「振込手数料は差し引いて支払います」
「受注者負担が当たり前です」
元請企業からこのように言われ、特に疑問を持たず受け入れている事業者の方もいるでしょう。しかし、振込手数料を受注者が負担する扱いは、場合によっては違法となる可能性があります。
令和8年1月施行の「取適法(中小受託取引適正化法)」では、一定の取引において、発注者が受注者に振込手数料を負担させることが禁止されているためです。たとえ契約書に記載があったとしても、違法であることには変わりありません。
今回は、取適法における振込手数料のルール、違法となるケースの判断基準、差し引かれていた場合の対処法について、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
「振込手数料は受注者負担」と言われると、業界の慣習だから仕方ないと思ってしまうかもしれません。しかし、取適法が適用される取引では、発注者が振込手数料を差し引く行為は違法となる可能性があります。
まずは、取適法の基本と、振込手数料に関するルールを確認しましょう。
取適法(中小受託取引適正化法)とは、立場の弱い受注者を守るための法律です。
正式名称は「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」といいます。これまでの「下請法(下請代金支払遅延等防止法)」を見直し、対象範囲を広げたものです。
簡単にいうと、「発注者の立場が強いことを利用して、不利な条件を押し付けてはいけない」というルールを定めた法律だと考えるとイメージしやすいでしょう。
取適法が適用される取引では、発注者が振込手数料を差し引いて支払うことは、原則として違法です。なぜなら、受注者が本来受け取るべき報酬額より少ない金額しか受け取れなくなるためです。
たとえば、本来10万円の報酬を支払う契約だったにもかかわらず、振込手数料880円を差し引いて9万9120円しか振り込まれなかったとします。
この場合、差し引かれた880円分は、取適法上の「減額」にあたり違法です。
といった事情があったとしても、取適法の対象取引であれば原則として違法になります。
当事者間で合意があったとしても、これは変わりません。
なお、フリーランス(個人事業主)との取引については、「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス法)」が適用される場合があり、取り扱いが異なるケースもあります。
前章で解説したとおり、振込手数料を受注者に負担させる行為は、取適法が適用される取引では原則として認められません。
もっとも、すべての取引に取適法が適用されるわけではありません。取適法は、取引の内容と、会社規模(資本金または従業員数)によって適用の有無を判断します。
ここでは、取適法が適用されるかどうかの判断基準をわかりやすく説明します。
取適法の対象となるのは、次の5つの取引類型です。
なお、いずれも「委託」が前提となる点が重要です。「委託」とは、発注者が品質・仕様・デザイン・成果物の内容などを指定して仕事を依頼することをいいます。たとえば、完成済みの商品を購入するだけの取引(既製品の購入)は、原則として対象外です。
① 製造委託
製造委託とは、製品や部品などの製造・加工を他の事業者に依頼する取引です。
たとえば、次のようなケースが該当します。
簡単にいうと、「指定した内容で物を作ってもらう取引」です。
② 修理委託
修理委託とは、修理業務の全部または一部を他社へ依頼する取引です。
たとえば、以下のケースが当てはまります。
③ 情報成果物作成委託
情報成果物作成委託とは、情報成果物の制作を外部へ依頼する取引です。
たとえば、次のような取引が当てはまります。
④ 役務提供委託
役務提供委託とは、サービス提供業務を他の事業者へ委託する取引です。
たとえば、以下のようなものが代表例です。
ただし、発注者が他者に提供する役務が対象であり、発注者が自ら用いる役務は含まれません。例えば、工作機械メーカーが、自社工場の清掃作業の一部を清掃業者に委託することは対象外となります。
⑤ 特定運送委託
特定運送委託とは、商品の運送を他社へ委託する取引です。
たとえば、以下のケースが該当します。
取適法では、発注者と受注者の「資本金の差」によって、法律が適用されるかどうかを判断します。
資本金基準は、取引内容によって以下のようにルールが分かれています。
① 製造委託・修理委託・特定運送委託、情報成果物作成委託・役務提供委託(プログラム制作、運送、物品の倉庫における保管および情報処理に限る)
上記取引における資本金基準は、以下のとおりです。
| 発注者の資本金 | 受注者の資本金 |
|---|---|
| 3億円超 | 3億円以下 |
| 1000万円超3億円以下 | 1000万円以下 |
たとえば、資本金5億円の会社から、資本金500万円の部品メーカーが製造委託を受けている場合、その取引には取適法が適用されます。
② プログラム制作、運送、物品の倉庫における保管および情報処理を除く情報成果物作成委託・役務提供委託
上記取引における、資本金基準は以下のとおりです。
| 発注者の資本金 | 受注者の資本金 |
|---|---|
| 5000万円超 | 5000万円以下 |
| 1000万円超5000万円以下 | 1000万円以下 |
もっとも、資本金基準を満たさないからといって、すぐに対象外とは限りません。次に紹介する「従業員基準」を満たす場合は、取適法が適用されます。
取適法では、令和8年施行の改正により、従業員数による判断基準が新たに導入されました。
そのため、資本金基準を満たさない場合でも、従業員数の差によって取適法の対象になるケースがあります。具体的な基準は、以下のとおりです。
| 【製造委託・修理委託・特定運送委託、情報成果物作成委託・役務提供委託(プログラム制作、運送、物品の倉庫における保管および情報処理に限る)】 | |
|---|---|
| 発注者の従業員数 | 受注者の従業員数 |
| 常時使用する従業員300人超 | 常時使用する従業員300人以下 |
| 【プログラム制作、運送、物品の倉庫における保管および情報処理を除く情報成果物作成委託・役務提供委託】 | |
|---|---|
| 発注者の従業員数 | 受注者の従業員数 |
| 常時使用する従業員100人超 | 常時使用する従業員100人以下 |
ご自身の取引が取適法の対象だった場合、振込手数料を差し引かれている状態は、取適法に違反する状態です。
違法状態を是正するためにも、以下のような対応をとりましょう。
まずは、発注者に対して事実確認と是正を求めましょう。具体的には、次の点を確認します。
ただし、このとき直ちに「違法だから払え!」「公正取引委員会に通報する!」と強く出ることが適切であるかは慎重に検討が必要です。発注者側も、法律を正しく理解せず、慣習で対応しているだけというケースが少なくないためです。
まずは、「取適法上、問題になる可能性があると聞いたのですが、ご確認いただけますか」というように、落ち着いた伝え方をするほうがスムーズに進みやすいでしょう。
また、すでに振込手数料が差し引かれているなら、不足分の再入金を求めるようにしてください。
是正を求めても改善が見込めない場合は、新たな受注を控えることも選択肢のひとつです。
取適法違反の可能性がある状態で取引を続けると、振込手数料の負担が積み重なっていきます。1回あたりの負担は少額でも、徐々に利益を圧迫し、大きな負担になることもあります。
もっとも、突然取引を打ち切ると、自社の売り上げに影響が出ることもあります。
そのため、実際に受注停止を検討するときは、代替取引先の確保や法的リスクも含めて慎重に判断することが大切です。
発注者が改善に応じない場合は、公正取引委員会または中小企業庁への通報も検討しましょう。
匿名での情報提供も可能ですので、「取引先との関係があるので名前は出しづらい」という場合でも相談しやすいでしょう。
また、通報したことを理由に発注者が取引停止や数量削減などの不利益な取り扱いをすることは、法律で禁止されています。「通報したら取引を切られるかもしれない」と心配な方も、まずは相談してみましょう。
公正取引委員会または中小企業庁が問題ありと判断した場合、発注者に対して調査や指導、勧告などが行われる可能性があります。
ただし、通報をきっかけに行政が是正勧告を行うことはありますが、差し引かれた金額の返還には別途交渉や訴訟が必要になる場合があります。
「差し引かれた振込手数料を返してほしい」
「今後の条件も見直したい」
という場面では、交渉が必要になるケースも多いです。
取引関係をできるだけ壊さず解決したい場合は、早い段階で弁護士へ相談することをおすすめします。
「取適法の対象かもしれない」
「でも、元請企業との関係を悪くしたくない」
このように悩み、動けなくなってしまう事業者の方も少なくありません。
実際、取適法のトラブルでは、法律の知識だけでなく、取引先との関係への配慮も必要になります。そのため、不安がある場合は早めに弁護士へ相談することをおすすめします。
取適法は、すべての取引に適用されるわけではありません。取引内容や契約形態、資本金、従業員数などによって判断が変わります。
特に、取引内容によって資本金基準や従業員基準が異なるため、思い込みで「対象外だろう」と判断してしまうのは危険です。
弁護士に相談すれば、契約書や発注内容を踏まえて、取適法が適用されるかどうかを正確に判断してもらうことができます。適用の有無よって対処法も変わってきますので、まずは弁護士に相談してみましょう。
「違法の可能性があるなら言いたい。でも、今後の仕事がなくなるのは困る」
これは、多くの受注者が抱える悩みです。
特に、継続取引がある場合、強い言い方をしてしまうと関係が悪化するおそれがあります。
そこで役立つのが弁護士です。
弁護士であれば、下記のような悩みについても、状況に応じて判断することができます。
また、必要に応じて代理人として交渉することも可能です。
振込手数料の問題は、対応を誤ると元請企業との関係悪化につながるおそれがあります。
特に、「取引を切られたら困る」「今後の仕事に影響してほしくない」と不安を抱えている受注者の方も多いでしょう。
感情的に抗議すると、関係が悪化し、取引停止につながるリスクもあります。そのため、「違法かもしれない」と感じた段階で、早めに弁護士へ相談することが大切です。
弁護士であれば、元請企業との関係に配慮しながら、適切な伝え方や交渉方法を検討できます。「違法かもしれないが、取引先とも揉めたくない」という場合こそ、早めの相談をおすすめします。
取適法が適用される取引で、発注者が振込手数料を差し引いて支払う行為は、原則として認められません。たとえ「昔からの慣習」や「契約書で合意している」という事情があっても、違法な減額に該当し、禁止されます。
もっとも、取適法はすべての取引に適用されるわけではありません。取引内容や資本金、従業員数などによって判断が変わるため、ご自身のケースが対象になるかを確認することが重要です。
また、元請企業との関係を考えると、対応方法にも注意が必要です。強く抗議した結果、取引が打ち切られてしまうリスクもあります。
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