企業法務コラム
現在、政府・厚生労働省の検討会議において、パートやアルバイトなどの短時間労働者へ厚生年金制度の適用を拡大することが検討されています。
実現する見込みはどのくらいあるのか、いつ頃施行される予定なのか、現状の厚生年金加入要件がどのような点で変更されるのかなど、厚生年金のパート従業員への適用拡大について、弁護士が解説いたします。
現在、厚生労働省で検討されているのは、厚生年金制度を適用されていないパートなどの労働者へ制度を拡大する法律です。
そもそも、なぜ厚生年金の適用対象をパートなどの労働者へ拡大する必要があるのでしょうか?
日本では、多くの女性や若者がパートやアルバイト、契約社員や派遣社員などの非正規雇用のもと働いています。
しかし、非正規として働く方たちが高齢者となったときに、低年金や無年金などで生活が行き詰まることが予想されています。
厚生年金に加入していない場合、老齢になって受け取れる年金は国民年金のみです。
しかし国民年金はもともと支給額が低額ですし、未納者も多く財政難となっている影響もあり、30年後には現在と比較して3割も目減りするという見通しも出ています。
このような状況では、非正規労働者が年金受給年齢となったときに自活できず、生活保護などに頼らざるを得ない状況が発生するおそれがあります。
そういった方たちの生活を守るために、厚生年金に加入させる必要があると考えられています。
現行の制度が、専業主婦などにとって「働かない方が得をする」という仕組みになっているとの指摘があります。実際に、厚生年金や健康保険への加入が義務付けられない範囲で働いている方は少なくないとされています。
今後の人口減少社会に備えるためには、「働かない方が得する」といった仕組みを改善して、就労意欲を促進し、社会全体を活性化させる必要があります。
実は厚生年金の加入者拡大は、2016年10月に実施済みです。
その際、従来の「週30時間以上働く労働者」から、「週20時間以上働いており、賃金の月額が8万8000円以上で、雇用期間が1年以上見込まれる」労働者へと厚生年金加入対象者が拡大されました。
ただし学生は除外され、従業員数が501人以上の事業所に限られています。
また、「3年後に改めて制度を見直す予定」とされていたので、2016年から3年経った2019年に再検討されることとなったのです。
見直し内容としては、以下のようなことが検討されています。
問題社員のトラブルから、
パートなどの短時間労働者における、現状(改正前)の厚生年金加入要件をみてみましょう。
または、下記の要件を全て満たす方です。
2017年4月には次の2つのうちどちらかの要件を満たせば、被保険者数が常時500人以下の企業においても厚生年金が適用されるよう変更されています。
なお、基本的には70歳以上の労働者は厚生年金に加入できません。
ただし受給資格期間が不足している方の場合、受給資格を獲得できるまでの間、70歳以上であっても任意で厚生年金に加入できます。
問題社員のトラブルから、
当初の厚生年金対象の拡大から3年が経過し、2019年9月から本格的にさらなる適用拡大に向けての議論が進められています。
具体的には以下のような変更が検討されています。
現在の制度では、厚生年金が適用されるのは「月収8.8万円以上のパートなどの従業員」です。年収にすると106万円以上の収入がある方に厚生年金が適用されています。
今回はこの要件を拡大し「月収6.8万円以上のパート労働者」へ厚生年金制度を適用することが検討されています。拡大がなされると、年収81万6000円以上の方が厚生年金に加入することになります。
現在の制度では、パートなどの短時間労働者に厚生年金制度が適用されるのは、原則的に「常時従業員が501人以上」規模の事業所のみです。
労使合意があればそれより少なくても任意で厚生年金に加入させることができますが、そうでない場合には適用されません。
これを労働者側から見ると、同じ条件で働いているパート労働者間でも、勤務先によって取り扱いに差が発生していることとなり、不公平な状況が発生していると言えます。
近年、企業がパート従業員を雇用する理由にも変化がみられます。
以前は「簡単な仕事をさせるため」にパートを利用する企業が多数ありましたが、最近では「正社員の採用、人材の確保が困難なため」「女性や高齢者を活用するため」などの目的で採用することも多いです。
つまり企業側にとっても、パート労働者は「貴重な人的資源」となってきているのです。
そうであれば、厚生年金を適用して企業に社会保険料の半額を負担させても、あながち不合理な話ではありません。
企業側にとっても求人情報誌などに「社会保険完備」などと掲載して福利厚生を充実させることで良い人材を確保できるのであれば充分なメリットを得られます。
そこで、従業員規模を見直し、より従業員数の少ない企業にもパートへの厚生年金制度を適用しようとしています。
ただし大企業とは異なり、体力のない中小企業へ一律に厚生年金加入を義務づけ、半額の保険料負担を課せば雇用姿勢や経営に悪影響を与えることが想定されます。
また人手不足の問題が深刻な業種とそうでない業種も存在します。
今後は「500人」という要件を引き下げるとしても、一律ではなく段階的に実施していくべきと考えられています。
実際に企業規模要件を完全に廃止した場合、新たに125万人の労働者が厚生年金の適用対象になります。段階的に拡大するとして企業規模要件を「50人以上」にした場合には、現在の保険者数にプラスして60万人程度が加入するという試算結果が出ています。
厚生年金の適用拡大を検討するとき「第3号被保険者制度」との関係を無視することはできません。
第3号被保険者制度とは、第2号被保険者(会社員や公務員などの被用者本人)に扶養されている配偶者を対象とするものです。
保険料は第2号被保険者が加入している厚生年金や共済組合が一括して負担するため、その配偶者である第3号被保険者は自分で保険料を支払う必要がありません。
第3号被保険者でいるためには年収が130万円以下でなければなりません。
また年収が103万円を超えると所得税も発生するので、主婦などの中にはあえて年収が103万円や130万円を超えないように調整している方も少なくありません。
このような就業調整を行うことに得をする仕組みによって、主婦などの就労意欲が削がれているとの指摘がなされているため、制度の改善が求められています。
問題社員のトラブルから、
今後、厚生年金の加入対象者拡大についてはどのようなスケジュールで進められていくのでしょうか?
以下で現在想定されている最短の施行時期や全体的なスケジュールをご紹介します。
2019年9月から、厚労省の検討会議において厚生年金の対象労働者拡大に向けての議論と検討が進められています。具体的にどの程度拡大するのか、どのような要件を適用して利害の調整を図るべきか詳細が詰められました。
改革案のとりまとめ後2020年初から関連法案の作成を進め、2020年3月頃には厚生年金加入者拡大についての関連法改正案を通常国会へと提出される予定で、早ければ2020年夏ごろには改正関連法が成立する可能性があります。
施行の具体的な時期は不明ですが、2019年12月5日時点では、要件のうち企業要件を2022年10月に101人以上、24年10月に51人とする方針が政府・与党で決定されたと報道されています。
上記はすべてが滞りなくスムーズに進んだ場合のスケジュールであり、実際にはずれる可能性もあります。
問題社員のトラブルから、
厚生年金のパートやアルバイトなど短時間労働者への適用拡大については、2016年に実施された際にも話題になったので記憶にある方も多いでしょう。
今後は収入要件や企業規模要件が引き下げられ、さらに適用対象労働者の範囲が拡大されるのはほぼ確実です。
企業側としても、雇用形態を問わず社会保険料負担が発生するので、これまでとは違った観点から求人や雇用を進める必要性があります。
労務関係については、厚生年金の適用拡大に限らずさまざまな分野で頻繁に法改正が行われています。
ベリーベスト法律事務所では、顧問企業向けに労務関係の最新情報についての助言や指導を行っているので、労務関係でお悩みや疑問などがありましたら、お気軽にご相談ください。
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