令和7(2025)年6月1日より、改正労働安全衛生規則が施行され、事業者における職場での熱中症対策が罰則付きで義務化されました。
これにより、これまで努力義務とされていた対応が、罰則付きの法的義務として事業者に課されます。経営者や人事・法務担当者にとって、具体的に「どの作業が対象となるのか」「何を整備すべきか」「違反するとどうなるのか」を正しく理解することが重要です。
本記事では、熱中症対策義務の具体的内容、違反時のリスクなどを弁護士の立場から解説します。
令和7(2025)年6月より施行された改正労働安全衛生規則により、事業者に課される労働者の熱中症対策義務が強化されました。熱中症予防は努力義務とされていましたが、近年の猛暑や熱中症による労働災害の多発を背景に、罰則付きの義務として明確化されたものです。
具体的には、労働安全衛生法第22条第2号において「高温」による労働者の健康障害を防止するための「必要な措置」が事業者に対して義務付けられていますが、この度改正された労働安全衛生規則で、その内容が具体的に明記されました。
熱中症対策義務強化の背景には、近年深刻化する、職場での熱中症による労働災害の増加があります。厚生労働省の統計によると、令和6年における、職場での熱中症による死傷者数は1257人で(前年比約14%増)、熱中症関連の死亡者数は3年連続で年間30人超えとなりました。
また、調査の結果、熱中症による死亡・重症化事例の主な原因は、“初期症状の放置”や“対応の遅れ”にあると指摘されました。従来の法令では、熱中症の疑いがある場合の早期発見や、重症化を防ぐための具体的な措置に関する明確な規定がなかったのです。
この度の改正では、労働者の熱中症による健康障害を未然に防ぐための具体的な措置として、労働安全衛生規則第612条の2(熱中症を生ずるおそれのある作業)が新設されました。同条では、熱中症予防のための措置が事業者に義務付けられていますが、キーワードで整理すると①「報告体制の整備」、②「重篤化防止手順の作成」、③「関係者への周知」の3つです。この度の改正の目的は、これらの具体的な行動を罰則付きで事業者に義務付けることで、実効性のある熱中症予防体制を構築しようとしたものといえます。
問題社員のトラブルから、
改正省令で明示された義務は、すべての作業に無条件で課されるわけではなく、「暑熱な場所において連続して行われる作業等熱中症を生ずるおそれのある作業」を行う場合に課されます。
「暑熱な場所において連続して行われる作業等熱中症を生ずるおそれのある作業」とは、「暑熱な場所」において、継続して1時間以上または1日当たり4時間を超えて行われることが見込まれる作業をいいます。
そして、「暑熱な場所」とは、原則としてWBGT(湿球黒球温度:暑さ指数)が28度以上の場所をいい、参考として気温31度以上程度が目安とされています。対象は、事業場内外かを問わず、出張先で作業を行う場合、労働者が移動して複数の場所で作業を行う場合や、作業場所から作業場所への移動時なども含むものとされています(厚生労働省令和7年5月20日基発0520第6号)。
たとえば、オフィスワーカーが冷却された作業エリアから別の作業エリアへ移動する場合や、冷却・換気が不十分な室内で作業する場合など、一見して熱中症リスクが高いとは思われない環境でも義務の対象となり得ることに注意が必要です。
| 熱中症対策義務としての措置が必要な条件 |
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WBGT(暑さ指数(湿球黒球温度):Wet Bulb Globe Temperature)とは、人体と外気との熱のやりとり(熱収支)に着目した指標で、人体の熱収支に与える影響の大きい① 気温、② 湿度、③ 日射・輻射、④ 気流の4要素を取り入れた指標です。熱中症リスクを正確に評価するための指標で、広く用いられています。
WBGT値は、作業場所にWBGT指数計を設置するなどにより実測することが望まれるとされています。WBGT指数計は、「JIS Z8504」または「JIS B7922」という規格に適合したものを用いることが求められています。
屋外(日射がある場合)、屋内(日射がない場合)に分けて、WBGT値は以下の計算式により求められます。
| WBGT値の計算式 |
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熱中症の重篤化を防止するためには、熱中症のおそれがある労働者を早期に見つけ、迅速かつ適切に対処することが必要であり、企業には、以下のような「報告体制の整備」、「重篤化防止手順の作成」、「関係者への周知」が義務付けられています。
| 企業に求められる具体的な熱中症対策 |
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上記①から④の措置をさらに具体的に理解するべく、以下では、通達やガイドラインの記載に沿って、企業が実務上取り組むべきポイントをチェックリスト形式で紹介します。
上記の項目は、あくまで一般的な指針であり、すべての企業に同じ形で当てはまるわけではありません。どのような仕組み・体制を構築するかについては、企業ごとに個別具体の判断が不可欠です。事業の内容や規模、作業環境に応じて「報告体制の整備」、「重篤化防止手順の作成」、「関係者への周知」の各措置を計画的に実施してください。
今回の改正に基づく熱中症対策義務は、努力義務ではなく罰則付きの法的義務です。事業者が対策を怠った場合には、罰則が科される可能性があります。
労働安全衛生法第119条1号では、同法22条2号に違反した者には「6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金」が科されると規定されています。今回の省令改正により、熱中症対策義務の具体的内容が明記されたため、これらの義務に違反した場合には、労働安全衛生法22条2号違反として、事業主が刑事罰を受ける可能性があります。
労働基準監督署による指導や是正勧告の対象となり、改善が見られない場合には、作業停止命令や建設物の使用停止命令などが出されることもあります(労働安全衛生法98条)。これらの行政処分は、企業の事業活動に大きな支障をきたす可能性があります。
使用者は、労働契約法5条に基づき、従業員が安全で健康に働ける環境を提供する法的義務(安全配慮義務)を負っています。十分な熱中症対策を怠り、その結果として労働者が死亡したり重篤な症状を負ったりした場合には、企業は損害賠償責任を問われる可能性があり、従業員本人や遺族から高額の請求を受けるリスクもあります。
罰則や民事責任だけでなく企業のレピュテーションリスク(社会的評価の低下)も大きなリスクです。従業員を守るべき企業が、義務化された対策を怠った結果、重大災害を招いたという事実は、企業ブランドや採用活動にも深刻な影響を与えるでしょう。
問題社員のトラブルから、
令和7(2025)年6月から施行された熱中症対策義務の強化は、事業者に対し、単なる努力義務ではなく、罰則付きで義務を課すものです。経営者や人事・法務担当者は、違反時の罰則や損害賠償リスクなどを適切に認識し、リスクマネジメントの一環として実効性ある対策を整えることが不可欠です。
企業に求められるのは、「① 報告体制の整備」、「② 重篤化防止手順の作成」、「③ 関係者への周知」の3つの柱です。これらを基盤として、自社の作業環境に合った仕組みを構築することで、労働者を守り、企業としての信頼を維持することにつながります。
本記事のチェックリストを活用し、熱中症対策を単なる法令遵守にとどめず、従業員の健康と企業価値を守る施策として推進してください。
ベリーベスト法律事務所では、企業法務専門チームが、この度の改正で義務付けられた熱中症防止措置に関する効果的な助言・提案はもとより、万が一事故が発生した場合の紛争対応に関しても、効果的な助言を行うことが可能です。
熱中症対策に関して不明点やお悩みがある場合は、ぜひ、ベリーベスト法律事務所にご相談ください。
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