企業法務コラム
会社を経営することは、さまざまな責任を負うことを意味します。その責任のひとつに、従業員の不法行為により生じた第三者に対する損害について、会社も損害賠償請求しなければならないとする「使用者責任」(民法715条)というものがあります。
使用者責任は従業員が起こした不法行為について非常に幅広く適用されており、たとえ会社に過失がなかったとしても使用者責任を免れることは難しいと考えられています。したがって、使用者責任を負うリスクを少しでも減らすためには事前の予防が重要です。
そこで本コラムでは、使用者責任が成り立つ2つの根拠とされる「報償責任の法理」「危険責任の法理」についてご紹介するとともに、使用者責任を負う要件や適用事例、使用者責任の発生を少しでも防ぐために有効な対策、求償権などについて、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
まず、使用者責任について規定している法律を見てみましょう。
民法第709条では、以下のように規定しています。
民法第709条
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う
つまり、不法行為により被害者へ損害を与えた加害者は、被害者に対して損害を賠償する義務があり、被害者は加害者に対して損害賠償を請求する権利があるのです。
そして使用者責任とは、会社(使用者)や事業監督者の不法行為責任のうちのひとつです。
具体的には、会社が雇用している従業員が加害者として業務上の過程における不法行為により第三者に損害を与えた場合、被害者である第三者に対して会社や当該従業員の事業監督者も賠償しなければならないのです(民法第715条第1項および第2項)。
なぜ、従業員の不法行為について使用者責任が成り立つのでしょうか。
この根拠に関する説はいくつかありますが、「報償責任の法理」と「危険責任の法理」が有力です。
報償責任の法理
利益を得ている過程で第三者に損害を与えた場合は、その利益から損害を補填し均衡をとるべき、という考え方
危険責任の法理
何らかの危険な行為により利益を得ているのであれば、その危険な行為が原因で第三者に損害を与えた場合は、その利益から損害を補填し均衡をとるべき、という考え方
ここでいう「利益を得ている者」とは、従業員を使用している会社あるいは不法行為を起こした従業員について、実際に使用者に代わってその事業を監督している事業監督者などです。
使用者は従業員の活動により利益を得ているわけですから、たとえば従業員の危険行為(車を運転することも危険行為のひとつです)が原因で第三者に損害が生じてしまった場合は、この2つの法理に基づき使用者にも損害賠償責任が発生するのです。
そして、この2つの法理の存在は、この後に述べる使用者責任の免責及び求償権の範囲を考えるにあたり、大きく影響しています。
ただし民法第715条第1項には、使用者責任を問われない条件について記載があります。
民法第715条第1項
ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。
ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、または相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
後半の一文に注目してください。
「使用者が被用者の選任およびその事業の監督について相当の注意をしたとき、または相当の注意をしても損害が生ずべきであったとき」について立証すれば、使用者責任は免責されるとしています。
しかし、使用者責任については報償責任の法理と危険責任の法理が根底にあるため、数多くの判例で使用者責任の免責は認められていません。
これらのことから、使用者責任は実質的に無過失責任とされています。
つまり、使用者に落ち度がなかったとしても、従業員の不法行為により第三者が受けた損害については使用者も損害賠償責任を負わなければならないのです。
続いて、使用者責任が成立する3つの要件をみてみましょう。
不法行為による損害とは、被害者に対する身体的・財産的な損害および精神的な損害のことをいいます(民法第710条)。
当然のことながら、第三者に損害があったとしても従業員の不注意などに起因せず従業員が不法行為責任を負わない場合は、使用者責任も発生しません。
使用者と加害者である従業員とが事実上の指揮監督関係があれば、使用・被用の関係が成立します。使用・被用の関係は正規雇用・非正規雇用、有期・無期の雇用関係だけではなく、請負契約でも成立することがあります。
使用者責任は、従業員による事業の執行において不法行為があったときに発生するということが基本的な考え方です。
ただし、本来の事業だけではなく、それに関連する業務や通勤時間、あるいは会社の飲み会のようなイベントなどにおいて生じた不法行為についても、使用者の支配領域下で発生したと判断できるものであれば使用者責任は発生すると考えることが一般的です。
なお、事業の執行においては、たとえば従業員が「事故を起こした」というような作為だけではなく、「事故を防ぐために何もしなかった」というような不作為についても使用者責任が問われることがあります。
以下では、実際に起きた事件や判例をもとに、従業員が起こす可能性のある不法行為の具体例をご紹介します。
セクハラやパワハラは、受けた側の主観的判断により成立する加害行為のひとつです。
たとえ社内であってもセクハラやパワハラの事実が認められると、加害者はもちろんのこと加害者の使用者である会社も使用者責任が問われる可能性があります。
業務時間中はもちろんのこと、飲み会など業務時間外のイベントなどで発生したセクハラやパワハラについても使用者責任が認められたケースがあります。
なお、従業員の派遣先あるいは出向先で受けたセクハラやパワハラについても不法行為が成立する可能性はあります。
この場合、使用者責任が生じるのは従業員の派遣先あるいは出向先の会社となります。
従業員が業務執行のために社用者あるいは自家用車を運転して事故を起こし、それについて従業員に不法行為責任が認められた場合、会社にも使用者責任が認められ損害賠償を支払う義務が生じる可能性は高いといえるでしょう。
また、従業員が業務時間外に私用で社用車を運転して起こした事故についても、使用者責任が認められた判例があります(最高裁昭和39年2月4日判決)。
これは、社用車を私用で運転していた場合でも、その運転行為を外形的にみて職務行為の範囲内であるといえれば、その従業員を使用している使用者が責任を負うべきという価値判断に基づいているものです。
従業員に不法行為があったとしても、それが従業員のプライベートで行われたものであれば基本的に使用者責任が問われることはありません。
一方で、例えば、従業員の暴力行為により負傷者が出てしまった場合、けんかの原因が職務遂行に関するものであれば、会社に使用者責任が生じる可能性があります。
これは、使用者の事業の執行行為を契機として、それと密接な関連を有する行為により生じた損害であれば、使用者も責任を負うべきであるという価値判断によるものです。
経理担当者が取引先へ振り出す手形を偽造した場合、これは経理担当者としての事業の執行において行われた不法行為といえるため、取引先から会社に使用者責任が問われる可能性があります。
たとえ会社に使用者責任が認められたとしても、実際に不法行為をした従業員が免責されるわけではありません。
被害者が受けた損害に対して、会社と従業員は連帯して賠償する義務を負い、これを「不真正連帯債務」といいます。
ところが、加害者である従業員に損害賠償を支払う資力がない場合、被害者は使用者責任の考えに基づき、会社に対してのみ請求する傾向があります。
その結果、会社は実質的に損害賠償額全額を負担することも多いのです。
ただし、会社が被害者に対して損害を賠償した場合は、不真正連帯債務の考えおよび民法第715条第3項の規定により、「求償権」として従業員に請求する権利が生じます。
本来は従業員も連帯して責任を負うべきところ、会社が全額負担したのだから、従業員が負担すべき部分について返還を請求する権利が求償権と考えるとわかりやすいと思います。
不法行為をした従業員に対して、会社が行使できる求償権の範囲および割合について、法律では明確に定義されていません。
一方で判例では、加害行為の態様や加害行為を予防するために使用者が配慮した程度などを総合的に考慮したうえで、「信義則上相当な限度」で求償権を行使できるとしています。
ただし、従業員に対する求償権の行使は極めて限定的にしか認められない、あるいはまったく認められないとしているケースがほとんどです。
使用者責任は従業員の不法行為によって生じます。
したがって会社に使用者責任が生じることを防ぐためには従業員の不法行為を防ぐことが重要となりますが、従業員の不法行為を100%防ぐことは、残念ながら難しいのが現実です。
ただし、会社としてできる予防策を事前に行っておくことは、もし使用者責任を問われるような事態が起きたとしても損害賠償額を軽減する効果につながることが期待できます。
従業員が不法行為を起こしてしまうような業務上のプロセスを分析した上で、従業員に対して不法行為に関する研修を定期的に行ったり、就業規則で社用車を私的に使用することを禁止するなど社内ルールの整備を行うことは有効と考えられます。
特に研修では、不法行為をすることが従業員の立場を決定的に悪くするということを従業員に理解してもらうことが重要です。
事前に業務災害総合保険に加入しておくことで、使用者責任による損害賠償の支払いに伴う資金繰りへのダメージを軽減することができます。
また、一定限度であれば保険料の支払いは損金に算入することもできます。
使用者責任の発生を防ぐ対策については、弁護士と相談しながら講じていくことをおすすめします。
会社が抱えるリスクに対して多様な事案を経験し、会社法務について豊富な知見をもつ弁護士であれば、使用者責任を防ぐ対策についても法的な側面から有益なアドバイスが期待できます。従業員向けの研修の講師や、就業規則の内容のチェックを依頼することもよいでしょう。
また、実際に使用者責任が発生するような事態が生じたとしても、会社の代理人として被害者との交渉や裁判上の手続きを依頼することができます。
使用者責任につながるような従業員の不法行為を防ぐ対策を講じることは、決して容易なことではないと思われます。そのようなお悩みをお持ちの方にとって、弁護士は心強いパートナーになります。
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