企業法務コラム
平成24年に高年齢者雇用安定法が改正されたことに伴い、定年を迎えた高齢者の再雇用が進められています。
再雇用によって企業は、人材不足の解消や経験と能力のある労働力を確保することが可能です。また、再雇用にあたっては、給与の見直しをすることがありますので、それによって人件費を抑えることができるといったメリットもあります。
企業としてはできる限り人件費を抑えたいと考えますので、もしかしたら最低賃金での再雇用を検討している企業もあるかもしれません。そのような条件での再雇用は法的に問題ないのでしょうか。今回は、再雇用をする際の労働条件について、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
定年後の再雇用については、高年齢者雇用安定法という法律によって規定されています。
以下では、高年齢者雇用安定法の概要と再雇用に関する基本的事項について説明します。
高年齢者雇用安定法とは、働く意欲がある高年齢者の雇用確保を目的として制定された法律です。
平成24年の改正によって、60歳未満を定年年齢として設定することが禁じられたほか、以下の65歳までの高年齢者雇用確保措置が義務付けられました。
また、令和2年の法改正によって、上記の65歳までの高年齢者雇用確保措置が70歳まで引き上げられることになりました。
改正高年齢者雇用安定法は令和3年4月1日から施行されていますが、70歳への引き上げは努力義務とされています。
高年齢者雇用安定法によって高年齢者雇用確保措置として、65歳までの継続雇用制度の導入が義務付けられています。
この継続雇用制度には、勤務延長制度と再雇用制度があります。
これらの継続雇用制度を導入する場合には、定年後も引き続き働きたいと希望する希望者全員を対象とすることが必要となります。
有期労働契約が更新されて通算で5年を超えた場合には、労働者からの申し込みによって、期間の定めのない労働契約に転換されます(労働契約法18条)。
これを「無期転換ルール」といいます。
● 無期転換ルールは定年後の雇用でも適用される
無期転換ルールについては、定年後に引き続き雇用される有期雇用労働者に対しても適用されます。
● 例外的に無期転換ルールが適用されない場合の要件
ただし、使用者が有期雇用特別措置法の特例の適用を受けることによって、例外的に無期転換ルールの適用を免れることが可能となり、労働者に無期転換申込権が発生しないこととなります。
この特例を受けるためには、以下の要件を満たす必要があります。
問題社員のトラブルから、
再雇用時には、従前の労働契約内容を変更することが行われていますが、その際に、再雇用後の賃金を最低賃金とすることは問題ないのでしょうか。
再雇用制度は、人件費を抑えつつ必要な人材を確保することができるというメリットがあるため、再雇用時に賃金の引き下げを行うことは多くの企業で行われています。
そのため、再雇用にあたって賃金の引き下げをしたからといって直ちに違法になるわけではありません。
再雇用後の賃金については、最低賃金法や公序良俗に反しない限りは、企業が自由に決めることができますので、企業と労働者が合意して決めたのであれば、その内容が労働契約内容となります。
しかし、定年前と仕事内容や責任の度合いが同じであるにもかかわらず、再雇用を理由として賃金の引き下げを行うことは、同一労働同一賃金に反して、無効となる可能性があるため、注意が必要です。
同一労働同一賃金とは、正規雇用労働者と非正規雇用労働者(契約社員、派遣社員、パートなど)との間の不合理な待遇格差の解消を目指すものであり、同じ仕事内容であれば、同一の賃金を支給する、という考え方です。
同一労働同一賃金は、パートタイム・有期雇用労働法によって規定されており、令和2年4月1日から大企業に対して、令和3年4月1日から大企業に該当しない中小企業や個人事業主にも適用されています。
したがって、企業としては、再雇用後の労働内容や責任度合いを踏まえた賃金設定を行わなくてはなりません。
定年前と労働内容や責任度合いが同一であるにもかかわらず、賃金の引き下げを行うことは違法となる可能性が高いため注意が必要です。
定年後の再雇用にあたっての賃金トラブルで訴訟に発展した事案で、正規雇用労働者と非正規雇用労働者の間で不合理な賃金格差を生じさせることは違法と判断しています。
そのため、使用者としては、再雇用後に賃金の引き下げをするとしても、再雇用後の職務内容や責任の範囲を踏まえて適正な範囲内にとどめることが必要となります。
以下では、定年後の再雇用時の賃金引き下げが問題となった判例をいくつか紹介します。
● 概要
この事案は、セメントなどの輸送業を営む長澤運輸株式会社(被上告人)を60歳の定年で退職した後に、被上告人との間で1年間の有期労働契約を締結して、嘱託社員として再雇用された労働者(上告人)ら3人が、被上告人に対して、有期労働契約である上告人らと無期労働契約の正社員との間の賃金格差が不合理であるとして、差額分の賃金などの支払いを求めた事案です。
● 判決の結果
裁判所は、以下のように考えを示しました(最高裁平成30年6月1日判決)。
- 労働契約法20条違反(不合理な労働条件の禁止)の有無は、各賃金項目に係る労働条件の相違が認められるか否かで判断するものである。
- 有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては、両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮するべきである。
そして、賃金項目ごとに判断した結果、精勤手当の不支給および精勤手当を計算の基礎に含める超勤手当の扱いは、労働契約法20条に違反すると判断しました。
● 概要
この事案は、自動車学校の経営などを目的とする株式会社(被告)を定年で退職した後に、被告との間で有期労働契約を締結して、嘱託社員として再雇用された労働者(原告)らが、無期労働契約の正社員との間に、基本給、精励手当、家族手当、賞与の相違があることは労働契約法20条に違反するとして、差額分の賃金相当額の支払いを求めたものです。
● 判決の結果
裁判所は、基本給について以下のように考えを示しました(名古屋地裁令和2年10月28日判決)。
労働者の生活保障という観点も踏まえると、嘱託職員時の基本給が、正職員定年退職時の基本給の60%を下回っている場合、労働契約法20条に違反していると考えるべきである
そして、原告らの嘱託職員時の基本給が、定年退職時の基本給と比較して50%以下になっていることを踏まえて、定年退職時の基本給の60%を下回っている部分について、労働契約法20条に違反すると判断しました。
また、(1)の最高裁判決に従って賃金項目ごとに労働契約法20条違反の有無を検討した結果、精励手当、賞与に関する待遇格差についても不合理な差別に当たるとして労働契約法20条に違反すると判断しました。
長澤運輸事件では、基本給の待遇格差は違法ではないと判断されましたが、名古屋自動車学校事件では、基本給の待遇格差も違法になると判断し、基本給の60%を下回る限度で違法となるというメルクマールを示したことでも注目されています。
なお、労働契約法20条は、パートタイム・有期雇用労働法の改正に伴い削除され、パートタイム・有期雇用労働法8条に統合されています。
賃金以外の労働条件についても再雇用にあたってトラブルが生じることがありますので注意が必要です。
高年齢者雇用安定法では、定年前と同じ雇用形態での再雇用を義務付けているわけではありません。
そのため、定年前が無期労働契約であったとしても、再雇用後有期労働契約に変更することは問題ありません。
また、業務内容についても定年前と異なる業務内容に従事させることは問題ありませんが、異なる“職種”に従事させることは認められていません。
裁判例でも、定年前に事務職に従事していた労働者を再雇用後清掃員の仕事に従事させることは違法との判決が出ていますので注意が必要です(名古屋高裁平成28年9月28日判決)。
再雇用後に有期労働契約に変更になった場合には、契約期間を1年ごとの更新とする契約社員(嘱託社員)となることが多いです。
そのような場合においても、65歳までは原則として契約が更新されることとし、年齢の理由として65歳より前に契約を終了させるような契約は原則として認められないといえるでしょう。
正規雇用労働者と非正規雇用労働者との間に不合理な差別があるかどうかについては、賃金項目ごとに判断されることになります。
そのため、正規雇用労働者に対して支給している手当について、合理的理由なく非正規雇用労働者(再雇用者)に支給しないことは違法となります。
● 住宅手当・家族手当を正社員のみに適用するのは問題なし
たとえば、住宅手当や家族手当については、福利厚生を主目的とした手当であり、マイホーム取得や扶養家族の生活費、子女の教育費などで負担が重いと考えられる現役世代を支援するために支払われる手当であることからすると、正社員に限ってこれらの手当てを支払うことは合理的といえるため、再雇用労働者に不支給とすることは適法と考えられます。
● 通勤手当・精皆勤手当を正社員のみに適用するのは違法の可能性がある
これに対し、通勤手当や精皆勤手当については、再雇用労働者に支給しない合理的な理由はありませんので、不支給とすることは違法となる可能性があります。
有給休暇については、定年後再雇用によって、これまでの勤続年数がリセットされると誤解している方もいます。
しかし、同じ企業において継続して雇用される場合には、再雇用であっても労働契約は継続しているものと扱われますので、これまでの勤続年数は通算されることになります。
定年を迎える労働者を再雇用する際の流れと再雇用の際の各種保険の扱いについて紹介します。
定年を迎える労働者を再雇用する場合には、一般的には、以下のような流れで進めていきます。
再雇用制度を利用するかどうかは、あくまでも労働者本人の希望に委ねられるため、再雇用制度の適用対象になる労働者に対しては、あらかじめ再雇用制度を利用する意思があるかどうかの確認を行います。
企業としては、対象の労働者に対して、個別に通知を出して、再雇用制度の利用を希望する場合には、再雇用希望申出書の提出をしてもらうとよいでしょう。
なお、再雇用を希望しない場合には、定年退職となりますので、その労働者との関係では退職手続に移ることになります。
再雇用制度の利用を希望する労働者に対しては、企業の担当者が個別に面談を行い、再雇用時の労働条件の提示を行います。
再雇用によって賃金が引き下げられたり、仕事内容が変わることもありますので、再雇用時のトラブルを防止するためにも、再雇用後の労働条件は明確にする必要があります。
再雇用後の労働条件について合意が得られた場合には、労働者との間で雇用契約書を締結して再雇用の手続きを行います。
再雇用の際には、いったん定年退職扱いとなりますので、退職金の計算と支払い準備も進める必要があります。
再雇用にあたって、各種保険の手続きも必要になりますので注意しましょう。
以下では、再雇用にあたって各種保険の扱いがどうなるのかを説明します。
雇用保険は、週の所定労働時間が20時間以上、かつ31日以上の雇用見込みがある場合には継続して雇用保険の被保険者となります。
65歳以上の労働者も高年齢被保険者として雇用保険の適用対象です。
ただし、再雇用で就業時間を減らし、週の所定労働時間が20時間未満になったときは、雇用保険料の負担はありません。
健康保険は、再雇用の際に、定年退職による資格喪失届と再雇用による資格取得届を提出する必要があります。これによって、再雇用された月から再雇用後の賃金を基準に健康保険料や年金保険料が計算されます。
ただし、再雇用で就業時間を減らして、健康保険の加入対象から外れたときには、厚生年金保険の加入対象からも外れることになります。
具体的には、1週間の所定労働時間および1か月の所定労働日数が一般社員の4分の3未満になると、原則として健康保険と厚生年金保険の被保険者資格を喪失します。
介護保険は、65歳の誕生日の前日までは定年前と同様に給料から介護保険料が天引きになります。
ただし、再雇用で就業時間を減らして、健康保険の加入対象から外れたときには、介護保険料の負担はありません。
労災保険は、再雇用であっても対象になります。
再雇用をする際には、労働条件の見直しが認められていますので、その際に再雇用後の賃金を最低賃金とすること自体が禁止されているわけではありません。
しかし、再雇用労働者と正規雇用労働者との間で業務内容や責任の度合いが変わらないにもかかわらず、再雇用労働者の賃金を著しく減額する扱いをすることは、不合理な差別として違法になる可能性があります。
再雇用にあたって労働条件の引き下げをする場合には、判例の示す判断要素を踏まえて個別具体的に判断していかなければなりません。
判例でも賃金項目によって違法となるかどうかの判断が変わってきますので、非常に専門的な判断になります。
そのため、再雇用にあたって労働者とのトラブルを防止するためには、弁護士に相談をしながら再雇用の手続きを進めていくことが必要です。
再雇用の条件を適切なものにしておくことで、トラブルになるリスクを減らすことができますので、弁護士への依頼がおすすめです。
問題社員のトラブルから、
少子高齢化が進んでいますので、今後、企業としても働き手として定年を迎えた労働者との再雇用が重要となってくるでしょう。
再雇用制度は、人件費を抑えつつ、経験を有する人材を確保することができるというメリットがありますが、労働条件によっては、再雇用労働者との間でトラブルが生じることがあります。
このようなトラブルを回避するためには、普段から企業の実情を把握している顧問弁護士を利用することが有効な手段となります。
ベリーベスト法律事務所では、弁護士だけでなく、社会保険労務士も所属していますので、企業の抱えるあらゆる問題についてワンストップで対応することが可能です。
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