企業法務コラム
日本では、定年が65歳未満の場合、65歳まで引き上げるなどの措置をとる必要があります。この背景には、年金支給開始年齢が65歳に引き上げられたという事情があります。
人事担当者としては、定年後に再雇用する場合、対象者の給与を引き下げることを考えている方もいらっしゃると思いますが、法的に問題はないのでしょうか。
そこで、本コラムでは、再雇用制度やパートタイム・有期雇用労働法について解説したいと思います。
継続雇用制度とは、定年後、労働者が希望した場合に継続雇用する制度のことです。
日本では高齢化が進んでおり、年金財政が厳しいことから、年金法を改正し、年金開始年齢が60歳から段階的に65歳まで引き上げられています。
しかし、多くの企業の定年が60歳であることから、定年から年金開始までの5年間を埋めなければ、多くの人の生活が立ちいかなくなる恐れがでてきました。
そこで、「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」が改正され、企業には、次のいずれかの措置をとることが義務付けられたのです(なお、令和2年改正(令和3年4月1日施行)により、新たに、70歳までの就業機会を確保する努力義務が課せられました)。
①の定年を65歳まで引き上げる場合や、③の定年制を廃止する場合には、雇用契約自体が継続することになりますので、通常、賃金などの待遇は変更されず、問題は生じません。
法的に問題になりやすいのは、②の継続雇用制度を導入する場合です。
継続雇用制度には、以下の2つ方法があります。
勤務延長制度の場合、定年に達しても、そのまま雇用契約を継続するので、賃金などの労働条件は変わりません。
再雇用制度では、定年に達した時点で退職となるため、いったん退職金を支給し、その後新たに雇用契約を結びます。そのため、賃金などの労働条件が変更されることが一般的です。
再雇用契約を締結する際に、従前の雇用契約から労働条件を変更すること自体は可能だからです。
厚生労働省の「平成29年就労条件総合調査」によると83.9%の企業が、後者の再雇用制度を導入しています。
問題社員のトラブルから、
しかし、再雇用制度で労働条件を変更したところ、労働者側から正規社員との待遇差が違法であると訴えられてしまうこともあります。
本章では実際に再雇用の給与に関する裁判所の判断をご紹介します。
【長澤運輸事件(最判平30・6・1民集72・2・202)】
① 事件の概要
この事件では、長澤運輸株式会社が、定年退職をした人に対して異なる賃金体系を採用していたため、定年退職者の年間の給料は、定年退職前と比べ、2割程度減少していました。
この再雇用制度について、無期契約労働者と再雇用により有期契約労働者となった労働者との不合理な差別を禁止している労働契約法20条(※)に反し、違法な格差ではないかと労働者側から訴えられたのです。
(※当時の条文です。現在、20条は削除され、後述する短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律の第8条に引き継がれています)
② 裁判所の判断
これについて、裁判所は、給料に含まれる手当1つ1つについて、無期契約労働者(正社員)には与え、再雇用により有期契約労働者となった労働者には与えないとしていることが合理的なものかどうかを、各手当の趣旨を個別に考慮すべきであるとしたうえで、以下のとおり判断しました。
労働契約法20条の「不合理には当たらない」と判断された内容
正社員に対して能率給及び職務給を支給する一方で、再雇用された有期契約労働者に対して
については、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと判示しました。
労働契約法20条の「不合理に当たる」と判断された内容
一方で、
については、支給要件等に照らせば、職務の内容が同一である以上、必要性に相違はないというべきであるとして、正社員に対してのみ支給するという労働条件の相違は、労働契約法20条にいう不合理と認められると判断しました。
このように裁判所では、訴えがあった場合、正社員と再雇用により有期契約社員となった者の待遇差をその職務内容の違いや責任の程度などを考慮し、待遇差の合理性を細かく判断します。
後から問題となることがないように、制度設計の際に、慎重に内容を検討することが重要です。
特に賃金を下げる場合には、労働者も問題視しやすいと言えますので、就業規則の変更や再雇用の労働契約書の作成に際しては、弁護士に相談されることをおすすめします。
再雇用の場面に限らず、非正規社員と正規社員の間で待遇に相違を設けている会社は多く、上記の長澤運輸事件だけではなく、多くの法的紛争、裁判が生じています。
このような状況を背景に、短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(パートタイム・有期雇用労働法)が改正され、2020年4月に施行されました。
この改正に伴い、長澤運輸事件で労働者側の主張の根拠となった労働契約法20条は削除され、その規制は、パートタイム・有期雇用労働法第8条に引き継がれています。
同法8条では非正規社員に対する不合理な待遇を禁止しており、短時間労働者や有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、
のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる待遇差が禁じられています。
この規定は、再雇用制度の場合でも適用されるため、再雇用制度を整備する場合には、同法8条に違反していると従業員に指摘されないよう、制度を整備することが必要です。
無期転換ルールとは、有期労働契約が更新されて通算5年を超えたときは、労働者の申し込みにより、期間の定めのない労働契約に転換できるというものです。
労働者が転換を申し込む権利を無期転換申込権と言います。
原則として、契約期間に定めがある「有期労働契約」が同一の会社で5年を超える全ての方が対象になりますので、契約社員やパートタイマー、アルバイト、派遣社員などの名称は問いません。
もちろん、再雇用制度で採用された労働者にも発生します。
無期転換ルールは、定年後に再雇用されて有期雇用労働者となった労働者についても適用されますが、特例があります。
有期雇用特別措置法により、
については、無期転換申込権が発生しないとする特例が設けられています。
特例の適用に当たり、事業主は本社・本店を管轄する都道府県労働局に認定申請を行う必要があります。
国は高年齢者の雇用継続を支援するため、2つの助成金制度を設けています。
1つ目は、「65歳超雇用推進助成金」で、2つ目は、「高年齢雇用継続給付」です。
この助成金は、65歳以上への定年引上げや高年齢者の雇用管理制度の整備等、高年齢の有期契約労働者の無期雇用への転換を行う事業主に対して助成するもので、次の3コースで構成されています。
それぞれ、どのような助成金なのかをご説明します。
① 65歳超継続雇用促進コース
65歳超継続雇用促進コースは
のいずれかの制度を実施し、その他の要件も満たした場合に支給されるものです。
支給額は以下の通りです。
② 高年齢者評価制度等雇用管理改善コース
このコースは、高年齢者向けの雇用管理制度の整備等に係る措置を実施した事業主に対して一部経費の助成を行うコースです。
助成率は厚生労働省の定めた要件(生産性要件)を満たしたか、中小企業かどうかにより決定されます。
支給額は以下の通りです。
なお、支給対象経費は、初回に限り50万円とみなし、2回目以降の申請は50万円を上限とされます。
③ 高年齢者無期雇用転換コース
高年齢者無期雇用転換コースは、50歳以上かつ定年年齢未満の有期雇用労働者を転換制度に基づき、無期雇用労働者に転換させた場合に支給されます。
支給額は以下の通りです。
高年齢雇用継続給付とは、60歳から65歳の間の賃金低下を補うための給付金です。
法律の改正により、希望者は65歳まで雇用継続可能になりましたが、再雇用となる場合、賃金が引き下げられるのが一般的です。その賃金下落を緩和するのが高年齢雇用継続給付金です。
この給付金の申請手続きは、労働者が会社を通じて行うことが通常であるため、希望があれば手続きをしなければなりません。
問題社員のトラブルから、
今回は、定年後の再雇用において給与を引き下げることを検討する際の注意点について解説してきました。現行法および判例の状況から、定年後の再雇用で賃金を減額すること自体は、禁止されていません。
ただし、「同一労働同一賃金」が原則であり、給与の引き下げや給与以外の待遇の相違が不合理かどうかは個々に細かく判断されます。
通常給与だけを変更することはあまりなく、給与の変更に伴って、労働時間や業務内容や責任の変更などもなされることが多く、合理性の判断は、非常に難しいものです。
将来の紛争を防ぐために、弁護士や社会保険労務士に相談されることをおすすめします。
ベリーベスト法律事務所では、労働問題について経験豊富な弁護士が在籍しておりますので、再雇用制度導入についてお気軽にご相談ください。
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