企業法務コラム
近年、LGBT(性的少数者)などの社会的マイノリティに対する差別をなくして、多様性を認める社会に変えていこうという動きが急速に進んでいます。企業においても、LGBTに配慮した職場環境を整えることはきわめて重要な課題になっているのです。
LGBTへの配慮に関する問題としてよく注目される事例が、「LGBTのためのトイレをどのように設置するか」ということです。また、就業規則をLGBTフレンドリーなものにして、制度面でもLGBTをバックアップすることが、企業に求められていることであるといえます。
本コラムでは、LGBTに配慮したトイレを社内に設置するための具体的な方法や、LGBT社員への尊重を示してハラスメントを未然に防ぐための社内規則の設け方について、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
企業が職場環境をLGBTに配慮した形で整えるためには、ある程度コストがかかることは避けられません。
しかし、LGBTフレンドリーな職場環境を構築することには、企業にとってコスト以上のメリットがあるといえます。
LGBTへの配慮を十分に行っている企業は、残念ながらまだまだ少数派です。
その中で、特にLGBTフレンドリーな職場環境の構築に精力的な企業は、「先進的」「自由」「開放的」などのポジティブなイメージを世間に与えることができるでしょう。
SNSや口コミサイトが発達した近年では、企業イメージが自社商品の売り上げに直結する傾向が強まっています。
そのため、世間に対してLGBTフレンドリーを打ち出すことで、企業としての経済的なメリットが得られる可能性も高いでしょう。
LGBT当事者が「ここなら、社員になっても安心して働けそうだ」と思えるような会社は、現状ではそれほど多くありません。
もし企業が世間に対してLGBTフレンドリーな職場であることをアピールできれば、LGBTでも安心して求人に応募することができます。
LGBTには、幼少期から困難な社会状況を乗り越えながら成長してきた人が多く、思慮の深さや他者への配慮を備えた優秀な社員となる可能性が高いと考えられます。
こうした優秀なLBGT社員を採用することができれば、企業の生産性向上にもつながるでしょう。
問題社員のトラブルから、
トイレをLGBTの利用者に対してフレンドリーなものにすることは、LGBT社員への配慮を実践する第一歩となるでしょう。
以下では、LGBTに配慮したトイレを設置するために必要な視点について解説します。
LGBTのトイレ使用に関しては、
など、男女別に分けられたトイレを利用することに抵抗感をおぼえるケースが多いといえます。このような問題に配慮するうえでは、男女共用の個室トイレを十分な数設けることが有効になります。
しかし、ただ単に共用の個室トイレを設けるだけでなく、トイレにどのような名前を付けるかということも重要になるのです。
たとえば「LGBTトイレ」などと名前を付けてしまうと、社員が「自分がLGBTであることを他の社員に隠したい」と思っている場合などには、そのトイレを使用することが難しくなります。
また、「多目的トイレ」という名前には、「車いすの方や身体障害を持った方が使用するためのトイレ」というイメージが根強く残っています。そのため、多目的トイレという名前の場合にも、身体が健常である社員は使うことを遠慮してしまう可能性があるのです。
以上のような事情をふまえて、近年では、「だれでもトイレ」という名前がよく用いられるようになりました。
「だれでもトイレ」は、障害の有無や性別を問わずに“だれでも利用できるトイレである”、ということをわかりやすく表現する名前として、支持されているのです。
そのため、LGBTフレンドリーなトイレを設置する際には、「だれでもトイレ」という名前を用いることをおすすめします。
トイレの名前と同様に、表示に用いるピクトグラムも検討する必要がでてくるでしょう。
ピクトグラムとは、一般的に「絵文字」「絵単語」と呼ばれる、表したいものを図にした視覚記号のことです。
たとえば、従来の「多目的トイレ」によく用いられている車いすのピクトグラムを用いると、身体的には健常者であるLGBTには使いにくく感じられてしまうことが予測できます。
また、男性と女性のマークが並んだピクトグラムは、「自分は、男性とも女性とも言い切れない」というような性自認を有しているLGBTが疎外感を抱いてしまうおそれがあります。
対策のひとつとして、「だれでもトイレ」には特にピクトグラムを設けない、という方法が考えられます。
「だれでもトイレ」は男女別のトイレに隣接した位置に設けられるでしょうから、ピクトグラムがなくても、「だれでもトイレ」を見つけられないという事態になる可能性は低いでしょう。
また、スカートやズボンなどの描写をなくすことによって、性別についての印象を与える表現を消すことも考えられます。
そのほか、ピクトグラムのスペースに余裕がある場合は、男性・女性・車いすのピクトグラムをすべて表示したうえで、LGBTへの連帯を示す「虹色」の模様を入れる、という方法もあります。
上記で述べた方法は、あくまでも一例に過ぎません。
「どこまで配慮するべきか」「どの方法が良いのか」というのは難しい問題ではありますが、具体的にどの方法を採用するかについては、会社におけるトイレの位置や広さ、ピクトグラムのスペースなどのさまざまな要素を考慮したうえで、決定すると良いでしょう。
LGBT社員が働きやすい職場環境を整えるためには、性的指向・性自認の多様性に配慮した「就業規則」を作成することも必要になります。
以下では、LGBTなどの多様性に配慮した就業規則を作成する際のポイントを解説します。
まず、LGBTに対する差別的な言動を行うことを、従業員の禁止行為として規定しましょう。
たとえば、厚生労働省の作成するモデル就業規則のように、「~のほか、性的指向・性自認に関する言動によるものなど職場におけるあらゆるハラスメントにより、他の労働者の就業環境を害するようなことをしてはならない。」と定めることが考えられます。
LGBTへの差別を就業規則のうえで明示的に禁止し、違反行為については懲戒処分の対象とすることによって、社内におけるLGBT差別を未然に防ぐことが期待できます。
家族手当は、通常は、結婚して世帯を持つ社員に対して支給するものです。
これを「同性パートナーと共同生活を送るLGBT社員にも支給する」と就業規則に明記することで、LGBT社員への尊重が示せます。
通常の家族手当は、法律上の婚姻関係を戸籍などから証明することによって支給されます。
しかし日本の法律では、現状では同性婚が認められていません。
そのため、住民票やパートナーシップ証明書など、何らかの形で同性パートナーとの共同生活が証明できれば、LGBT社員に対して家族手当を支給する、という取り扱いにするのも一案です。
ただし、同性パートナーとの共同生活をしている証明をどのようにするのか、共同生活を解消した場合のルールなどを含めて検討する必要があるため、導入するにはハードルもあります。
また、同性パートナーがいるLGBT社員に対して家族手当を適用対象外とすることが、ただちに法律違反になるわけではありません。柔軟に対応すると良いでしょう。
LGBT社員に対して企業が何ら配慮せず、差別やハラスメントを放置してしまう場合、企業には損害賠償を請求されたり使用者責任を追及されたりするリスクが生じることになります。
令和元年12月12日、東京地方裁判所は、トランスジェンダー(戸籍上は男性、性自認は女性)の経済産業省職員による女性用トイレの使用を制限されたことなどを理由とした国に対する損害賠償を認めて、国に132万円の損害賠償を命じました(東京地裁令1.12.12(労経速2410号3頁))。
本件では、トランスジェンダーの職員には、執務スペースと同じフロアの女性用トイレと、執務スペースの上下1階の女性用トイレの使用は認められていませんでしたが、執務スペースの上下1階に設置されている男女共用の多目的トイレの使用や、執務スペースから2階以上離れた女性用トイレの使用は許可されていました。
判決では、当該職員が、性同一性障害と診断され、女性ホルモンの投与を受けていたことや、私生活では、完全に女性として生活していたことなどに照らして、執務スペースに近い女性用トイレの使用を認めなかったことが違法とされています。
トランスジェンダーの社員から、性自認に応じたトイレの使用許可を求められた場合には、安易に拒絶するのではなく、慎重な検討が必要です。
参考:「性同一性障害職員、利用トイレ制限は違法 東京地裁」(令和元年12月12日、日本経済新聞)
その他、勤務先から性別変更を他の従業員に周知されたことや、勤務先から氏名変更を公表されたことなどにより、勤務先に損害賠償請求訴訟が提起された例もあります。
特に、トランスジェンダーであることのカミングアウトを受けた場合に、同僚や上司に共有することは、たとえ善意であっても、本人の同意がなければ、許されないことに注意が必要です。
このように、会社側がLGBT社員に対する配慮を怠った場合には、LGBT社員から慰謝料などの損害賠償を請求されてしまうおそれがあるのです。
もし社員がLGBT社員に対してセクハラやパワハラなどのハラスメント行為をした場合には、会社の使用者責任(民法第715条)や安全配慮義務違反(労働契約法第5条)が問われる可能性があります。
そうなると、企業は経済的ダメージを受けるのみならず、社会的な評判にも悪影響が生じてしまうでしょう。
そのため、LGBT社員へのハラスメント対策に全社を挙げて取り組むことが大切です。
LGBT社員へのハラスメントを防止するには、全社員に対してLGBTへの正しい認識を持つように促すことが第一の対策となります。
たとえば、社員に対するダイバーシティ研修を定期的に行う、などの施策が考えられます。
また、実際にLGBT社員へのハラスメントが発生してしまった場合に速やかに対処するため、LGBT社員が利用しやすい相談窓口を設置することも大切です。
そのほか、匿名の目安箱を設置してLGBT社員の声を吸い上げることを試みるなど、自社にとって効果的なLGBT社員へのハラスメント対策を検討していきましょう。
企業の経営者で、自社の社内環境や就業規則などをLGBT社員に配慮したものにしたいと考えられている方は、ベリーベスト法律事務所の顧問弁護士サービスをご利用ください。
ベリーベスト法律事務所の弁護士にご相談いただければ、自社の規則・制度・設備・環境などがLGBTフレンドリーなものになっているか否かについて、法律的な観点からチェックを行います。
また、万が一LGBT社員へのハラスメントが発生してしまった場合でも、法律の規定などをふまえて、穏便な解決を図ることが可能です。
問題社員のトラブルから、
トイレをはじめとして、自社の設備や職場環境をLGBTフレンドリーにするには、また性的指向・性自認などの多様性に配慮した就業規則や福利厚生制度を整えるにはどうすれば良いかを考えるためには、法的な観点からの検討も行うことが必須です。
また、LGBTに関する問題は非常にデリケートであるため、思わぬ形でハラスメントなどの問題が生じることもしばしばあります。
企業がLGBTへのハラスメントを放置することには、企業側の使用者責任や安全配慮義務違反を問われて、損害賠償やイメージダウンが発生するリスクが潜在しています。
そのような事態を未然に防ぐため、早い段階から対処を行うことが必要になるのです。
ベリーベスト法律事務所の弁護士にご相談をいただければ、就業規則の見直しなどの制度面から、業務の現場におけるハラスメントの予防・対策まで、法律の専門家としての観点にもとづいたアドバイスをご提供いたします。
LGBTフレンドリーな企業経営を目指す経営者の方は、ぜひベリーベスト法律事務所の弁護士にご相談ください。
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