2025年12月11日
  • 熱中症対策義務化

【2025年6月施行】熱中症対策義務化|対応策や罰則について解説

【2025年6月施行】熱中症対策義務化|対応策や罰則について解説

令和7(2025)年6月1日より、改正労働安全衛生規則が施行され、事業者における職場での熱中症対策が罰則付きで義務化されました。

これにより、これまで努力義務とされていた対応が、罰則付きの法的義務として事業者に課されます。経営者や人事・法務担当者にとって、具体的に「どの作業が対象となるのか」「何を整備すべきか」「違反するとどうなるのか」を正しく理解することが重要です。

本記事では、熱中症対策義務の具体的内容、違反時のリスクなどを弁護士の立場から解説します。

1、熱中症対策義務化とは?

令和7(2025)年6月より施行された改正労働安全衛生規則により、事業者に課される労働者の熱中症対策義務が強化されました。熱中症予防は努力義務とされていましたが、近年の猛暑や熱中症による労働災害の多発を背景に、罰則付きの義務として明確化されたものです。
具体的には、労働安全衛生法第22条第2号において「高温」による労働者の健康障害を防止するための「必要な措置」が事業者に対して義務付けられていますが、この度改正された労働安全衛生規則で、その内容が具体的に明記されました。

熱中症対策義務強化の背景には、近年深刻化する、職場での熱中症による労働災害の増加があります。厚生労働省の統計によると、令和6年における、職場での熱中症による死傷者数は1257人で(前年比約14%増)、熱中症関連の死亡者数は3年連続で年間30人超えとなりました。
また、調査の結果、熱中症による死亡・重症化事例の主な原因は、“初期症状の放置”や“対応の遅れ”にあると指摘されました。従来の法令では、熱中症の疑いがある場合の早期発見や、重症化を防ぐための具体的な措置に関する明確な規定がなかったのです。

この度の改正では、労働者の熱中症による健康障害を未然に防ぐための具体的な措置として、労働安全衛生規則第612条の2(熱中症を生ずるおそれのある作業)が新設されました。同条では、熱中症予防のための措置が事業者に義務付けられていますが、キーワードで整理すると①「報告体制の整備」、②「重篤化防止手順の作成」、③「関係者への周知」の3つです。この度の改正の目的は、これらの具体的な行動を罰則付きで事業者に義務付けることで、実効性のある熱中症予防体制を構築しようとしたものといえます。

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2、熱中症対策が義務付けられる作業の条件

  1. (1)「熱中症を生ずるおそれのある作業」とは

    改正省令で明示された義務は、すべての作業に無条件で課されるわけではなく、「暑熱な場所において連続して行われる作業等熱中症を生ずるおそれのある作業」を行う場合に課されます。

    「暑熱な場所において連続して行われる作業等熱中症を生ずるおそれのある作業」とは、「暑熱な場所」において、継続して1時間以上または1日当たり4時間を超えて行われることが見込まれる作業をいいます。

    そして、「暑熱な場所」とは、原則としてWBGT(湿球黒球温度:暑さ指数)が28度以上の場所をいい、参考として気温31度以上程度が目安とされています。対象は、事業場内外かを問わず、出張先で作業を行う場合、労働者が移動して複数の場所で作業を行う場合や、作業場所から作業場所への移動時なども含むものとされています(厚生労働省令和7年5月20日基発0520第6号)。
    たとえば、オフィスワーカーが冷却された作業エリアから別の作業エリアへ移動する場合や、冷却・換気が不十分な室内で作業する場合など、一見して熱中症リスクが高いとは思われない環境でも義務の対象となり得ることに注意が必要です。

    熱中症対策義務としての措置が必要な条件
    • 環境条件:WBGT28度以上または気温31度以上の環境下で
    • 作業時間:継続して1時間以上または1日当たり4時間を超えて行われることが見込まれる作業
    • 作業場所:事業場内外を問わない
  2. (2)WBGTとは?

    WBGT(暑さ指数(湿球黒球温度):Wet Bulb Globe Temperature)とは、人体と外気との熱のやりとり(熱収支)に着目した指標で、人体の熱収支に与える影響の大きい 気温 湿度 日射・輻射 気流の4要素を取り入れた指標です。熱中症リスクを正確に評価するための指標で、広く用いられています。

    WBGT値は、作業場所にWBGT指数計を設置するなどにより実測することが望まれるとされています。WBGT指数計は、「JIS Z8504」または「JIS B7922」という規格に適合したものを用いることが求められています。
    屋外(日射がある場合)、屋内(日射がない場合)に分けて、WBGT値は以下の計算式により求められます。

    WBGT値の計算式
    • 屋外(日射がある場合):WBGT値 = 0.7×自然湿球温度+0.2×黒球温度+0.1×乾球温度(気温)
    • 屋内(日射がない場合):WBGT値 = 0.7×自然湿球温度+0.3×黒球温度

3、熱中症対策義務化により企業に求められる具体的対応

  1. (1)企業に求められる具体的対応

    熱中症の重篤化を防止するためには、熱中症のおそれがある労働者を早期に見つけ、迅速かつ適切に対処することが必要であり、企業には、以下のような「報告体制の整備」、「重篤化防止手順の作成」、「関係者への周知」が義務付けられています。

    企業に求められる具体的な熱中症対策
    • ①「熱中症の自覚症状がある作業者」や「熱中症のおそれがある作業者を見つけた者」がその旨を報告するための体制整備を整備すること
    • ② ①の体制を関係者へ周知すること
    • ③ 熱中症のおそれがある労働者を把握した場合に迅速かつ的確な判断が可能となるよう、事業場における緊急連絡網、緊急搬送先の連絡先および所在地など、作業離脱、身体冷却、医療機関への搬送など熱中症による重篤化を防止するために必要な措置の実施手順を作成すること
    • ④ ③の措置内容と実施手順を関係者へ周知すること
  2. (2)実務対応チェックリスト

    上記①から④の措置をさらに具体的に理解するべく、以下では、通達やガイドラインの記載に沿って、企業が実務上取り組むべきポイントをチェックリスト形式で紹介します。

    ① 測定と記録
    • □ WBGT値を継続的に測定する機器を導入しているか
    • □ 測定結果を記録・保存しているか

    ② 対象作業の把握
    • □ 業務でWBGT値28度以上、または気温31度以上となる環境下の作業があるかを確認しているか
    • □ 上記環境下で「1時間以上」または「1日4時間以上」作業を行う業務を特定しているか

    ③ 作業環境の整備
    • □ 遮光設備や送風機・冷房を設置しているか
    • □ 冷房を備えた休憩場所、日陰など涼しい休憩場所を設けているか
    • □ 休憩場所に、氷、冷たいお絞り、シャワーなどの、身体を冷やすことのできる物品や設備を設けているか
    • □ 水分・塩分補給を定期的かつ容易に行える仕組み(ルール作り、スポーツドリンクや塩飴などの常備、休憩場所への備え付け)ができているか

    ④ 作業管理
    • □ 作業開始前に暑熱順化期間(身体を暑さに慣らす期間)を設けているか
    • □ 熱を吸収したり保熱したりしやすい服装を避け、通気性・透湿性の高い服装の指導・支給をしているか
    • □ 作業前に身体を冷やすプレクーリング(冷たいタオルで首を冷やす、冷房の効いた部屋で過ごすなど)の機会を設けているか
    • □ 作業者が定期的に水分および塩分の補給ができているかどうかを確認する体制(摂取表を作成するなど)ができているか
    • □ 作業中の体調不良者を速やかに把握できる体制を整えているか

    ⑤ 健康管理
    • □ 糖尿病、高血圧症、心疾患など、作業者の疾患の有無を確認しているか
    • □ 異常所見者への医師などの意見に基づく就業上の措置を実施しているか
    • □ 作業前に作業者の体調確認(朝礼・セルフチェック)を行っているか

    ⑥ 教育・訓練
    • □ 従業員に対して熱中症のリスク、症状、予防方法、緊急時の対応などに関する教育・訓練を定期的に実施しているか
    • □ 睡眠不足、体調不良、前日の飲酒、朝食の未摂取、発熱・下痢などが、熱中症リスクを高めることなど、日常の健康管理について従業員に対して指導しているか

    ⑦ 体制整備
    • □ 熱中症予防管理者や担当者を選任し、役割や責任を明確化しているか

    ⑧ 緊急時対応
    • □ 熱中症を疑わせる症状が現れた場合には以下の救急措置をとる、必要に応じ救急隊を要請し医師の診察を受けさせるなど体制が整備できているか。
      (涼しい日陰か冷房が効いている部屋などへ移す。衣服を脱がせ、氷などで首、脇の下、足などを冷やす。自力で可能であれば水分・塩分を摂取させる。必要に応じ救急隊を要請し医師の診察を受けさせるなど)
    • □ 緊急対応マニュアルが整備され従業員に周知されているか
    • □ 救急連絡体制が明確にされ従業員に周知されているか
    • □ 搬送ルートが明確にされ従業員に周知されているか

    上記の項目は、あくまで一般的な指針であり、すべての企業に同じ形で当てはまるわけではありません。どのような仕組み・体制を構築するかについては、企業ごとに個別具体の判断が不可欠です。事業の内容や規模、作業環境に応じて「報告体制の整備」、「重篤化防止手順の作成」、「関係者への周知」の各措置を計画的に実施してください。

4、熱中症対策義務化に違反した場合の罰則

今回の改正に基づく熱中症対策義務は、努力義務ではなく罰則付きの法的義務です。事業者が対策を怠った場合には、罰則が科される可能性があります。

  1. (1)刑事罰

    労働安全衛生法第119条1号では、同法22条2号に違反した者には「6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金」が科されると規定されています。今回の省令改正により、熱中症対策義務の具体的内容が明記されたため、これらの義務に違反した場合には、労働安全衛生法22条2号違反として、事業主が刑事罰を受ける可能性があります。

  2. (2)行政処分

    労働基準監督署による指導や是正勧告の対象となり、改善が見られない場合には、作業停止命令建設物の使用停止命令などが出されることもあります(労働安全衛生法98条)。これらの行政処分は、企業の事業活動に大きな支障をきたす可能性があります。

  3. (3)民事責任

    使用者は、労働契約法5条に基づき、従業員が安全で健康に働ける環境を提供する法的義務(安全配慮義務)を負っています。十分な熱中症対策を怠り、その結果として労働者が死亡したり重篤な症状を負ったりした場合には、企業は損害賠償責任を問われる可能性があり、従業員本人や遺族から高額の請求を受けるリスクもあります。

  4. (4)社会的信用の低下

    罰則や民事責任だけでなく企業のレピュテーションリスク(社会的評価の低下)も大きなリスクです。従業員を守るべき企業が、義務化された対策を怠った結果、重大災害を招いたという事実は、企業ブランドや採用活動にも深刻な影響を与えるでしょう。

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5、まとめ

令和7(2025)年6月から施行された熱中症対策義務の強化は、事業者に対し、単なる努力義務ではなく、罰則付きで義務を課すものです。経営者や人事・法務担当者は、違反時の罰則や損害賠償リスクなどを適切に認識し、リスクマネジメントの一環として実効性ある対策を整えることが不可欠です。

企業に求められるのは、「 報告体制の整備」、「 重篤化防止手順の作成」、「 関係者への周知」の3つの柱です。これらを基盤として、自社の作業環境に合った仕組みを構築することで、労働者を守り、企業としての信頼を維持することにつながります。
本記事のチェックリストを活用し、熱中症対策を単なる法令遵守にとどめず、従業員の健康と企業価値を守る施策として推進してください。

ベリーベスト法律事務所では、企業法務専門チームが、この度の改正で義務付けられた熱中症防止措置に関する効果的な助言・提案はもとより、万が一事故が発生した場合の紛争対応に関しても、効果的な助言を行うことが可能です。
熱中症対策に関して不明点やお悩みがある場合は、ぜひ、ベリーベスト法律事務所にご相談ください。

  • この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています
この記事の監修者
杉山 大介
杉山 大介  弁護士
ベリーベスト法律事務所
所属 : 第二東京弁護士会
弁護士会登録番号 : 59418
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