ある程度の規模の会社では、定期的に、あるいは業務上の必要性に応じて、人事異動がつきものです。
しかし、従業員にとって人事異動は仕事内容や職場環境に大きな影響を及ぼすものであるため、負担に感じて拒否するケースも珍しくありません。そのような場合、会社としては従業員の立場に配慮しつつ、適切な人事権の行使を目指すべきです。
そこで今回は、
・ 従業員は人事異動を拒否できるのか
・ 人事異動を拒否できる正当な理由とは
・ 人事異動を不当に拒否されたときの対処法
などについてわかりやすく解説します。
人事異動を無理に強制したり、拒否した従業員をいきなり解雇したりすれば、対象従業員から損害賠償請求を受けるおそれもあります。人事異動を巡るトラブルは、労使紛争に強い弁護士へご相談の上、適切な解決を目指しましょう。
人事異動とは、会社が人事権に基づき、従業員の配置や地位、職務内容などを変更することを指します。
具体的な異動内容として、主に次の4つが挙げられます。
人事異動は、さまざまな目的を持って行われますが、主な目的は以下のようなものです。
適切な人事異動を行うことで、従業員の能力向上も期待できますし、会社の業績アップにもつながります。
問題社員のトラブルから、
従業員は、原則として会社から命じられた人事異動を拒否することはできません。
なぜなら、基本的に労働者は使用者による人事権の行使に従わなければならないからです。
そもそも雇用関係において、労働者は使用者からの指揮命令に従って労働に従事する義務を負っています。労働者の配置や地位、職務内容等に関して、使用者が指揮命令できる権限のことを「人事権」といいます。
従業員は雇用契約に基づいて就業している以上、人事権の行使としての人事異動には従う必要があるのです。
ただし、人事権の行使も無制限に認められるわけではありません。
従業員も、正当な理由がある場合には人事異動を拒否することが可能です。
次項では、人事異動を拒否できる正当な理由について解説します。
従業員が人事異動を拒否しうる正当な理由として、次の6つが挙げられます。
会社が従業員に対して人事異動を命じるためには、「人事異動を命じることがある」旨が労働契約の内容に含まれていなければなりません。
就業規則や雇用契約書などに、会社が人事異動を命じることがある旨の明確な記載がなければ、人事異動は労働契約の内容に含まれていないことになります。
その場合、従業員は一方的に人事異動を命じられても、正当に拒否することが可能です。
ただし、その会社で慣例的かつ円滑に人事異動が行われている場合は、就業規則などに根拠規定がなくても、従業員の「黙示の合意」があるといえる可能性が高いです。
黙示的にせよ従業員の合意がある場合は、人事異動が労働契約の内容に含まれるため、従業員は人事異動を拒否することはできません。
就業規則に「人事異動を命じることがある」旨があったとしても、職種や勤務場所を限定する合意がある場合は、その合意が優先されるため、その合意内容に反する人事異動を強制することはできません(労働契約法第7条但し書き)。
たとえば、医師や看護師、大学教員などのように、特定の職種に限定して従事する前提で雇用された従業員は、事務や総務など別の職種への変更を命じられても正当に拒否できます。
また、雇用契約書や労働条件通知書などに、「勤務先は○○市内に限定する」などと勤務場所を限定する記載がある場合に、指定されたエリア外への転勤や出向を命じられた従業員も、正当に拒否することが可能です。
人事異動による職務内容の変更が賃金の減額を伴う場合、それだけで人事異動を拒めるわけではありませんが、労働者への不利益が大きいため、人事異動の有効性の判断は厳格にされる傾向にあります。
そのため、人事異動による賃金の減額が著しいような場合、人事異動自体無効になる可能性があります。
なお、賃金の減額を伴う人事異動の有効性が争われた場合、人事異動自体が無効になるというパターンだけではなく、人事異動は有効だが賃金の減額は認められないというパターンもありえます。
従業員側に次のような、やむを得ない事情がある場合には、人事異動を拒否する正当な理由として認められる可能性があります。
裁判例上、会社側が業務上の必要性に基づき人事異動を命じた場合でも、労働者が通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせることになるときは、人事権の濫用に当たるとされています。
したがって、従業員が人事異動によって「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」を負うほどの事情を抱えているときは、正当に拒否できるのです。
どのような場合に「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」が認められるかの判断は難しいので、会社としては、従業員に無理を強いることはなるべく控えた方がよいでしょう。
なお、「単身赴任をしたくない」、「通勤時間が長くなる」、「子どもを転園・転校させたくない」といった事情は、それだけでは「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」には当たらないと判断されるのが一般的です。
異動命令に業務上の必要性があっても、会社側の動機・目的が不当なものであれば人事権の濫用に当たり、その異動命令は無効となることがあります。
たとえば、次のようなケースでは、異動命令が無効となる可能性が高いです。
人事権の濫用に該当する場合、異動命令は無効なので、対象従業員は正当に拒否できます。
不当な動機・目的による異動命令はパワハラに該当する可能性もあり、対象従業員から損害賠償請求を受けるおそれがあることにも注意が必要です。
従業員がうつ病を抱えていて、職場環境の変更が望ましくないと考えられる場合には慎重な配慮が必要です。
裁判例上、うつ病を抱えている従業員に対する異動命令について、他の医療機関への転院が可能であることなどを理由として、有効とした事例が複数あります。
しかし、職場環境の変更によってうつ病が著しく悪化するおそれがある場合や、転院が難しい場合などでは、異動命令が人権の濫用に当たる可能性も否定できません。
会社としては、うつ病を抱えた従業員を異動させる必要性がある場合には、うつ病の程度や主治医の意見などを慎重に考慮すべきでしょう。
先述した「従業員側にやむを得ない事情がある」ケースと同様、従業員に無理を強いることはなるべく控えた方が望ましいといえます。
従業員から不当に人事異動を拒否されたときは、以下のステップを踏んで対処していくことが重要です。
まずは、対象従業員と十分に話し合いましょう。
従業員の中には、人事異動に応じるかどうかは任意だと解釈している人もいるかもしれません。そのため、就業規則などの根拠規定を示して説得するだけで解決できることもあります。
それでも納得しない従業員に対しては、以下の事項を丁寧に説明して説得を図りましょう。
人事異動がキャリアアップにもつながることや、異動後の働きに期待していることなども説明し、対象従業員のモチベーションを上げることができれば、説得が成功しやすくなります。
異動に対して後ろ向きな従業員を説得する際には、待遇面で配慮することも有効です。
単身赴任手当の支給や、転居に伴う費用の負担、社宅の提供、食費の補助などにより、対象従業員が受ける生活上の不利益をなるべく軽減するような待遇を検討しましょう。
可能であれば、昇級を検討するのもよいでしょう。
対象従業員が納得できる条件を提示することで、説得できる可能性が高まります。
対象従業員が人事異動をかたくなに拒否する場合は、懲戒処分を検討する必要があるでしょう。
ただし、懲戒解雇とするためには、労働契約法第15条および16条に定められた厳しい条件を満たす必要があります。解雇を巡るトラブルを回避するためには、まず減給や降格など、解雇より軽い懲戒処分を検討するのが穏当です。
もっとも、懲戒処分を行うためには、就業規則に根拠規定がなければならないことにもご注意ください。
また、懲戒処分の内容は、不当行為(人事異動の拒否)の内容に見合ったものでなければなりません。人事異動を命じる業務上の必要性の程度、および異動によって従業員が受ける不利益の程度に応じて、適切な懲戒処分の内容も変わってくることに注意しましょう。
人事異動の拒否によって業務に支障を来す場合や、対象従業員の勤務態度に問題があるような場合には、雇用の継続が難しいこともあるでしょう。
そんなときでも、解雇を巡るトラブルを回避するため、まずは退職勧奨を行うことが望ましいです。
退職勧奨とは、会社側から従業員に対して任意の退職を促し、合意による雇用契約の終了を目指すことを指します。対象従業員が納得して退職に応じたら、穏便に解決することが可能となります。
ただし、脅し文句を用いて退職を迫ったり、執拗に説得を図ったりして退職に追い込むと、不当な退職強要として違法とされるおそれもあるので注意が必要です。
最終手段として、人事異動を拒否した従業員を懲戒解雇にすることも考えられます。
就業規則に根拠規定があれば、人事異動の拒否を理由として懲戒解雇にする余地もあります。
ただし、厚生労働省が作成した「モデル就業規則」では、懲戒解雇事由のひとつとして「正当な理由なく、しばしば業務上の指示・命令に従わなかったとき」という条項が掲げられています。
この規定によれば、人事異動の拒否が1回のみでは、懲戒解雇事由には該当しません。それにもかかわらず懲戒解雇に踏み切ると不当解雇に該当し、対象従業員から損害賠償請求を受けるおそれもあるので注意が必要です。
前述のとおり、懲戒解雇のハードルは高いです。
まずは解雇より軽い処分を検討・実施し、それでも改善が見込めないという場合に初めて懲戒解雇を検討するということが望ましいです。また、解雇相当と判断した場合でも、懲戒解雇でなく普通解雇を検討するということも考えられるところです。
懲戒解雇を行うためには、解雇事由に相当する事実が存在することを確認した上で、適切な手続きを踏んで進めなければなりません。
解雇を巡るトラブルを回避するためには、労使紛争に強い弁護士から専門的なアドバイスを受けるのがおすすめです。
人事異動に関するトラブルが生じたら、労使紛争に強い弁護士へ相談しましょう。
相談するだけでも、異動命令の有効性や、拒否した従業員に対する正しい対処法について、具体的なアドバイスが得られます。
弁護士に依頼すれば、対象従業員との交渉を任せることも可能です。弁護士が専門的な立場から人事異動の必要性や法的根拠を説明して説得を図ることで、穏便な解決も期待できます。
顧問弁護士の契約をして継続的に相談していれば、人事異動を拒否されにくい体制を整えることにもつながります。
ベリーベスト法律事務所には、企業法務の豊富な実績がございます。労使紛争に強い弁護士が対応し、トラブルの適切な解決を図ります。顧問弁護士については月額3980円から豊富なプランを用意していますので、気になる方はお気軽にご相談ください。
問題社員のトラブルから、
従業員は原則として人事異動を拒否できませんが、その前提として会社側は有効な異動命令を行う必要がありますし、従業員側のやむを得ない事情にも配慮することが大切です。
人事異動を拒否された場合にも、いきなり解雇するのではなく、できる限り穏便な解決を図った方がよいでしょう。
最善の解決策を見つけるためにも、トラブルを未然に防止するためにも、人事異動に関するお悩みは労使紛争に強い弁護士へご相談ください。
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