企業法務コラム
会社が人事権に基づいて、従業員(社員)に人事異動を命じたとしても、従業員から拒否されてしまう場合があります。
会社としては、人事異動を拒否する従業員に対して、十分に法的な根拠を丁寧に示した上で対応する必要があります。
この記事では、人事異動に関する法的な整理や、人事異動を拒否された場合の会社側の対処法などを中心に、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
まずは人事異動の種類や、会社の人事権の内容など、人事異動の基本的な知識を解説します。
人事異動には、「配置転換」、「転勤」、「出向」、「転籍」、「役職の任免」などありますが、一般的には「配置転換」「出向」「転籍」の3種類に分類されることが多いかと思われます。
労働者の地位に対する影響は、転籍が1番大きく、次いで出向、配置転換となりますが、それに応じて人事異動の要件も変わってきます。
同じ会社の中で職務内容や部署などを変更したり、勤務地を変更したりすることをいいます。
人事権の一内容として従業員の職務内容や勤務地を決定する権限を会社が有しています。
会社との雇用契約を維持しつつ、別の会社で一定期間勤務することをいいます。在籍出向とも呼ばれます。
出向については、就業規則や契約書の中で、事前に労働者から同意を得ているとは限らないと思いますので、出向を命じる際には、出向先での賃金・労働条件、出向の期間、復帰の条件など労働者に不利益にならないように配慮した上で、労働者の同意を得ておくべきです(民法第625条1項)。
ただし、出向に関する詳細なルールが定められていることなどを条件として、入社時などに出向についての包括的同意を取得しておけば、出向命令の都度個別的同意を取得することは不要と解されています(最高裁平成15年4月18日判決)。
会社との雇用契約を終了させ、別の会社と新たに雇用契約を締結して勤務することをいいます。転籍出向あるいは移籍出向とも呼ばれます。
転籍出向に関しては、その趣旨目的及び労働者に与える影響等を考慮しますと労働者の個別的同意が必要です(大阪地裁平成30年3月7日判決)。
上記のとおり、出向・転籍には労働者の同意が必要ですが、人事異動権を就業規則に記載し、周知するなどしている場合には同じ会社内での配置転換には、会社の裁量権が広く認められます。
しかし、以下の場合には会社による配置転換の命令が無効になります。
具体的にどのようなケースで配置転換命令が無効となるのかについて、次の項目で見てみましょう。
問題社員のトラブルから、
配置転換命令が会社の人事権の範囲外となる、または配置転換命令が権利濫用に当たる場合とは、具体的にどのようなものかについて解説します。
会社の従業員に対する人事権は、労働契約に基づいて発生します。
労働契約の内容によっては、労働者の職種が限定されていたり、勤務エリアが特定のオフィスに限定されていたりする場合があります。
この場合は、対象外の職種・勤務エリアへの配置転換を命ずることは、そもそも会社の人事権の範囲外であり、認められません。
特に転居を伴う転勤命令は、従業員の生活に大きな影響を与えます。
そのため、労働者に対し通常「甘受すべき程度を著しく超える不利益」を負わせる場合には、会社の配置転換命令が「権利濫用」になると解されています(最高裁昭和61年7月14日判決)。
しかし、この不利益要件は非常に厳しい要件であり、かつては従業員の不利益を理由として配置転換が違法無効とされる可能性は低かったのですが、2007年に制定された労働契約法(平19年法律第128号)は「仕事と生活の調和」への配慮を基本理念として規定するに至っており(労働契約法第3条3項参照)、社会的状況が変わる中で判断基準も変わる可能性がある点には注意が必要です。
配置転換命令は、業務上の正当な必要性に基づいて行われる必要があります。
たとえば配置転換命令が、従業員に対する報復・嫌がらせなどや、結果的に従業員を退職に追い込むことなどを動機・目的としている場合には、権利濫用として無効になり得ます。
会社からの配置転換命令に従わなければならない場合でも、それに伴って賃金の減額まで応じるべきということではありません。
賃金については労働契約上の合意によって定められているため、たとえ配置転換のタイミングといえども、労働者の承諾なく賃金を引き下げることは違法となります。
問題社員のトラブルから、
従業員が配置転換命令を拒否してきた場合、会社としてとるべき対応は悩ましいところです。
従業員のモチベーションを保つため、できる限り従業員の納得を得たうえで配置転換を行うことが望ましいのは言うまでもありません。
しかし、どう説得しても配置転換を拒否されてしまう場合は、毅然(きぜん)とした対応をとることも要求されます。
前述のとおり、配置転換については会社が広範な裁量権を有しています。
会社としては、原則的に配置転換命令の拒否はできない旨を従業員に対して説明し、配置転換についての理解を得ることが第一のステップとなります。
その際、人事権に関する法律上の整理を説明したうえで、配置転換によって従業員にもメリットがある旨を強調すると、説得に応じる可能性が高まるでしょう。
従業員側に不服があるまま配置転換を強制しても、従業員の仕事に対するモチベーションをそいでしまう懸念があります。
従業員側としても、配置転換命令を拒否することには、従業員なりの理由があるのが通常です。
たとえば金銭面の条件に不満がある場合、家族を伴って転勤するのが不安な場合など、拒否の理由にはさまざまなパターンが考えられます。
従業員から事情を詳しく聞けば、会社と従業員が配置転換について折り合える妥協点が見つかるかもしれません。
いずれにしても、円満に配置転換を実現できるに越したことはありませんので、従業員とよく話し合ってみましょう。
従業員が配置転換命令を拒否し、会社からの説得にも一向に応じない場合には、業務命令違反による懲戒処分を検討する必要もあります。
ただし、懲戒処分を行う際には、就業規則などに定める懲戒事由に該当することに加えて、懲戒処分を行うことについての客観的・合理的理由と懲戒処分の内容の社会的相当性が求められます(労働契約法第15条)。
特に懲戒解雇を行う際には、懲戒処分の理由や解雇処分が相当な処分と言えるのか厳しく判断されますので、事前に弁護士に相談することをおすすめいたします。
問題社員のトラブルから、
会社が従業員に対して配置転換を中心とした人事異動を命じる際には、従業員から拒否された場合に備えて、以下の点に留意した対応を取りましょう。
労働契約上の根拠が不明確なままに人事異動を命じてしまうと、従業員に納得していただけず、応じてもらえないこともあります。
予定している人事異動が会社の人事権の範囲内にあるのか、権利濫用となる内容でないか、事前にきちんと法的な整理をしておきましょう。
人事異動が会社の正当な権限に基づくとしても、従業員との紛争はできる限り回避すべきです。
従業員を人事異動命令に従わせること自体ではなく、適材適所に配置した従業員に効率よく仕事をしてもらうことが目的であることを忘れてはなりません。
従業員の話をよく聞いて、会社として許容し得る妥協点を探り、可能な限りもめ事を回避しましょう。
人事異動に関して会社が事前の検討・対策を行う際には、弁護士に相談することをおすすめします。
人事異動命令が法的に許容されるかどうかを判断するには、裁判例の内容を踏まえた複雑で専門的な検討が求められます。
また、従業員から提示され得る主張を想定して、適切な反論や説得材料を準備しておかなければなりません。
弁護士に事前に相談をすれば、人事異動に関する法的な整理を適切に行うことができます。
会社の内部で検討するだけでは気づかなかった点も、弁護士に相談することによって発見できる場合があります。
問題社員のトラブルから、
3種類ある人事異動のうち、出向と転籍については従業員の承諾が必要ですが、配置転換については、原則として会社の広い裁量が認められます。
しかし、配置転換命令が人事権の範囲外または権利濫用と判断される可能性もあります。
特に、育児・介護をしながら働く労働者を厚く保護すべきという風潮が高まる中、今後はいっそう会社の裁量権が限定的に解されるケースが増えると考えられます。
そのため、弁護士に相談して事前にきちんと法的な整理・整備を行うことが大切になります。
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