企業法務コラム
生産性を向上させるため、労働者に働き方に関する裁量を与えて柔軟な勤務時間制を採用する会社が増えてきています。フレックスタイム制もこのような柔軟な勤務時間制のひとつと言えます。
しかし、会社としてフレックスタイム制を導入する際には、フレックスタイム制に適用される労働法上のルールを正しく理解しておく必要があります。特に、フレックスタイム制では残業代を支払う必要がないと思い込んでいる方もいらっしゃいますが、それは誤りです。
このような間違った理解の下、「残業代を支払わなくて良いのだから」と労働者の勤務時間の管理を怠ると、後に労働者との間でトラブルに発展しかねません。本コラムでは、フレックスタイム制の仕組みや、フレックスタイム制における残業の考え方について、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
まず、フレックスタイム制における労働時間の考え方と、導入する際に必要な労働法上の手続きについて見ていきましょう。
フレックスタイム制は、一定の期間(清算期間)についてあらかじめ定めた総労働時間(所定労働時間)の範囲内で、労働者が日々の始業時刻や終業時刻、労働時間を自ら決定することができる制度です(労基法32条の3)。
フレックスタイム制では、働かなければいけない時間の総量(総労働時間)は清算期間単位で決まります。
そのため、ある1日の労働時間が少なかったとしても、労働者の判断で他の日に多めに労働するなどの柔軟な対応が可能です。
また、フレックスタイム制では、コアタイムとフレキシブルタイムが設けられることがあります(労基法32条の2第1項4号、労基法施行規則12条の3第1項2号)。
たとえば、フレキシブルタイムを指定しなければ、従業員が深夜時間に勤務して深夜割増賃金が発生してしまうこともありうるため、従業員が深夜時間に勤務しないように、フレキシブルタイムとして深夜以外の時間帯を指定するなどの用いられ方がされています。
フレックスタイム制を導入する際には、労働基準法に従い、以下の2つの手続きを取る必要があります。
① 就業規則などへの規定
フレックスタイム制を導入する際には、就業規則やその他の社内規則の中で、始業および終業の時刻を、労働者の決定に委ねる旨を定める必要があります。
フレキシブルタイムを定める場合には、フレキシブルタイムが極端に短いと、始業・終業時刻が労働者に委ねられているとはいえないことになるため、注意が必要です。
なお、コアタイムとフレキシブルタイムを設定する場合には、その時間帯を就業規則にも規定しておくことになります。
参考:厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署 フレックスタイム制のわかりやすい解説&導入の手引き 4P(PDF:3.71MB)
② 労使協定で所定の事項を定める
フレックスタイム制を導入する場合には、労働者の過半数で組織する労働組合があるときには労働組合と、そのような労働組合がない場合には労働者の過半数を代表する者と労使協定を締結して、フレックスタイム制に関する所定の事項を定めておく必要があります。
また、清算期間が1か月を超える場合には、労使協定を労働基準監督署長に届け出る必要があります(労基法32条の3第4項)。
労使協定で定めるべき事項は次のとおりです(労基法32条の3第1項、労基法施行規則12条の3第1項)。
なお、コアタイムとフレキシブルタイムについては任意とされています。
フレックスタイム制には時間外労働の考え方がないと勘違いしている方もいらっしゃいますが、これは誤りです。
フレックスタイム制における時間外労働の考え方について、正しく理解しておきましょう。
フレックスタイム制における時間外労働を理解するためには、「清算期間」と「総労働時間」の考え方を理解しておく必要があります。
なお、清算期間の実労働時間が、総労働時間に満たない場合、賃金の減額や、法定労働時間の総枠の範囲内で、次の清算期間に繰り越すことができます。
反対に、清算期間の実労働時間が、総労働時間を超える場合には、次の清算期間に繰り越すことはできません(昭63.1.1基発1号)。
清算期間中に総労働時間を超える労働を行った場合、超過分は時間外労働として取り扱われます。また、下記(3)の法定労働時間の総枠を超える労働時間については、法定時間外労働として取り扱われます。
時間外労働が発生した場合は、清算期間ごと、あるいは、各月ごとに時間外労働手当(残業代)を精算しなければなりません。
問題社員のトラブルから、
フレックスタイム制では柔軟な働き方が可能となっていますが、36協定の定めがなければ、清算期間内を平均し、1週間当たりの労働時間が週の法定労働時間(40時間又は44時間)を超えてはいけません(労基法32条の3第1項、32条1項、40条1項、労基法施行規則25条の2第1項、同4項)。
つまり、清算期間全体では
まで、働いてよいことになります。
もっとも、完全週休二日制で、1日8時間というごく一般的な労働をしている場合でも、曜日の巡りによって、週平均40時間を超えてしまうことがあります。
そのため、完全週休二日制の場合、労使協定の定めにより、清算期間全体で、
を超えるまでは働いてもよいこととされています(労基法32条の3第3項)。
また、清算期間が1か月を超える場合には、36協定の定めがなければ、清算期間を1か月ごとに区分した各期間の労働時間が、
を超えてはいけません(労基法32条の3第2項)。
フレックスタイム制の場合にも、時間外労働に関する上限規制は適用されます。
時間外労働の上限は、「① 36協定」と「② 労働基準法」の2つのルールによって定まります。
① 36協定
そもそも、会社が労働者に時間外労働をさせるためには、労使間で労働基準法第36条第1項に基づく協定(36協定)を締結する必要があります。
36協定の中では、時間外労働の上限も定める必要がありますので、フレックスタイム制の場合にもこの上限を順守しなければなりません。
② 労働基準法
さらに、労働基準法36条4項は、時間外労働の上限を原則として月45時間・年360時間と定めています。
また、臨時的な特別の事情があって労使が合意する場合であっても、以下の範囲内に収まるようにしなければなりません(労基法36条5項、6項)。
なお、清算期間が1か月間を超える場合には、各種上限規制は、1か月平均50時間を超えた時間について適用されます。
では、フレックスタイム制において、時間外労働が発生した場合、時間外労働手当はどのように計算されるのでしょうか。
フレックスタイム制における時間外労働手当は、以下の計算式により算出できます。
「1時間あたりの基礎賃金」は以下の計算式により求められます。
「基礎賃金」は、給与の総額から以下の手当や賃金を控除して算出された金額のことを指します(労基法37条5項、労基法施行規則21条)。
また、時間外労働の時間数は、法定時間外労働と所定時間外労働(法内残業)と休日労働(法定休日における労働)で区別をする必要があります。
たとえば、1か月の清算期間における総労働時間が160時間と定められている場合のある月の暦日数が31日のときは、清算期間における法定労働時間の総枠は177.1時間となります。
そして、清算期間の休日労働を除く実労働時間が、180時間の場合、17.1時間が所定時間外労働となり、2.9時間が法定時間外労働となります。
法定時間外労働については、法定の割増率により割増された賃金を支払う必要がありますが、所定時間外労働については、就業規則等で特に定めがない限り、割増されていない通常の賃金を支払うことで足ります。
ただし、清算期間が1か月を超える場合は、法定時間外労働時間の算出方法が異なり、次のとおり、各月ごとの計算と清算期間全体の計算が必要となるため、注意が必要です。
また、上記に加え、各月ごとに休日・深夜の割増賃金の支払いも必要となります。
注意しなければならないのは、フレックスタイム制であったとしても、法定時間外労働に対しては割増賃金を支払わなければならないという点です。
割増率は、以下のとおりです。
所定時間外労働(法内残業) | 割増なし(通常の賃金) |
---|---|
通常の法定時間外労働 | 25%以上 |
法定時間外労働(月60時間超) ※令和5年4月より中小企業も対象 |
50%以上 |
深夜労働 | 25%以上 |
休日労働 | 35%以上 |
法定時間外労働かつ深夜労働 | 50%以上 |
休日労働かつ深夜労働 | 60%以上 |
※深夜労働以外は、割増分だけでなく、通常の時間給分も支給されるため、(1)の計算式に割増率を代入する際には、100%を加算します。
問題社員のトラブルから、
フレックスタイム制を導入した場合、労働者の勤怠管理などに関するルールがどのようになっているかわかりにくい部分もあるでしょう。
以下では、フレックスタイム制に関して疑問を生じやすい3つのポイントについて解説します。
フレックスタイム制でコアタイムが定められている場合、コアタイムに関して遅刻・早退が有り得ます。
この場合労働者は、通常の勤務時間制を採用している場合と同様、就業規則やその他の社内規則にある、遅刻、早退のルールに従う必要が生じます。
コアタイムに遅刻をしても、総労働時間以上勤務している場合には、当然に減額ができるわけではなく、就業規則内に減給の制裁を設け、労基法91条の範囲内で減給の制裁が認められるに過ぎないことに注意が必要です。
一方コアタイムを設けない、完全フレキシブルのフレックスタイム制の場合には、そもそも遅刻・早退という概念が存在しません。
フレックスタイム制が適用される労働者が有給休暇を取得した場合、「標準となる1日の労働時間」分の時間数、労働をしたものと取り扱われます(平30.12.28基発1228第15号)。
「標準となる1日の労働時間」については、フレックスタイム制の導入に必要な労使協定の中で定める必要があります。
会社としては、フレックスタイム制を全労働者に適用しても良いですし、一部の労働者や部署のみに適用することも可能です。また、対象者や部署ごとに清算期間を変えることも問題ありません。
なお、フレックスタイム制を適用する労働者の範囲や適用される清算期間は、労使協定の中で定めておく必要があります。
(1)から(3)の各点については、あらかじめ決めて、労働者にわかりやすく周知しておかなければ、労働者とのトラブルや紛争が発生しやすくなるため注意しましょう。
フレックスタイム制を採用している場合であっても、時間外労働などに関するルールは適用されますので、会社として労働者の勤務時間などを適切に管理する必要があります。
また、フレックスタイム制を導入するにあたっては、就業規則を含めた社内規定の整備が必要になります。
会社としてのコンプライアンスや、後の労働者との紛争を防止する観点を踏まえると、労働法の内容を踏まえて制度を導入しなければなりません。
フレックスタイム制の導入を検討している、またフレックスタイム制に関して労働者とのトラブルへの対応を迫られている担当者の方は、ぜひベリーベスト法律事務所の弁護士にご相談ください。
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