インサイダー取引(内部者取引)を行った者は、刑事罰や課徴金納付命令を受ける可能性があります。
会社としても、役員・従業員がインサイダー取引によって摘発された場合、両罰規定による刑事罰や社会的信用の失墜などのリスクを負います。インサイダー取引規制について正しく理解したうえで、社内におけるインサイダー取引の発生予防に努めましょう。
今回は、金融商品取引法によるインサイダー取引規制の内容について、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
インサイダー取引とは、市場価格に影響を与える未公表の重要事実等(インサイダー情報)を知った状態で、関連する上場会社の株式などを取引する行為です。金融商品取引法により、インサイダー取引は禁止されています。
インサイダー情報を知っている者は、その情報が将来的に公表された際の株価などの変動を容易に予測できます。そのため、たとえば高騰前に株式を買い集めて利益を得たり、暴落前に株式を売却して損失を回避したりすることが可能でしょう。
しかし、インサイダー取引が横行すると、一般の投資家が適正な利益を得られない、または不当に損失を被ることになってしまいます。
インサイダー取引によって市場の公平・公正が害されると、一般の投資家が投資行動を差し控える事態になりかねません。そのため金融商品取引法では、インサイダー取引を犯罪として禁止しています。
インサイダー取引規制はすべての人が対象ではありません。インサイダー取引規制の対象者は、会社関係者・公開買付者等関係者・第一次情報受領者の3種類です。
① 会社関係者(金融商品取引法第166条第1項)
会社関係者とは、該当の上場会社において、以下の立場にある方をいいます。
② 公開買付者等関係者(同法第167条第1項)
公開買付者等関係者とは、上場株式の公開買付けの実施を予定している方の関係者です。具体的には、公開買付者等と以下の関係にある方が公開買付者等関係者に当たります。
③ 第一次情報受領者(同法第166条第3項、第167条第3項)
第一次情報受領者とは、会社関係者または公開買付者等関係者から、インサイダー情報を受け取った者をいいます。
なお、第一次情報受領者からインサイダー情報を受け取った者を「第二次情報受領者」といいます。第二次情報受領者は第一次情報受領者からインサイダー情報を聞いてはいますが、インサイダー取引規制の対象者ではありません。
金融商品取引法で禁止されるインサイダー取引に該当するのは、未公表のインサイダー情報を知った状態で、上場有価証券について以下の取引をする行為です。
なお「公表」とは、インサイダー情報について以下のいずれかの措置が取られたことをいいます(金融商品取引法第166条第4項、第167条第4項)。
インサイダー情報を知った会社関係者・公開買付者等関係者は、他人に利益を得させ、または損失を回避させる目的で、当該インサイダー情報を他人に伝達することが禁止されます(金融商品取引法第167条の2第1項、第2項)。
インサイダー取引そのものだけでなく、インサイダー情報の伝達行為も禁止されていることにご注意ください。
インサイダー情報に該当するのは、「重要事実」と「公開買付け等の実施または中止に関する事実」です。
重要事実としては主に、決定事実・発生事実・決算情報の3点について詳しく規制しています。この3点は、以下の6つの事実に分かれます。(金融商品取引法第166条第2項)。
① 上場会社等の業務執行決定機関が、以下の事項の実施または不実施を決定した事実
(金融商品取引法第166条 第2項、金融商品取引法施行令第28条)
② 上場会社等につき、以下の事項が発生した事実
(金融商品取引法第166条 第2項2号、金融商品取引法施行令第28条の2)
③ 上場会社等の子会社の業務執行決定機関が、以下の事項の実施または不実施を決定した事実
(金融商品取引法第166条第2項5号、金融商品取引法施行令第29条)
④ 上場会社等の子会社につき、以下の事項が発生した事実
(金融商品取引法第166条第2項6号、金融商品取引法施行令第29条の2)
⑤ 以下のいずれかの数値について、公表された直近の予想値と新たな予想値、または決算値の間に差異が生じた事実
(金融商品取引法第166条第2項3号、7号)
⑥ そのほか、上場会社等の運営・業務・財産に関する重要な事実であり、投資者の投資判断に著しく影響を及ぼすもの
(金融商品取引法第166条第2項4号、8号)
バスケット条項と呼ばれる規定です。インサイダー取引の重要事項では上述のとおり、決定事実・発生事実・決算情報の3点について詳細に規制していますが、それ以外の情報もインサイダー取引に該当し得るものがあるおそれがあります。
そのため、このようにバスケット条項を設け、投資判断に著しく影響を及ぼす内容であれば、インサイダー取引の規制対象としています。
公開買付けとは、不特定多数の株主から市場外で株式などを買い集める手続きです。企業買収の一手法として用いられています。
公開買付け等の実施または中止が公表されると、一般的に株価は大きく変動します。そのため、公開買付け等の実施または中止に関する事実はインサイダー情報とされています。
役員や従業員がインサイダー取引で摘発された場合、会社は以下の悪影響を被るおそれがあります。
インサイダー取引を行った者、またはインサイダー取引を行った第一次情報受領者にインサイダー情報を伝達した者は「5年以下の懲役または500万円以下の罰金」に処されます(金融商品取引法第197条の2第13号、第14号、第15号)。
また、会社の代表者・代理人・使用人その他の従業者が、会社の業務・財産に関してインサイダー取引を行った場合、会社にも「5億円以下の罰金」が科されます(同法第207条第1項第2号)。
インサイダー取引を行った者は、金融庁が課徴金納付命令を発する場合があります(金融商品取引法第175条第1項、第175条の2第1項)。
課徴金額は、違反者が得た利益や回避した損失などの金額に応じて決まります。
仮に会社がインサイダー取引に関与した場合、会社も課徴金納付命令の対象になり得るので要注意です。
インサイダー取引そのものに会社が関与していたか否かにかかわらず、役員や従業員がインサイダー取引で摘発されたとすれば、会社の信用に関わる重大な不祥事です。
投資家からの信用を失って株価が暴落したり、顧客・取引先が離れて売り上げ・利益が減少したりする事態になりかねません。
役員・従業員によるインサイダー取引の事実が発覚した場合、金融庁への調査協力やメディア対応、再発防止の検討委員会の設置など、会社はさまざまな対応に迫られます。
これらの対応には大幅な時間と人手を費やさなければならず、人件費の増大や業務の停滞、従業員の疲弊などが懸念されます。
インサイダー取引は、不自然なタイミングで目立った数量の株式が売買された場合に発覚するケースが多いといえます。上場株式の取引履歴は、証券会社や証券保管振替機構のデータベース上ですべて把握されているため、金融庁には筒抜けになっている点にご注意ください。
2021年4月から2022年3月の間には、実際に金融庁が6件のインサイダー取引に関する課徴金納付命令を発しています。
そのうちひとつの事例を紹介します。
金融庁は、業務上の提携は検討開始から公表までに時間を要し、かつ多数の役職員が関与するため、他の重要事実に比べてインサイダー取引のリスクが高まることから、厳正な情報管理が求められる旨を指摘しています。
(出典:「金融商品取引法における課徴金事例集~不公正取引編~」(金融庁))
役員・従業員がインサイダー取引で摘発される事態を防ぐためには、会社は以下の対応を取ることが考えられます。
また、役員・従業員によるインサイダー取引の予防や、実際に判明したインサイダー取引への対処については、顧問弁護士のアドバイスを求めるのがおすすめです。
弁護士にご相談いただければ、金融商品取引法のルールを踏まえつつ、インサイダー取引の効果的な予防方法や、会社の損害を最小限に抑える事態の収拾方法などをアドバイスいたします。
役員や従業員のインサイダー取引が発覚すると、会社は刑事罰を含めた重い法的責任・社会的責任を背負うことになりかねません。会社の関係者によるインサイダー取引を防ぐためにも、社員研修などを通じて、役員・従業員のコンプライアンス意識を高めましょう。
インサイダー取引の予防・対処については、弁護士のアドバイスを受けながら行うのがおすすめです。ベリーベスト法律事務所は、クライアント企業をインサイダー取引のリスクから守るため、多角的な観点からサポートいたします。
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