企業法務コラム
営業部門では目標売り上げを達成することが求められますが、売り上げを計上しても売掛金が回収できなければ、キャッシュは増えません。キャッシュが不足すると黒字倒産にもなりかねません。
売掛金が回収できない理由はいろいろありますが、売掛金を回収しないまま、取引先が倒産することになれば、回収手続きに時間が取られるだけでなく、売掛金の全額の回収は絶望的になります。さらに、その債権が多額であれば、自社の信用問題にも発展します。
そこで、今回は、売掛金回収ができない場合のリスクや売掛金を回収する方法について弁護士が解説します。
売掛金は、売り上げにかかる代金が未回収のものですが、期限が来ても支払われない原因のひとつとして単純に支払いを忘れているというのがあります。継続的に取引をしている場合、忘れられるということはあまりないのですが、単発的な取引の場合、支払担当者が慣れていないこともあって忘れられるということがあります。単に忘れていたケースでは、電話などで催促をすればすぐに回収できることが多いでしょう。
売掛金の未払いでもっとも多いと思われるのが、資金繰りが苦しいということです。商品を販売する会社であれば、売上代金を回収する時期と仕入れの返済時期との間にタイムラグがあるため、プールされたキャッシュに余裕がないと資金ショートを起こし、売掛金の返済ができないという事態になることがあります。
たまたま、予定していた入金がないなど、突発的な資金繰りの悪化であれば問題ありませんが、頻繁に支払いが滞る場合には注意が必要です。資金繰りの悪化から倒産ということもあり得るからです。取引先が倒産すると、ほとんど回収は見込めなくなるので、貸倒引当金を計上するか貸倒損失を計上することになります。
そのため、頻繁に支払いが滞る場合には、支払いがあるまでは新たな取引を行わないなど、防御策を考えることが必要です。
A社がB社に200万円の金銭債権を持ち、他方、B社もA社に200万円の売掛債権を有する場合、お互いに200万円ずつ支払うのは無駄なので、相殺してお互いに債務を支払わないということができます。相殺の意思表示によって、債権債務は消滅することになるからです。
このことから、売掛金を有する企業に対してすでに債権を有するような場合、売掛金を支払わずに相殺によって債権債務を消滅させようと考えている可能性があります。この場合、売掛金の回収はできなくなりますが、自己の債務も消滅するので基本的に実害はないはずです。ただ、キャッシュを手にすることはできないため、資金繰りが厳しい場合には、相殺されると資金繰りに窮する可能性があります。
請求内容、請求金額について、当初の話と違う場合やサービスや商品に問題があり、不完全履行とも考えられる場合、請求に対して支払いを留保しているということがあります。この場合、請求金額について説明したり、商品やサービスについて至らないところがあったのであれば、その点について会社としてどのように対応するのか明らかにしなければなりません。
また、商品に難癖をつけて代金を支払わないという不誠実な業者もあることから、自分の会社に落ち度があるのか慎重に見極める必要があります。もし、落ち度がないのであえば踏み倒されないよう毅然(きぜん)とした対応が求められます。
売掛金は、会計上の「資産」であり「借方」に計上され、「収益」も「貸方」に計上されますが、実際に入金されなければ、絵に描いた餅にすぎません。売り上げばかりに気を取られ、売掛金の回収に真剣に取り組まないと、時効で消滅するなど、大きな不利益が生じます。
売掛金は不動産などの資産と違い、早期の回収が必要な資産なのです。売掛金が支払われない理由については、すでに説明した通りですが、資金繰りが厳しいために売掛金の支払いが滞る場合には、倒産のリスクが生じます。
また、支払い時期を遅れても督促をしないでいると、あまり期限にうるさくない企業と思われ、支払いの優先順位を落とされるリスクもあります。期限の猶予を認めてしまうと、そのような企業は何度も遅れるようになります。
売掛金の回収を放置した結果、取引先が倒産してしまった場合、担保を取っていない限り、債権回収は非常に厳しいものになります。ほとんど回収できないと思っていた方がいいです。
倒産により売掛金が回収できなければ、資金繰りが悪化することになり、会計上は貸倒引当金を計上しなければなりません。貸倒引当金の計上は、企業の信用力を落とすことになり、銀行からの融資などにも影響が及ぶ可能性があります。また、金銭の管理能力の低い会社だと評価される可能性があり、営業上も支障がでる可能性があります。
取引先の倒産は、連鎖倒産の危険もあることから、他の取引先から問い合わせや売掛金の早期支払いが求められるなどの対応に追われることになります。
① 相殺による回収
債権者が倒産した場合でも、倒産前から債務を有していた場合には、「相殺」することによって債権を回収する方法があります。つまり、取引先に対して倒産前から売掛金債権と買掛金債務の両方が存する場合には、両者を相殺することにより、実質的に取引先に対する債権を回収したのと同様の効果を得られるということです。
② 担保権の実行による回収
倒産しても、破産手続きや民事再生手続きであれば、担保権は別除権として基本的に制限されません。売掛金の場合、担保を取る例は少ないかもしれませんが、商品の売買において、代金の支払いがあるまでは所有権を留保するということはあると思います。所有権留保も別除権として保護されるので、売買契約を解除して商品を引き揚げることが可能になります。他方、会社更生の場合は、担保権も更生担保権として手続き内で処理されることになりますので、商品の引き上げや売却処分などはできなくなります。
③ 保証人からの回収
人的担保である保証人がいる場合には、保証人に対して売掛金の支払いを求めることができます。
取引先の会社はいろいろな業者と取引をしています。つまり、多くの債権者がいるということです。法律の世界では「債権者平等」と言って、倒産したような場合には、保有している債権額に応じて、債務者の財産が分配されることになります。
他方、回収の場面では、基本的に早い者勝ちです。先に売掛金を回収した者が勝ちということです。売掛金100万円をA社とB社がX社に持っていたとして、A社は12月1日に売掛金全額を回収し、B社は売掛金を回収しないでいたら、X社が12月20日に倒産してしまったという場合、A社は、被害額は0円ですが、B社はほぼ全額が回収不可能になってしまいます。いかに、早く債権を回収することが大事かわかっていただけるのではないかと思います。
また、債権には時効があります。権利を行使できるのに何もしないでいると時効により権利が消滅してしまうのです。時効制度は、2017年の民法改正によって、大きく変わりました。主な変更点は、① 短期消滅時効制度の廃止、② 消滅時効制度の一本化、③ 時効の完成を阻止手段の見直しです。
ただ、改正民法の施行は2020年4月1日からなので、それまでに成立した債権は、改正前民法の適用になります。改正前民法と改正後民法の違いについて簡単に説明します。
【改正前民法】
改正前民法では、職業別の短期消滅時効を定めていました。そのため、「売掛金」が、どのような職種での債権であるかにより、3年の消滅時効(工事の設計、施工の債権など)、2年の消滅時効(小売りの債権など)、1年の消滅時効(旅館、料理店の債権など)というように、時効期間が異なりました。
【改正後民法】
職業別の短期消滅時効は廃止され、① 債権者が権利を行使することができることを知った時から5年か、② 債権者が権利を行使することができる時から10年の早い方となりました。
「権利を行使することができる時」とは、支払期限があるものについては、支払期限到来日です。売掛金の場合、期限が定められるのが一般的で、期限到来日にその事実を知っていると思われるので、期限到来日から5年の時効が適用されることになります。
債権を回収する方法は、金額の多寡や時効の成立を阻止する必要あるかなどにより異なります。しかし、何を選択してよいかよくわからないという人も多いと思います。そのような場合に、弁護士に依頼すればベストな回収方法を選択してもらうことができます。売掛金を回収する方法としては次のようなものがあります。
期限までに支払いがない場合、まずはじめは電話で振り込まれていない事実を伝えます。単なる失念であれば、すぐに振り込まれるはずです。失念ではなく、資金繰りの悪化などで支払いができない状態の場合、書面による催告をしてくことになります。催告をすれば、その時から6か月を経過するまでの間は、時効が完成しません。したがって、催告をした事実とその日時の立証が重要になります。したがって書面での催告をする際、一般の郵便では受け取っていないと主張されるおそれがあるので、内容証明郵便で送付すべきです。
内容証明郵便とは、発送日、受領日、発信者、受領者だけでなく、いかなる内容のものが送付されたかを日本郵便が5年間証明してくれるというものです。内容証明郵便は文字数など一定の制限がありますが、誰でも発送することができます。ただ、弁護士名で出すと、相手も真剣に捉えるので効果があります。そのため、内容証明郵便を送付するだけで、支払ってくる債務者もいます。
内容証明郵便を送付しても全く応じないという場合、直接訪問して話し合いで解決するという方法があります。交渉がうまくいくかどうかは、交渉力次第ですが、直接来られると相手も応じざるを得ないところがあるので書面を送付しても無視されるような場合には試してみる価値はあります。この際も交渉に自信がなければ弁護士と共に訪問するというのも効果的です。弁護士から直接請求されると相手も訴えられるのではないかと危機感を覚えるので一括の支払いができない場合でも、分割での支払いを申し出てくることもあります。
大量に商品を納入していて、代金の弁済がない場合には、相手の同意を得た上で、商品を引き揚げるというのも回収方法のひとつになります。なお、無断で商品を持ち出すと窃盗罪になる可能性があるので注意してください。
催告や任意の交渉によっても支払ってこないという場合、法的手続きをとるしかありません。法的手続きとしては、①支払督促手続き、②少額訴訟、③民事調停、④通常訴訟が考えられます。これら手続きは、専門的な知識が求められるので弁護士でないと難しいと言えます。
① 支払督促
支払督促手続きは、裁判所から債務者に対して金銭の支払いを命じる支払督促を発するというものです。債務者が支払督促を受け取った後、2週間以内に異議の申し立てをしない場合、債権者が仮執行宣言申立てをすれば、裁判所は支払督促に仮執行宣言を付さなければならず、債権者はこれに基づいて強制執行の申し立てをすることができます。
ただ、債務者が支払督促に対し異議を申し立てると請求額に応じ、地方裁判所または簡易裁判所の民事訴訟の手続きに移行してしまいます。そのため、この制度を利用する場合、裁判をする覚悟が必要です。
② 少額訴訟
少額訴訟は、60万円以下の金銭を請求する場合に、簡易裁判所において1回の期日で審理を終えて判決することを原則とする裁判手続きです。争点がなく相手が単に支払わないような場合には非常に短期間に処理が終わるので有効な手段です。ただ、金額が60万円と少ないので多額の請求はできないのがネックです。
③ 民事調停
相手が誠実に話し合いには応じるが支払いをしてもらえないという場合、民事調停を行うという方法があります。民事調停は、裁判官および調停委員会が当事者を仲介し、双方の主張を調整し、その間に和解の成立を図る非公開の手続きです。
④ 通常訴訟
採取的な手段としては通常訴訟ということになります。一般の方がイメージするいわゆる「裁判」です。通常訴訟となると、長い場合1年以上かかるので、時間も費用もそれなりにかかります。債権額が少ないような場合には、赤字になってしまうこともあるので、慎重に判断する必要があります。
以上が主な債権回収方法ですが、弁護士に依頼するメリットは、何より精神的な負担を軽減できるという点だと思います。代金が支払われないイライラと債権回収の交渉という負担から逃れられることは大きいと言えます。また、法律上の手続きは複雑なので、手続きの選択も含めすべて任せきれるという点もメリットといえます。
今回は売掛金の回収について解説してきましたが、売掛金の回収で大事なことは早期に対応するということです。取引先なのであまり強く言えないということもあるかもしれませんが、そんな時こそ弁護士を活用して、弁護士から請求を行うのが有効です。
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