病などを発症した社員に会社として適切な対応をとるためには、以下のような就業規則が整備されていることが重要です。
もちろん、上述の判例にもみられるとおり就業規則に明記しただけは不十分です。
あらかじめ、面接などで社員にしっかりと説明しておく必要があります。
ストレスチェックとは、ストレスに関する選択回答式の質問票(選択回答)に社員が回答し、それを集計・分析することで、社員のストレスがどのような状態にあるのかを確認する検査です。
検査の結果次第では、社員本人との面接や医師の受診など適切な後続の対応をとる必要があります。
労働安全衛生法第100条の規定より、社員を常時50人以上雇用している会社は、ストレスチェックを年1回以上実施し、事業場を管轄する労働基準監督署に実施報告書を提出することが義務付けられています。
会社は、社員が業務によってうつ病になってしまわないよう、社員の安全管理に努めなければなりません。
ラインケアとは、社員と常時接触している管理監督者が、社員のメンタルヘルスについて職場環境の改善や社員の相談対応を行うことです。
社員に対し管理監督者が日ごろから話しかけ、気を配るなどのケアを行うことで、うつ病などメンタルヘルス不調の予防や早期発見、その後のスムーズな対応につなげることが期待できます。
また、会社側は、社員に対するパワハラや過重労働を抑制し、うつ病となりうる要因を排除することはもちろん、社員に対してメンタルヘルスの研修を定期的に行っておくことも重要です。
「うつ病になったから辞めさせたい」ではなく、うつ病にならないように事前に対策することが求められています。
問題社員のトラブルから、
最近の判例では、うつ病などメンタルヘルスの不調については、社員の性格などの素因はあまり考慮されません。もっぱら、会社の責任が強く問われる傾向にあります。
社員がうつ病を発症してからの会社の対応はもちろんのこと、それを防ぐために会社がどのような対策を講じていたかという点についても追及されることになります。
社員がうつ病などにならないようにすべき事前の対策、うつ病になってしまった場合の事後対応は、一歩間違えると会社に重大な損害を与えかねません。
そこで、弁護士と相談しながら、労働関連法規や過去の判例に基づく適切な対策・対応を講じることをおすすめします。
まずは労働問題に対応した実績と経験のあるベリーベスト法律事務所の弁護士まで、お気軽にご相談ください。
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