企業法務コラム
労働者を採用する際、身元保証書の提出を求める企業は少なくありません。身元保証書は、労働者の身上を保証するだけでなく、将来のトラブルを抑止する効果があるなど企業にとっては重要な書面になります。
ただし、身元保証書の記載内容などのルールが適正に定められていないと、いざ必要となった場合に役に立たないおそれもあります。そのため、企業の法務や人事管理において、法に基づいた作成・運用ルールをしっかりと理解し規定することが大切です。
今回は、身元保証書の概要、記載すべき事項やポイント、運用における注意点などについて、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
身元保証書とはどのような書面なのでしょうか。
身元保証書とは、企業と労働者の身元保証人との間で締結する損害賠償責任に関する契約書のことをいいます。
身元保証書は、主に以下のような目的で作成されます。
身元保証書というと労働者を採用した際に必ず提出してもらうものというイメージがありますが、身元保証書の提出を強制する法律はありません。
そのため、労働者から身元保証書の提出を拒否されることがあります。しかし、身元保証書は、企業にとって重要な書面になりますので、就業規則などで提出を拒否した場合の不利益を定めるなどして、適切な対応をとる必要があります(詳細は3章で後述)。
なお、身元保証書と似たものに、「身元証明書」というものがありますが、これは、個人の法律上の行為能力の有無を公的機関が証明したものになります。
身元証明書は「身分証明書」と呼ぶこともあります。
問題社員のトラブルから、
身元保証書にはどのような内容を記載すればよいのでしょうか。
以下では身元保証書の記載事項とポイントについて説明します。
労働者の採用にあたり労働者に身元保証人を立てさせる運用が広く行われています。
しかし、身元保証人の保証期間が長期に及ぶと身元保証人には過大な負担になってしまいます。そのため、「身元保証に関する法律」(身元保証法)では、身元保証契約の存続期間の上限について定めています。
身元保証期間の存続期間は、期間を定めなかった場合には3年(身元保証法1条)、期間を定めたとしても5年が上限とされています(身元保証法2条1項)。
また、身元保証契約は、更新も可能ですがその期間は、5年が限度です(身元保証法2条2項)。
身元保証契約の目的は、労働者の故意または過失により会社に損害を生じさせ、本人の資力だけではカバーできない場合に身元保証人から損害の補填(ほてん)を求めることにあります。
身元保証人にとっては、いつ、どのような責任を負うかが予測困難であることから、このような保証契約は、民法上の「根保証契約」に該当します。
令和2年4月1日施行の改正民法では、個人根保証は、極度額を定めなければ効力を生じないと定められています(民法465条の2第2項)。
そのため、令和2年4月1日以降の身元保証契約では、極度額の定め(「極度額を〇○○万円とする」など)が必要で、極度額の定めがない身元保証契約は無効になってしまいます。
ただし、改正民法施行日以前の身元保証契約には影響はありません。
身元保証契約書の緊急時の連絡先の把握という目的を達成するためにも、身元保証人に関する以下の事項を記載してもらいましょう。
身元保証書の提出に法的義務はないため、採用予定の労働者に身元保証書の提出を強制することはできません。
ただし、就業規則で
・身元保証書の提出が必要であること
・身元保証書の提出がないときは解雇または内定取り消しになること
を明記しておけば、正当な理由なく身元保証書の提出を拒否する労働者を、解雇または内定取り消しにするなどの対応が可能になります。
なお、労働者を解雇する場合には、30日以上前の解雇予告または解雇予告手当の支払いが必要になりますが、身元保証書の不提出を理由に解雇する場合には、解雇予告が不要と判断される可能性があります(労働基準法20条1項ただし書)。
身元保証書の運用にあたっては、以下のような点に注意が必要です。
身元保証人になる人の条件については、企業側が自由に設定することができます。
身元保証書の目的を達成するためにも、適切な条件を設定することが大切です。
たとえば、身元保証人の人数については、1人よりも2人の方がより確実ですので、複数の身元保証人を要求するようにしましょう。
身元保証人に制限をつけることも推奨
また、身元保証人は、損害の補償をできるだけの資力がある人が望ましいため、以下のような人に制限するとよいでしょう。
身元保証契約は、更新も可能とされていますが、その期間は5年が限度になります。
また、身元保証契約の自動更新はできませんので「契約期間の満了時に異議がないときは更新する」などの自動更新規定があったとしても、基本的には無効です。
そのため、身元保証契約を更新する場合には、身元保証人と新たに契約を締結する必要があります。
もっとも、身元保証契約には、素性のわからない労働者の身元を証明するという目的がありますので、入社から数年たてばその目的も達成され、新たに更新をする必要性が乏しいケースも少なくありません。
そのため、身元保証契約の更新をする際には、更新の必要性などをしっかりと検討するべきでしょう。
企業は、以下のような事情が生じた場合には、身元保証人に速やかに通知しなければなりません(身元保証法3条)。
このような通知を怠ると、労働者の行為により会社に損害が発生したとしても、身元保証人に賠償を求めることができない可能性がありますので注意が必要です。
また、身元保証人といっても労働者の行為により生じた損害の全額を負わせることができるわけではありません。身元保証人が負う賠償額は、最終的には裁判所が決定します。
そのため、損害の発生について使用者にも落ち度があった場合には、身元保証人の賠償額は減額される可能性が高いでしょう。
労働者から身元保証書の提出を拒否されるなどのトラブルを回避するためにも、内定前に「入社時には身元保証書の提出をお願いしていますが、大丈夫ですか?」と、告知することが有効です。
もちろん、入社したいがために、内定前は了承したのに、内定後に「出せません」といわれるケースもありえますが、トラブルになる可能性を低くすることができるでしょう。
万が一、採用予定の労働者から「身元保証書を提出できない」という反応があった場合は、労働者の素性に問題がある可能性もありますので、雇用するか再検討することも一案です。
身元保証書を含む人事管理業務についてのお悩みの場合は、弁護士にご相談ください。
人事管理に関する悩みが生じたときは、弁護士に相談することで、深刻な労使紛争を防止できる可能性が高まります。
労使紛争が生じてしまうと、適切に対応したとしても少なからず企業には損害が生じてしまいます。このような問題が顕在化する前に対処することができれば被害を最小限に抑えることが可能でしょう。
リスク回避には、日常的に相談できる顧問弁護士が力強い味方になります。
まずは企業法務の実績がある弁護士事務所に相談することをおすすめします。
労働者と企業間でトラブルが発生した場合には、すぐに弁護士に相談することが大切です。
弁護士はトラブルの内容や状況をヒアリングし、企業にとって最適な解決方法を提案します。また、会社の担当者では対応が難しい事案については、弁護士が窓口になって交渉や対応することも可能です。
労働審判や訴訟になれば法的な知識が必要になりますので、弁護士のサポートが不可欠といえるでしょう。
問題社員のトラブルから、
労働者の身元を証明し、将来のトラブルを抑止するためにも身元保証書は、重要な書面になります。
企業法務の実績がある弁護士であれば、労働者が身元保証書の提出を拒否した場合にも適切な対処がとれるよう就業規則を見直し、適正な身元保証書の作成のサポートをすることができます。
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